第69話『疲れたから』
「本当はお兄ちゃんと初めて会った時、死のうと思っていたんだ」
「そうか……」
ボクっ子、紫夏の発言に僕がそう言うと、彼女は不思議そうに聞き返してきた。
「あんまり驚かないんだね?」
「あぁ、なんとなくそういう臭いがしたからな……」
「臭い? え、臭うの……」
「なんか、そうらしいぞ?」
まぁ、正確には言っていたのは僕じゃなくて、モモカなんだけど……そんなこは言わなくて良いだろう。
「因みに、なんで死のうと思ったんだ?」
一応、ここまで話してくれるなら理由は聞いておくべきだろうと思って、聞いてみた彼女の返事はあっけないものだった。
「理由なんかとくにないよ。ただ……」
「ただ?」
「ただ疲れていただけ」
――そう、彼女は言った。
「だけど、お兄ちゃんの猫ちゃんに引き留められちゃった」
「猫ちゃんって……あ、そうか!?」
思いだした!
最初に会った時、コイツは段ボール箱の中におもクロ丸と一緒にいたんだった!
「おもクロ丸のことか!」
「確か、クロちゃんだっけ」
「おもクロ丸のことだな!」
「……うん、そう。クロちゃんのこと」
なんでだ! おもクロ丸って名前も可愛いだろ!
「死にたいと思って、この河川敷を歩いていたら、まるで引き留めるかのようにクロちゃんが鳴いていたんだ」
「流石は、おもクロ丸だな……」
モモカの時もそうだった。
確か、モモカも死のうと思ってこの川に近づいた時におもクロ丸を見つけて拾ったんだ。
あの猫は、本当に死神の才能があるのかもしれない。
「でも、今は猫ちゃんもいないから誰にも引き留められないと思ったんだけどね」
そう言うと、彼女は河川敷を降りて、ゆっくりと川の方に歩き出した。
「おいバカ! 止めろ!」
「空っぽの人生の最後に、お兄ちゃんがわたしを見つけてくれてよかった」
なに遺言みたいなこと言ってんだ!
クソっ……なんか、アイツを止める言葉は――
しかし、とっさに出たのは、とてもくだらない言葉だった。
「く、靴ひもを結んだだろ!」
「どういう……こと?」
いや、僕も叫びながら思ったけどさ……
それでも、今川に飛び込もうとしている彼女の時間を少しでも奪うために、僕は必死に喋り続けた。
「死んだら、靴紐を結んだ意味が無いだろ!」
「フッ……なにそれ……」
しかし、そんな言葉で彼女を止める言葉出来なく――
「ありがとう。お兄ちゃん」
そう言い残して、彼女はよどんだ川に向かって落ちて行った。




