第22話『情と欲』
「さっき、姉に何って言われたの?」
「え、あ、ななんでもないです……」
彼のその質問に、わたしは咄嗟に返事を濁してしまった。
自分でも何でそんなに動揺したのか分からないけど……
でも、何故かそうした方がいい気がしました。
「ミャー」
すると、猫ちゃんがゴロゴロ喉を鳴らしながらわたしの膝にすり寄ってきました。
かぁわいいです!
「相変わらず、子猫は桜井さんに懐いているね」
「えへっへ……」
その時、彼が猫ちゃんを撫でようと、わたしの胸元に手を伸ばしました。
「どれどれ、僕も……」
「シャー」
しかし、その彼の手はわたしが胸元に抱いている猫ちゃんの手によって叩き落とされてしまいました。
爪で引っかかれてないか少し心配です。
「何故か、安達くんには懐きませんね?」
「本当にな……」
この猫ちゃんはわたしや、安達くんのお姉さんには今のように喉を鳴らすのに、何故か彼にだけは喉をゴロゴロと鳴らしません。
……そうです!
「じゃあ、試しに猫ちゃんに名前を付けてあげたらどうでしょう? そしたら、懐いてくれるかもです!」
「なら……『カミエル』とかどうかな?」
……サトルくんのネーミングセンスは絶望的でした。
「やっぱり、この案はなしでお願いします」
「だって、僕この猫にそんな愛着わいてないし、良い名前が思いつかないんだよ……」
トイレやミルクのお世話はサトルくんが殆どしているので、そこまで懐いてないというわけでは無いと思うのですが……
――あ、なら!
「に、にゃ~……」
「ぅえっ!?」
わたしが猫ちゃんの鳴き声を真似して、彼の懐に顔を埋めると、彼が戸惑ったように声を上げて固まりました。
「いきなり、どうしたの……?」
「わたしが猫ちゃんのかわりになってあげようかと思いまして……」
「子猫になるにしては、少しサイズが大きすぎる気がするんだよね」
「うぅ~……」
ちょっと、恥ずかしいのを我慢して、猫ちゃんの声真似したのに、その反応は不満です。
それに、安達くんってばそう言って視線が胸にいっているの分かってますからね。
「……安達くんのエッチ」
「なんかすげぇ冤罪じゃない!?」
「にゃー……?」
「猫になりきって誤魔化さないで!?」
でも、そういうちょっとエッチなところも……
すると、今度は腕の中で大人しくしていた本当の猫ちゃんが鳴きました。
「ミャー!」
「フフ、かわいいですね」
「そ、そうだね……」
やっぱり、彼はいい人です。
わたしはいつも、誰かの『良い子』を演じていました。
だけど、わたしの求める『良い人』は誰もいなかったです。
もしかしたら、私は誰かに自分を愛してもらいたかったのかもしれません。
いつもどおり、みんなのいう『良い子』を演じているわたしでなく『いつも通り』じゃない、わたしを……
だから、わたしは死のうとしました。
「この猫ちゃんを拾わなかったら、今頃わたしは生きていなかったかもしれないんですね」
そもそも、彼とこうして会えることは無かったと思うと、不思議な気持ちになります。
「最初は猫ちゃんを拾ってくれる人を探してるだけだったんですけど……」
「…………」
そしたら、わたしが彼に命を拾われてしまったとは皮肉なものです。
「猫を拾ってくれる奴が見つかったら、また死ぬつもりだったから?」
「……はい」
そう、昨日彼に猫を預けてあの夜、わたしは再び死ぬつもりでした。
でも、わたしが死のうとしていたことに彼は気付いてそれを止めてくれた。
何でわたしが死のうとしていたことに彼が気づけたのかは分かりません。
だけど、あの瞬間……わたしの命は彼に救われたんだと思います。
だから、わたしは――
「ミャ―」
すると、抱いていた猫ちゃんが腕から離れてしまいました。
なんか、急に腕の中が空っぽになって寂しくなった気がします。
その寂しさを埋めるように、わたしは彼の袖をつかんで質問をしました。
「抱き着いても……いいですか……」
「……ん」
わたしの質問に、彼は無言で両手を広げました。
多分、OKの合図だと思います。
お昼の反応からしても、彼はあまりこういうときに無言で肯定する人のようです。
なので、そのまま甘えるようにわたしは彼の腕の中に抱き着きました。
「ありがとうございます」
「……っ!」
彼に触れて、わたしの体が熱くなるのを感じます。それと同時に彼にしがみ付く手の力も強くなってしまう……
彼が、もっと欲しい……もっと、わたしを求めて欲しい。
わたしを必要としてほしい。
……求めて欲しい。
そして、愛して欲しい……。
「好き……」
「…………」
だからかのか、つい思っていた言葉が口から洩れてしまいました。
彼はまるでその言葉が聞えなかったかのように固まっていますが、こういう沈黙している時の彼は拒否はしないと思う。
だから、わたしは顔が赤くなっていくのを自覚しながらも彼の目を見て訴えかけました。
「ぁぅ……」
「…………」
すると、彼がようやく絞り出すように緊張感と共に、枯れた声でわたしに質問をした。
「何で……僕なの?」
「いい人だからです」
「そうか……」
そう言うと、彼は何かを諦めたかのように、または受け入れたかのように、両腕で私の体を抱きしめ返し、その手で頭を撫でるついでに、その言葉を言ってくれました。
「僕も好きだ」
「はぅ……」
幸せを感じて脳がマヒしそうな感覚に落ちていくような感じがします……。
彼は本当にいい人です。
こんなわたしを、無言で受け入れてくれる。
昨日拾ったばかりの人間を本当に愛してくれているわけではないと思います。
多分、何か……同情なのか共感なのか、彼なりに思う所があるから打算ありでわたしを受け入れてくれているんだと思います。
だとしても……
それでも、わたしの求める『良い人』を演じてくれている。
だから、彼はわたしにとって『いい人』です。
なのに、だからこそ……
彼のお姉さんが何故あんなことを言ったのか気になります。
『――弟はやめときなさい』
あれは……一体、どういう意味だったんでしょう?




