↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『約束の庭――夢の中で、君に会った』  作者: こうた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/20

第6話 夢の中の家族



白い花びらを拾い上げたまま、美咲は動けなかった。


指先に触れる感触は、確かに花だった。


夢の中で少女から渡されたものと同じ。


けれど――


「……そんなはずない」


夢の中のものが、現実に残るはずがない。


美咲はそう言い聞かせた。


それでも花びらを捨てることはできなかった。


小さな封筒に入れ、引き出しの奥へしまった。


誰にも見つからないように。


まるで、それが大切な何かであるかのように。



その日の夜。


美咲は眠る前に、五年前の日記を開いた。


五月。


六月。


七月。


ページをめくる。


けれど、肝心の部分だけが抜け落ちている。


何度見ても同じだった。


「……どうして」


破られたページの端を指でなぞる。


自分で破ったのか。


それとも、別の誰かが?


分からない。


ただ、ひとつだけ思い出した。


五年前。


医師に妊娠を告げられた日。


自分は健一に電話をした。


電話の向こうで、健一は泣いていた。


そして自分も――


泣いていた。


嬉しくて。


怖くて。


未来が突然、現実になったような気がして。


その記憶は、そこまでだった。


その先だけが、どうしても思い出せない。



眠りにつくと、また庭にいた。


今までと違う。


今日は木の家の扉が開いていた。


少女が中から顔を出す。


「ママ」


「……今日は家の中?」


「うん」


少女は美咲の手を引いた。


小さな木の家。


中にはテーブルが一つ。


椅子が二つ。


そして壁には、一枚の絵が飾られていた。


美咲は足を止めた。


「……これ」


そこには、三人の人間が描かれていた。


男。


女。


そして、小さな女の子。


三人とも手を繋いでいる。


「私たち?」


少女が聞く。


美咲は答えられなかった。


「……私には、こんな家族はいなかった」


「ううん」


少女は首を振った。


「まだ、いなかっただけ」


「……え?」


少女はテーブルの上に置かれた小さな皿を見た。


「ママとパパと、私」


「パパって……健一?」


少女は笑った。


「ママが一番好きだった人」


美咲の胸が苦しくなる。


「……健一とは、今も一緒にいる」


「知ってるよ」


「だったら……」


「でも、ママは最近、パパと一緒に笑ってない」


言葉が出なかった。


確かにそうだった。


治療のこと。


お金のこと。


結果のこと。


二人の会話は、いつからか「子ども」のことばかりになっていた。


子どもができなければ。


治療が成功しなければ。


自分たちは幸せになれない。


そんな考えが、いつの間にか二人の間に入り込んでいた。


「ママ」


少女が言う。


「私ね」


「うん」


「ママと暮らしたかった」


美咲は息を呑んだ。


「朝起きたら、ママがいて」


少女は笑った。


「一緒にご飯を食べて」


「……うん」


「学校に行って」


「……うん」


「帰ってきたら、ママに今日あったことを話すの」


美咲の目から涙が落ちた。


少女は続ける。


「そんな普通の毎日が欲しかった」


「ごめん……」


「どうして謝るの?」


「だって……」


美咲はしゃがみ込んだ。


「私が……あなたを守れなかったから」


少女は首を横に振った。


「違うよ」


「え?」


「ママは、私を捨てたんじゃない」


その言葉に、美咲の胸が大きく揺れた。


「じゃあ……どうして?」


少女は答えなかった。


代わりに、壁に掛けられた時計を指差した。


さっきまで止まっていた時計の針が――


また一つ進んでいた。


カチッ。


カチッ。


「時間が……」


美咲が呟く。


少女は小さく笑った。


「少しずつ、近づいてる」


「何に?」


少女は美咲を見る。


その瞳には、寂しさと優しさが混ざっていた。


「お別れに」


「……嫌」


美咲は即座に答えた。


「嫌だよ」


少女は驚いた顔をした。


「私、あなたともっと話したい」


「……ママ」


「あなたが誰なのか、ちゃんと知りたい」


美咲は少女の手を握った。


「だから、いなくならないで」


少女はしばらく黙っていた。


そして――


美咲の胸に顔を埋めた。


「……私も」


小さな声だった。


「本当は、ずっとママといたい」


その瞬間。


遠くで、何かが鳴った。


――ゴーン。


時計塔の鐘。


止まっていたはずの鐘が、一度だけ鳴った。


少女が顔を上げる。


「……もうすