第30話『キミとボク』
『なんで拾ったんだよ!』
三年前、ボクの家族はバラバラだった。
『仕方ないじゃない! 私だって頑張っているのよ!』
『じゃあ、なんでできないんだ!?』
『そんなこと言わないでよ!』
父と母はいつも喧嘩してたし、そんな二人をボクと姉はただ怯えて喧嘩が収まるのを見守るしかなかった。
『ミャ~!』
そんなバラバラな家族にある日突然一匹の三毛茶模様の猫が現れた。
『猫なんか拾ってどうするんだ!? 飼えるのか!?』
『仕方ないじゃない! 勝手に家に入って来ちゃったんだから!』
『じゃあ、捨てて来い!?』
『そんなこと言わないでよ!』
雨の日、突然家の二階の窓から侵入したと思われる猫の存在はバラバラだった僕達家族を大いに混乱させた。
『ミャ~♪』
『サトル、猫かわいいね』
『……うん』
『パパ、少しの間ならウチでこの猫ちゃん面倒見ていいんじゃない?』
『俺は知らないからな! お前らで面倒を見ろよ!』
その後、取り合ず飼い主が見つかるまでの間だけ面倒を見るということで、その猫は僕達の家で面倒を見ることになった。
猫はよくある茶トラの雄だ。
だから、しばらく経っても飼い主らしき人は見つからなかったし、元々野良の可能性もあったからか気づいたらその猫が来てから二年が経っていた。
『パパ! ミカちゃんのごはん無いから買ってきてくれない?』
『何で無くなる前に買わないんだ!』
『だって――っ!』
『ミャ~♪』
『……ねぇ、お願いできる?』
『し、仕方ないな……』
『ミャ~?』
猫の名前は『ミカ』になった。
最初は誰も猫の世話をしようとしなかったので僕が『ミカエル』と、命名したのだ。
でも、一年くらいして段々と母や父も猫の世話をするようになり、気づいたら僕以外の家族が『ミカ』と呼んでいた。
多分、姉が『ミカエル』はダサいから『ミカ』でいいよ。と言ったのが原因だと思う。
だけど――
『パパもママも、ミカが来てから何だかあまり怒らなくなったね?』
『……うん』
姉の言う通り猫が来てからバラバラだった僕の家族は一つになった気がした。
『ありがとう……ミカエル』
『ミャ―♪』
ミカエルは少し生意気な猫だったけど、自由な猫だった。
自由だからこそ、あのバラバラだった家族の中に入ってきても堂々としていたんだと思う。
だからこそ、父も母もミカエルを飼うしかなかった。
それに比べて、僕は父や母の顔色を窺ってばっかりだった。
『俺もミカエルみたいに自由になりたいな……』
『ミャ~?』
そうすれば、誰の顔色も窺わずに堂々と生きられるのだろうか?
僕にとって、あの家族の中は生きづらかった。
だって、常に喧嘩をしている父と母を見て、自分には居場所なんて無いのではないと、不安に襲われていたから……
でも、そんな家族の中にミカエルが来たことで僕にも居場所ができた気がした。
この猫のおかげで、僕の家族は一つになったんだと思った。
だから、僕は猫に感謝していた。
『ミカちゃーん!』
『おーい! ミカー』
『ミカちゃーん?』
『ミカエルー!』
ある日、猫が行方不明になった。
それは、猫が家に来たのと同じ雨の日の出来事だった。
姉が言うには、猫が家に来た時と同じように窓の隙間が空いていたから外に出てしまったのではないか? という話だ。
……心配だったけど、家族も一緒になって皆で猫を探してくれた。
家族はまだ一つだった。
『ミカちゃーん!』
『おーい! ミカー』
『ミカちゃーん?』
家族も猫を心配していたし、僕も心配していた。
本当は、僕よりも家族の中に自然と打ち解けていた猫に僕は嫉妬していたのかもしれない。
だから、僕は餌をやる時、猫を相手に愚痴をこぼしていたし、家族の皆にわざと受け入れられにくいような『ミカエル』なんて名前を付けたのかもしれない。
姉には、僕のネーミングセンスが悪いと言われていたけど、そういう心理が僕の中で働いていたのだと今になって思う。
そう、猫は……すでに家族の一人だった。
『だから、帰って来いよ……っ!』
――だけど、結果は残酷だった。
『……ミカエル?』
『溺死だってさ……』
猫は水死体で発見された。
理由は分からない。
だけど、雨の中で川に落ちて溺れてしまったのではないかと、姉から僕は聞かされた。
突然、やって来たくせに、消える時も勝手に消える。
本当に自由で気ままな猫だった。
おかげで、僕の心はバラバラになりそうだった。
猫のおかげでバラバラだった家族も一つになれたのに、猫がいたから、僕も生きずらいあの家で生きていけたのに……
これじゃあ、前みたいに家族もバラバラに――
『こんな所にいたのね』
『かわいそうね』
『仕方ない。帰るか』
――それでも、かぞくはまだ一つだった。
『…………は?』
猫が見つかっても、
ボクの家族はまとまったままだった。
まるで、猫が見つかったと言っているような……自分だけがその場から切り離されたような不思議な感覚だ。
……気持ち悪い。
純粋に自分の家族に対してそんな気持ちが沸き上がってきて吐きそうだった。
……何でコイツらは平気なんだ?
