第17話『ふつうの学校』
わたしが中学受験に失敗してもママは怒らなかった。
いや、怒るなんてことはできなかったんだと思う。
何故なら、怒ってしまったらそれはママの『理想』とは違うことを認めてしまうから。
それでも、ママのいうことは変わらなかった。
『桃ちゃんは、良い子だからね』
何故かその言葉を聞くたびに、わたしは息が苦しくなるような気がした。
そして、わたしは『ふつうの中学』を諦めて、別の『普通の中学校』に進学した。
わたしはその進学した『普通の中学校』で、今までわたしが『ふつう』だと思っていたことが『みんな』の『普通』じゃないということを知った。
幼稚園から家庭教師がいない子がいた。
中学校で初めて制服を着た子がいた。
男女別々の教室が当たり前じゃない子がいた。
わたしはその子達を『ふつう』じゃないと言ってしまった。
だって、みんなはわたしと違ったから、ママは言っていた『ふつう』が普通じゃなかった。
……なんでなの?
そんな生活はわたしにとって、とっても息苦しかった。
わたしは、いつもどおり『良い子』でいたのに何でわたしが『普通』じゃないの?
なんで、みんなはわたしを『ヘンな子』っていうの?
わたしは『ふつう』が当たり前だと思っていたのに……
いつもどおり、ママのいう『良い子』を演じて、
いつもどおり、学校の先生のいう『良い子』を演じて、
いつもどおり、家庭教師のいう『良い子』を演じて、いつもどおり、パパのいう『良い子』を演じて、いつもどおり、ともだちのいう『良い子』を演じて、いつもどおり、近所のおばさんのいう『良い子』も演じて、商店街のおじいさんのいう『良い子』も演じて、いつもどおり、みんなのいう『良い子』を演じて演じて演じて、いつもどおり、いつもどおり、いつもどおり、いつもいつもいつも『良い子』でいなきゃいけないから、良い子でいて良い子でいるのが良い子だから、わたしはわたしは
わたし……ワタシは……
わたしは『ふつう以下』なんだ。
そう、だから、わたしは『ふつう』以下の中学校にしか行けなかった。
でも、わたしにはまだ高校受験がある。
中学校では『ふつう』になれなかったけど『ふつうの高校』には行くチャンスがある。
ママの期待に応えるチャンスがある。
だから、その日から必死に勉強をした。
まだ高校受験まで二年もある。
『桃ちゃんは、良い子だからね』
ママの言葉を聞くたびに息が苦しくなる思いだったけど……
きっと、わたしが『ふつう』の高校に合格したらママが喜んでくれる。
そのために必死に受験勉強を始めた。
高校受験に合格したら……
全部もとどおりになるはず、
ママも前と同じように笑ってくれるはず――
でも、なぜかママは周りの大人《他人》とあまり話さなくなった。
そのあたりから、ままは『なぜか』家庭教師をつけてくれなくなったけど、わたしは一人でも頑張って勉強した。
そのかわり、ママはわたしに受験勉強の本をたくさん買ってくれた。
ママが『桃ちゃんは良い子だから』と言ってくれるから、一人で勉強を頑張った。
いっぱい勉強して、夏も飽きも冬もお部屋で勉強を頑張った。
いつの間にかピアノの習いごとも辞めて勉強ひとつになった。
たまにピアノを弾こうとしても、もう『ピアノを弾く意味がない』ことに気付いてまた勉強をすることにした。
学校はふつうじゃないから、なるべくひとりでいるようにした。
そのうち小学校のともだちとも話さなくなって、ともだちとは近所ですれ違うだけのかんけいになった。
少しだけ、息苦しくて、さみしいけど……
それでも、わたしは勉強を続けた。
『桃ちゃんは良い子だから』
それだけが、わたしを認めてくれるママの言葉だから……
べんきょうをしてがんばって、でも、がんばるのはふつうじゃないから、ふつうにべんきょうをしてだけど、わたしはがんばっててだれも褒めてくれないけど褒めて欲しいと思うのはふつうじゃないから、ひとりでひとちでひとがさみしいけど、ともだちとあそびにいきたいけど、マンガも読みたいけどそとで遊びたいけど、それでもひとりでべんきょうをがんばりつづけて――
結果、わたしは高校受験にも失敗した。




