第56話『ボクの名は』
「お前『ボクっ子』だろ?」
ぶっこんだ僕の質問に、彼女はまったく狼狽えることなくこう答えた。
「何を言っているんですか? 前にも言いましたが、紫夏はわたしの妹です」
そう言って、彼女はメイドさんらしく優雅に僕の席から立ち去ろうと席を立つが……
「じゃあ、何で僕が悲鳴を上げた時に驚かなかったんだよ」
「――ッ!?」
席を立つ彼女の動きが止まった。
普通は男が『ただの虫』ごときにあんな驚き方したらビックリするはずなんだよな。
「でも、聞きましたよ『虫、嫌いなんですか?』って」
「そうだね。だけど、僕の彼女は最初笑ったよ」
もう、酷いくらい笑われた。
初めて僕の家にアレが出た時は僕がおもクロ丸よりもビビって飛び上がったもんだからゲラゲラ笑って一瞬間はそのネタで弄られ続けたね。
「それは、申し訳ないですけど彼女さんの性格が悪いのでは……?」
「人見知りな子なんだよ……」
だから、意地悪な一面を見せてくれるようになったのは僕を信頼してくれている証なんだよね。そうだよね? うん、僕はそう信じている。
すると、彼女はさらに否定するように言葉を続けた。
「それに、お客さんを笑うなんて、わたしはできません」
なるほど、まだ否定するのか。
さっきは休憩をとったとか言っていたくせにね。
「そもそも、何処でわたしが『冬花』じゃないと思ったんですか?」
……これは、言質を取ったのではないか?
まぁ、いいだろう。
「最初から」
「え……」
言葉を失っている彼女に、僕は改めて言った。
「初めて会った時から、ボクっ子だって分かっていた」
「そんな……なら、何で言わないのですか!」
珍しく感情的になる彼女に、あえて僕は冷静に返答をした。
「モモカがいたから、彼女は気づいていないみたいだから、一応その場の空気を読んで合わせていただけさ」
だから、彼女がいない時、二人だけで会った時に確認しようと思っていた。
そしたら、今日ここで偶然出会っただけさ。
「ただの勘違い……とは思わないんですか? 最初から似ていると、貴方は言っていたじゃないですか?」
「うーん、そうだね……」
確かに、そう言われてしまえば物的証拠があるわけでは無い。
どういうからくりか分からないが、ボクっ子はショートヘアーだったのに目の前の『冬花さん』は綺麗で長いロングヘアーだ。そして、ボクっ子がしている青い手袋もしていない。
だけど――
「でも、さっきの『何処で』はおかしいだろ?」
普通なら『何で勘違いした?』とか『いつから勘違いしている?』だろう『何処で冬花じゃないと思った?』は決して誤解されている側の視点ではない。
「しかし、これだけでは言葉の文脈のおかしさを指摘しただけで決定的『証拠』とは言い切れない」
「そうですね……」
だから、最後の詰めだ。
「僕は『ボクっ子』が妹の紫夏だとは一言も言ってない」
「……っ!」
つまり『ボクっ子』の呼び方を知っているのは、そもそも、僕が最初に会った『冬花』だけなんだよ。
だから、それを知っている君は僕の知っている青井紫夏の方の『ボクっ子』でしかない。
「そうですか……」
すると、彼女はついに長い髪のウッグを外して、ショートヘアーになった『ボクっ子』の顏でこう言った。
「……少し、付き合ってくれる? お兄ちゃん」