『そうか……』
その家族の反応を見て、僕は気づかされた。
猫を家族だと思ったのは、僕だけだったんだ。
この家族は『猫』を理由にまとまっただけだった。
だから、猫がいなくなっても、そこにある死体を猫だと認識している。
多分、猫がいなくても、何かを理由にすれば、この家族は今みたいにバラバラにならないのだろう。
この家族にとって、猫は仲良く一つにまとまるための道具《理由》にすぎなかった。
『なんで拾ったんだよ!』
気付いた時にはキミに背を向けている奴らに向かって叫んでいた。
そんな家族が……ボクは心底気持ち悪いと思ったのだ。
『悟、どうしたの?』
『悟どうした!?』
『悟ちゃん……?』
……ちがう!
あれは家族じゃない。
『ボクの家族はあの猫だけだ!』
そのまま僕は家族から逃げるように走り出した。
そして、猫が死んでいた川の流れを追いかけるように雨の中をかけた。
もしかしたら、僕はあの家族の中で一番猫が好きだったのかもしれない。
だって、毎日猫に愚痴をこぼしたり大して懐かれてもいないのに餌やりをして、ミカエルなんてバカみたいな名前を付けるくらいだ。
そんなことを思った瞬間、僕は足を滑らして川に落ちてしまった。
『ぐぁ……っ!?』
最初はただコケたのかと思ったが、直ぐに鼻と口から大量の水が入ってきて自分が溺れたのだと気づいた。
しかし、それに気づいた時にはもう全てが遅かった。
体は上下のバランスが分からないし視界は濁った川の水で夜だったこともあり何も見えない。
(……すけて)
そのまましにたいと思っていた。
(――けてっ!)
猫のいない世界で、あの家族と暮らすくらいなら死んだ方がマシだと思っていた。
(助けて!)
なのに、体が『生きたい』と、もがき始めた。
「だずげでぐあだぁい!」
そんな『生』にしがみつく自分がボクはどうしようもなく情けなかった。
『おい! だれか溺れているぞ!』
『救急隊呼べ!』『大丈夫かーっ!?』
ほどなくして、僕は近くを通りががった人達によって救急隊が呼ばれて助かった。
そう、救われてしまった。
『ボク! 大丈夫か?』『ボク? お名前言える?』『ボク! もう大丈夫だからな?』
『ぼ……ぼく……は?』
違う! 救われて『しまった』ではない。僕は――
キミを裏切ったんだ。
自分で死んでもいいと思ったはずなのに、生きようとして救われた。
何が自分があの家族の中で一番『キミが好きだった』だ! 本当に……好きだったのなら、あのまま死を受け入れられたはずだ!
なのに何で助かろうとした!
何で助けを呼んだ!
何で川から這い上がろうともがいた!?
これじゃあ、僕もあの家族たちと……同じじゃないか……っ!
『な、なまえは……わかりません……』
『どうやら、混乱しているみたい!』
『誰か! 警察呼んで!』
『家族は何処かにいないの!?』
後になって知ったが、僕が溺れていた時、家族は家でテレビを見ていたらしい。
そう、あの人達は僕を追いかけることなくあの後、家に帰っていたのだ。
あの日、僕は確かに『死』を拒否した。
あの溺れた瞬間に、死と生を天秤にかけることもなく生きようとしてしまった。
だからこそ、僕はもう猫のことを好きだなんて言えない。
生きようとしすぎて、体だけ救われて、心を拾い忘れたのだ。
だから、ボクという『人間』は猫と一緒にそこに捨ててくることにした。
もう、僕の家族はこの世にいない。
僕にとってあの『家族』はただの『母』で『父』と『姉』だ。
そして、死ねなかったボクも、猫にとっては、ただの『僕《他人》』だ。
確かに、僕は救急隊に救われたのかもしれない。
でも、ボク自身は何も救われていなかった。




