第33話『フラッシュバック前編』
『サトルちゃん、ごめん……少し寝ていたら窓が開いてたみたいで……』
家に帰ると姉が謝りながら状況を説明してきた。
どうやら、状況は奇しくもあの時と同じのようだ……。姉が寝ていて目を離したすきに部屋の開いている窓から外に出て行ってしまったのではないかということだ。
「さ、サトルくんどうしましょう!?」
「くそっ! 子猫だから高い所はいけないと思って油断してた……」
子猫を拾ってもう三日だ。最初は確かに弱っていたが三日もすれば高い所にジャンプする体力くらい回復している。
なのに、何で僕は部屋の窓までちゃんと確認をしてなかったんだ!
いや、そんなことよりも問題は――
「サトルくん! 雨が降って来てました!」
「大変!? このままじゃ猫ちゃんが……っ!」
「クッ……猫を探してくる!」
あいつはまだ子猫だ。このまだ体力が回復したとしても、もう日が沈むしそれで雨が降れば下手な場所にいれば……死んでしまう!
『ミャ~』
『……ミカエル?』
『溺死だってさ……』
既に日は暮れ始めている……
「サトルくん!」
「サトルちゃん!」
『なんで拾ったんだよ!』
気付いた時には『あの時』と同じように走り出していた。
「なんで……何でひろったりしたんだ!」
今度のセリフは自分自身に向かって吐いていた。
過去の自分が背を向けている今の自分に向かって叫んでいた。
『なんで拾ったんだよ!』
そんな家族が心底気持ち悪いと思ったんだろ?
なのに、なんでまた同じようなことを繰り返しているんだ……ボクは!!
『悟、どうしたの?』
『悟どうした!?』
『悟ちゃん……?』
……ちがう!
あれは家族じゃない。
『――くん……』
「違う……違うんだ!」
そのまま僕は誰からの声から逃げるように走り続けた。
「はぁ、はぁ……こ、ここは……!?」
何故か、僕は猫を拾った場所に来ていた。別に脱走したからってここに戻って来るとは限らない。
それでも『あの時』と状況が似ているの所為なのか、それとも、あの時と同じ場所で拾ったからなのか、無意識のうちにここまで走って来てしまったらしい。
「こ、これは……」
その時、僕の視界に入ったのは川沿いに無造作に捨てられた段ボール箱だった。
それは……彼女が子猫と共に入っていた段ボール箱と同じような大きさだ。
もう三日も前だからボロボロになっているし雨で濡れているため同じ物だと言い切れないが、逆に同じような段ボール箱が他にあるとは思えない。
「もしかして、この中に――っ!」
まさかと思って、ボロボロの段ボール箱に近づくと、かすかだがその中に何かがいたような不自然なスペースが開いていた。
まるでそこに何かが……
ちょうど、子猫が丸まっていたかのような大きさのくぼみだった。
「まだ暖かい……っ!」
きっと近くに――
『溺死だってさ……』
そのすぐ近くにはあの川が流れていた。
「まさか――っ!」
今日は雨で川が増水している。
もし、あの時の場所に本能で戻っても体力は……
少しでも近づいて流されたら!
子猫の命はもう――
そう思った瞬間、急に息ができなりまるで溺れたかのような感覚が僕の全身を襲った。
「くぁっ……っ!?」
最初はただ溺れた時の記憶がフラッシュバックしたのかと思った。
しかし、違う。本当に息が……できないっ!
「かぁっ……ヒュー……くぁっ!」
息を吸おうとしているのにできない。上手く呼吸ができない……苦しい……
そのうち、息ができない苦しさで僕はその場に倒れた。
呼吸がしだいに早くなり乱れて荒くなる。息を『吸う』という行為ができなくなって、息苦しさを感じる。まるで、溺れているみたいに……
体は上下のバランスが分からず横転し、視界が真っ赤に染まっていく、
……何も見えない。
(……すけて)
まだ、シにたくない……っ!
(――けてっ!)
あの家族と暮らすくらいなら死んだ方がマシだと思っていた時もあった。
だけど……
(助けて!)
――やっぱり、ボクは死にたく……ない!
「サトルくん!」
その時、誰かが僕を呼ぶ声がした。
視界に白いマフラーが映る。
「サトルくん! 大丈夫ですか? どうしたんですか!?」
……彼女だ。
彼女が目の前にいた。
きっと、僕を追いかけてここまで来たのだろう。
「猫が……川に……」
「だからってサトルくんが飛び込んでどうするんですか!?」
どうやら僕は『また』川に飛び込もうとしていたらしい。
「でも……っ! ねこが……っ!」
「サトルくん落ち着いてください!」
彼女が僕の手を引っ張って必死に止めようとしているのが分かる。
でも、ボクは死にたくない! 苦しんだ! あそこに行けばこの苦しさから解放され……
だから――
「邪魔する……なッ!」
「きゃっ!」
その時、ボクの振り払った手が彼女の顔に当たったのか、彼女が小さな悲鳴をあげて、白いマフラーが地面に落ちた。
その所為で、彼女の首の《《あざ》》があらわになった。
『サトルくんは《《これ》》が重いって思いますか?』
『この重さなら……僕は大歓迎かな……?』
「あ……違っ……ぼくは……そんなつもりじゃ……」
「……サトルくん?」
そんなつもりじゃない。
だけど、ボクは彼女に危害を……
『何で拾ったんだよ!』
……ダメだ。これじゃあボクも、あの『家族』と同じ人間じゃないか。
やっぱり、ボクなんかが生きているのが全部間違っていたんじゃないのか?
ボクが『あの時』にちゃんとシんでいれれば彼女も猫も拾うことなんて無かった、拾えるような人間じゃないのに……
ご……ごめなさい! ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい――
「あ……かぁ……」
「大丈夫です!」
僕が息ができないことをなんとか伝えようとすると、彼女はそんな僕に何も言わなくていいと言わんばかりに、僕をその胸の中で強く抱きしめてくれた。
お得意の胸枕だ……。
「ひゅー、ひゅー」
……なんと、情けないことだろう。
彼女の大きな胸に包まれた瞬間に息ができるようになってしまった。
「サトルくんはいい子です。だから、ゆっくり、息をしてください……」
本当にこれはいい子なのだろうか?
「落ち着いてください。わたしの心臓の音聞こえますか?」
確かに、生きている鼓動が聞こえる。
彼女の胸のから伝わる心臓の鼓動だ。
それを意識すると、荒かった呼吸が少しづつ落ち着いてきた。
「いきてる……」
「……はい」
呼吸が戻ったことで、意識がハッキリしてくる。
……大丈夫だ。
ここは『あの場所』だけど『あの時』ではない。
――そう、僕はまだ生きている。
「生きてる……生きてる……生きてる!」
「はい、生きてます」
気付いたら、僕は泣いていた。
そして、再び彼女に抱き着いた。
「……やっぱり、サトルくんは、いい子です」




