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第5話『体で払います』



 ……夢を見た。



『オマエの所為だ!』


『アナタの所為よ!』



 それは『ボク』が思い出したくない罪であり、記憶だった。


 だから、その責任から逃れるべく『ボク』はひたすらに謝罪の言葉を繰り返した。



『ゴメンなさい……ゴメンなさい……』



 はたして、それは『誰』への謝罪なのかもわからないままに『ボク』はその言葉を繰り返した。




 ごめん……なさい……





「――はっ!」

「眠れましたか?」



 突如、意識が覚醒した瞬間、彼女の声が頭の真上から聞こえた。


 目を開けると白いマフラーと、真上から僕を覗き込む彼女と目が合った。それで、今の状況を思い出す。



……そうだ! 僕はさっきまで彼女に膝枕をしてもらっていたのだった。

 どうやら、その間に少し眠ってしまったらしい。



「ゴメン、少し寝ちゃってたみたいだ」

「だ、大丈夫です! 元々はわたしが言い出したことですし……」



 そう、この膝枕は彼女自身が提案したこと立った。


 僕は何で自分が彼女に膝枕をしてもらっていたのか?



 その経緯を改めて思いだした――





「なら、わたしが体で払います!」

「……は?」


「あ、安達くんが……この猫ちゃんを飼うメリットがないって言うので……」

「だから、桜井さんが体で僕へのメリットを支払うと……?」


「は、はい! だ、だから……」

「……だから?」


「今日だけでもいいので、この猫ちゃんをここに泊めてあげてください!」





 ――というわけだった。



 そして『今日だけ』この黒猫を家に泊める僕へのメリットとして彼女が提示したのがこの膝枕だったというわけだ。


 ……うん、騙された。


 体でとか意味深にもほどがあるだろう……いや、べ、別に何も変な期待とかしてないけどね!?



「……てか、膝枕の上から子猫の尻尾が見えるんだけど?」

「す、すみません! 今ので猫ちゃんも起きちゃったみたいで……っ!」


「ニャー」


 黒猫は彼女に抱かれてその大きな胸にすっぽりと埋もれていた。

 僕もそっちの方が良かったな……


「シャーッ!」


 しかも、何故か黒猫は僕を見て尻尾をブンブンと振り威嚇をしているし……

 おい、こっちはお前を泊めてやる家主なんだぞ?



 しかし、僕も男だ。一度彼女の条件(膝枕)を呑んでしまったのだから、この黒猫のことは今日だけ家に泊めるしかないだろう。



 そして、僕が膝枕から起き上がると、彼女が何故か物足りなさそうな表情で僕に問いかけた。



「膝枕……もう一度しますか?」

「いや、しないから……」



 改めて自分が膝枕されている状況を思い出して恥ずかしくなったから、起き上がったのに、そんなこと言われて素直にうなずけるほど、僕は女子にはなれていない。


「ミャー」


 すると、僕に続いて子猫も彼女の腕から飛び降り、大きなあくびと共に体を伸ばした。



「あう、猫ちゃんもう少し抱っこしていたかったです……」

「そう言えば、あの子猫って段ボールの中に入って川から流れて来たんだよね?」



 色々ありすぎてちゃんと聞くタイミングを逃していたが、段ボールに入った黒猫が川から流れて来たってどこの桃太郎だろう?


 それに、彼女もよく川から流れて来た段ボールの中に猫が入っているなんて気づけたな。



「あ、はい! その……川を眺めていたら、段ボールの中から猫ちゃんの鳴き声が聞こえて……わたしが見つけました……」



 なるほど……じゃあ、あの段ボールの中に捨てられていたのなら、誰かによって捨てられた子猫の可能性が高いな。



「だとしたら、母猫がどこかにいる可能性も低そうだな」

「はい……」



 そして、彼女はのんきに白いマフラーととじゃれている黒猫を見ながら困ったようにつぶやいた。



「だから、この猫ちゃんが生まれてどのくらいかも分からないんです……」

「いや、まぁ……この子猫くらいの大きさだと生後一ヵ月は経っていると思うよ?」



 子猫のサイズはちょうど両手から顔がはみ出すくらいのサイズだ。


 よくあるドリンクのSサイズくらいのコップにちょうど体だけがすっぽりと入る大きさと言ったら分かりやすいだろうか?


 子猫の成長は早いからこのくらい目が開いてて鳴くことができていれば、生まれてそれくらいの日数は経っているだろう。



「猫ちゃんのこと、詳しいんですね?」

「昔……猫を飼っていたんだ」

「そうだったんですか!」



 少し、油断していたのかもしれない。

 昔のことなんて思いだしたくなんてなかった。


 だからだろうか?



