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第74話『生きるべき名前は』



「最初から、死ぬつもりだったんだな……」



 お兄ちゃんがそう言って悲しそうな目でわたしを見ていた。



「わたしはもう決めているから……」



 コイントスで裏が出たから死のうとしていた……じゃない。

 裏だったから死ぬ。


 ただそれだけで、わたしの中では青井冬花も紫夏も既に『死んで』いた。

 だから、今さら死ぬのを止めるつもりは無い。


 あの日、すでにわたしは死んだのだ。




『紫夏なら、できるわよ』

『お姉ちゃん、無理だよ』



 紫夏には才能があった。



『だって、紫夏はわたしの妹なんだから!』



 紫夏の演技は完璧だった。


 それこそ……姉のわたし以上に『冬花』として完璧だった。

 だから、わたしはこんな提案をしてしまった。



『ねぇ、紫夏。明日から三日間だけ、わたしと入れ替わってみない?』

『えぇ!? そんなの無理だよ……きっと、直ぐにバレちゃうよ……』



 紫夏が冬花を演じ、わたしも紫夏を演じる。

 たった三日だけ、姉妹の入れ替わり。


 最初はほんの少しの姉の思い付きだった。



『あたしも頑張るから……紫夏も頑張ってね』

『お姉ちゃん……うん、わたしも頑張るね!』



 紫夏か完璧な『冬花』を演じるなら、姉のわたしも完璧な『紫夏』を演じなければいない。



『あたしは紫夏の代わりに、わたしを演じる』

『わたしは冬花の代わりに、あたしを演じる』



 誰かが気づいたら、そこで終わりという演技の練習のつもりだった。



『冬花の演技がバレるまで』

『紫夏の演技がバレるまで』



 だけど、その入れ替わりは誰にも気づかれなかった。


 三日間の入れ替わりで紫夏が演じた『冬花』はわたし以上に『冬花わたし』として受け入れられた。


 そして、入れ替わりを戻したその日――、



『今日の冬花はなんかいつもと違うね』

『え』



 それを言ったのは、たった一人の特に仲良くないクラスメイトだった。

 だけど、その言葉を聞いた瞬間、わたしの中で何かが崩れるような音がした。



『冬花、どうした? 今日の演技はいつもよりぎこちないぞ?』

『冬花、今日は調子が悪いの?』


『ごめんなさい……お父さん、お母さん』



 とてもこんなこと紫夏には言えないと思った。

 だから、わたしは……紫夏に我儘を言って冬花と紫夏の入れ替わりを続けることにした。


 その翌日だった。



『紫夏! 家が燃えているって!』

『冬花さんも家の中にいたって!』


『ち、ちがう……』



 冬花じゃない。今お母さん、お父さんと一緒にいる『冬花』は――

 だけど、何故か続きが言葉にならなかった。


 脳裏によぎったのはあの約束――、



『あたしは紫夏の代わりに、わたしを演じる』

『わたしは冬花の代わりに、あたしを演じる』



 演じなければいけないと思った。



『冬花の演技がバレるまで』

『紫夏の演技がバレるまで』



 演じ続けなければならないと思った。

 それに、昔お父さんが言っていた……。



『紫夏という名前には見つけられない文字がある』



 確かに紫夏の中には『冬花』という見つけられない才能があった。

 わたしよりも、ずっとすごい才能が……


 なのに、その『冬花《才能》』があの火事の中で消えていく……

 そんなのダメだ!



 今更自分が『冬花』なのか『紫夏』なのかはどうでもいい。



 本当に残るべき才能は……


 見付けられるべきなのは『冬花《紫夏》』だと思った。

 ……そう、わたしじゃない。



『冬花はわたしなの……』



 気付いた時には周りに全てを話していた。


 そして、『冬花』の死体は紫夏として処理された。


 冬花が生きて、

 紫夏が死んで……

 わたしだけが残った。


 全ては私の責任だ。

 あの時……



『あたしは紫夏の代わりに、わたしを演じる』

『わたしは冬花の代わりに、あたしを演じる』



 あんなことを言わなければ――


 紫夏には才能があった。

 わたしよりもよっぽど優秀な『冬花』を演じる才能があった。


 だけど、火事が全てを燃やしてしまった。

 家族も、妹も、その『冬花』の才能を生かす未来さえも……



 舞台のためだけに生きて来た『青井冬花』は一日で全てを失った。



 生き残った紫夏わたし冬花あたしを名乗る。

 冬花あたしの才能を残す。

 紫夏わたし冬花あたしを生きなきゃいけない。



 あたしを見つけられる人も才能を見せる場所も無くなった世界に生きる意味はない。


 それでも、わたしは紫夏が演じた『冬花』という才能をこの世に残すべく、紫夏が演じた『冬花』を演じ続ける。



 ――そう、



『冬花の演技がバレるまで』

『紫夏の演技がバレるまで』





「ねぇ、お兄ちゃん……」


 そして、私は毎晩、夜に紫夏の姿をしてこの場所で懺悔をするのだ。


 神様……


「『わたし』はなんで生きているの?」




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