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『約束の庭――夢の中で、君に会った』  作者: こうた


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第7話 動き出した時計



少女の手が、透けていた。


美咲は息を止めた。


「……ねえ」


少女は答えない。


「手……どうしたの?」


少女は自分の手を見つめた。


白い肌の向こうに、庭の花が見えている。


「大丈夫だよ」


「大丈夫じゃない!」


美咲は少女の手を両手で包んだ。


けれど、昨日まで確かにあった温かさが、少しだけ薄くなっていた。


「消えちゃうの?」


少女は微笑んだ。


「いつかはね」


「いつかって、いつ?」


「時計が全部動いたら」


美咲は時計塔を見上げた。


巨大な時計。


五年前から止まっていたかのような、古びた時計。


長針は、まだ動いていない。


短針だけが、ほんの少し進んでいる。


「全部って……?」


「この庭の時間」


「時間?」


少女は頷いた。


「ここは、普通の夢じゃないから」


「じゃあ、何なの?」


少女は答えなかった。


その代わり、庭の奥を指差した。


昨日まではなかった細い道が、花畑の向こうへ続いている。


「行ってみる?」


「どこへ?」


「ママが忘れている場所」


美咲の背中に、冷たいものが走った。



二人は手を繋いで歩いた。


道の両側には白い花が咲いている。


一つ。


また一つ。


その中に、ときどき別の色の花が混じっていた。


黄色。


青。


赤。


そして――


小さな桃色の花。


美咲が立ち止まる。


「……これ」


なぜか見覚えがあった。


「その花、ママが好きだったよ」


「私が?」


「うん」


少女は笑った。


「五年前も、同じ花を買ってた」


「……五年前?」


「病院の帰り」


美咲の脳裏に、映像が浮かんだ。


雨。


濡れた道路。


コンビニの前。


そして自分の手に、小さな花束。


「……私、何のために買ったの?」


少女は答えなかった。


代わりに、道の先を指した。


そこには、小さなベンチがあった。


美咲はゆっくり腰を下ろす。


少女も隣に座った。


「ママ」


「なに?」


「もし、あのとき……」


少女は言葉を止めた。


「……もし?」


「ううん。何でもない」


「教えて」


「まだ駄目」


「どうして?」


少女は美咲を見つめた。


「ママが自分で思い出さないといけないから」


美咲は黙った。


その言葉が、妙に引っかかった。


この少女は何かを知っている。


五年前のことを。


自分が忘れてしまったことを。


でも、少女自身の正体だけは決して言わない。


「ねえ」


「うん」


「あなたは、私に何を思い出させたいの?」


少女は少し考えてから答えた。


「悲しいことじゃないよ」


「……え?」


「ママが忘れたのは、悲しいことだけじゃないから」


その瞬間。


風が吹いた。


白い花びらが一斉に舞い上がる。


美咲の目の前に、五年前の光景が一瞬だけ重なった。


――病院。


――健一。


――自分のお腹に手を当てる自分。


そして。


「赤ちゃん……」


声が震えた。


少女が振り返る。


美咲は自分のお腹を押さえた。


「私……あのとき」


言葉が続かない。


涙が溢れた。


「嬉しかったんだ……」


少女は静かに頷いた。


「うん」


「すごく……嬉しかった」


「うん」


「どうして私は、それまで忘れてたの……?」


少女は答えなかった。


ただ、美咲の肩に頭を預けた。



翌朝。


美咲は目を覚ました。


カーテンの隙間から朝日が差している。


夢だった。


いつものように。


そう思った。


けれど――


枕元に置いたスマートフォンを見る。


午前七時十二分。


その時刻を見た瞬間、美咲は眉をひそめた。


夢の中で少女と過ごした時間は、少なくとも数時間だった。


なのに現実では、眠ってからわずか二十分しか経っていない。


「……時間が違う」


初めて、はっきり気づいた。


夢の中では。


現実より時間が速い。


そしてもう一つ。


美咲はベッドから起き上がり、鏡を見る。


目が赤い。


泣いていた。


夢の中で泣いたはずなのに。


現実でも涙を流していた。


「夢なのに……」


そのとき。


背後から、声がした。


「美咲?」


振り返る。


健一が立っていた。


「どうした?」


「……ねえ、健一」


「ん?」


美咲は少し迷ってから聞いた。


「もし、あの子が……」


そこまで言って、口を閉じる。


健一の表情が変わった。


「……あの子?」


「夢に出てくる女の子」


健一は何も言わなかった。


ただ、視線を逸らした。


「健一?」


「……夢の話だろ」


「うん」


「なら、忘れたほうがいい」


その言葉が、妙に冷たく響いた。


「どうして?」


健一は答えない。


そして、部屋を出る直前。


小さな声で呟いた。


「……あの子のことまで、思い出さなくていい」


扉が閉まった。


美咲は立ち尽くす。


――あの子のことまで。


その言葉の意味を考えた瞬間。


胸の奥で、何かが繋がった。


健一は――


あの少女の正体を、知っている。

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