 その瞬間、蘇る記憶と共に激しいめまいが僕を襲った――




『オマエの所為だ!』


『アナタの所為よ!』




「――っ!」

「だ、大丈夫ですが!?」



 突然、頭を抱えてうずくまった僕を見て彼女が心配そうに駆け寄ってくれた。


 ついでに黒猫も何かあったのかと驚いてこっちを見ている。


「ニャー!」


 ……コイツは飯が欲しいだけだろう。



「大丈夫……ちょっと、疲れているだけだから……」



 少し嫌なことを思い出してしまった。


 しかし、彼女は僕の言葉を無視して無理やり僕の頭を掴んだ。



「そのまま、頭貸してください」

「いや、でもそれは……ッ!?」



 問答無用で彼女の白いマフラーと、その大きな胸元に顔を引き寄せられた。

 あまりの胸元の大きさに呼吸が苦しい!?



「な、なにを!?」

「猫ちゃんが、お世話になるお礼です」


「僕は引き受けたつもりは無いぞ!?」

「ま、前払いです……」


「きょ、拒否する!」

「でも、そう言って安達くんわたしの胸から顔を逃げ出さないですし」

「そ、それは……」



 無理やり引きはがすのはちょっとどうかなと思っただけど……決して、この膝枕ならぬ胸枕が心地いいからなどでは無い!


「ミャー」


 棟枕の魅力に釣られえて来たのか黒猫の方も起きてきたようだ。


 畜生、あの黒猫はこんなフカフカのクッションに包まれて抱っこされていたのかそれは懐くわけだ。



「……もし、僕がこのまま二人を追い出したらどうするつもりなんだ?」

「なら、安達くんの部屋の前で猫ちゃんと一緒に悲鳴を上げて泣き叫びます」


「それは止めてください!」



 こ、こいつ……もしかして、中身は鬼なんじゃないのか!?


 僕はもしかしたらとんでもないバケモノをひろって来たのかも知れない。



「それに、子猫の世話はどうするんだよ」

「なら、わたしもここに泊まってお世話します!」


「泊まらせねぇよ!?」

「はう……」


「何で子猫だけじゃなくて女の子もまでウチに泊めなきゃいけないんだよ……」

「でも、僕が拾ったのは猫じゃなくて、わたしだって……」



 それは言葉のあやだろ……



「そもそも、桜井さんが泊まるにしても僕はどこで寝ればいいだよ?」

「わたしが膝枕します」

「いやいやいや……」



 確かに、暇枕は良かったが、それでは彼女が寝れないだろう。

 そもそも、それでこの黒猫の世話ができるのか?


 すると、彼女は渋る僕の反応を見て突然土下座をしてきた。



「お、お願いします! 何でもしますから、どうかこの子を拾ってあげてください!」


「ニャー」


 何故か子猫の方まで、鳴き始めた。



 この子猫……もしかして。こびる相手を選んでいるな?



 しかし、女の子が気軽になんでもするなんて言わないで欲しい。これ相手が僕が無かったら危ないんじゃないだろうか?


 なら、いっそのこと僕が面倒を見る方が彼女の為にも……そして、この黒猫の為にもなるのか?



「はぁ、仕方ないな……」



 そう、僕がため息をつくを彼女が期待するような目で僕を見つめる。



「じゃ、じゃあ!」

「この子の飼い主が決まるまでだからな……」


「あ、ありがとうございます!」



 分からない……。


 彼女はこの黒猫の為になんでそこまで身を捧げて必死になれるんだろう?

 だって、所詮は捨て猫だ。助けなくても彼女に責任なんて無い。



 そう、責任なんて――




『ゴメンなさい……ゴメンなさい……』




「安達くんは……過去に何か悪いことをしたんですか?」

「どうしてそんなことを聞くの……?」


「膝枕で寝てる時に『ごめん』ってうなされていました」

「それは……」



 どうやら、僕はうなされていたらしい。

 道理でさっきから嫌な記憶ばっかり蘇るわけだ。



「……っ!」



 その時、再び強いめまいが僕を襲った。


 すると、よろける僕を見て彼女が再びその胸元で僕を抱きしめてくれた。



「ご、ごめん! 今退くから――」

「だ、大丈夫です! わ、わたしの質問で気分を悪くさせたみたいなので……」


「いや、でもこの状態はまずいでしょ……」



 流石に、二回も彼女の胸枕に顔を埋めてるのはまずいと思う。



「……なら、膝枕の方がいいですか?」

「そういうわけじゃなくて……桜井さんは嫌じゃないの?」


「ね、猫ちゃんを泊めてもらう、お礼ですから……」



 ……もしかして、僕は誘われているのだろうか?


 または何かの罠だろうか?




『オマエの所為だ!』

『アナタの所為よ!』




 ……だとしても――




「じゃあ、お言葉に甘えて……」



 今はこの温もりに甘えて――




「サトルちゃん~! 久しぶりにお姉ちゃんが帰って来たわよ~っ!」




 ――なんて思った瞬間、玄関の鍵を開けて扉からショートヘアーの成人女性が玄関から入って来た。


 ……僕の姉だった。



 色々と思う所はあるのだが、一番の問題は現在の僕が彼女の胸に顔を埋めている胸枕をされている状況だということであり……




「「「あ……」」」


「ミャー」



 つまり、状況は最悪だということだ。





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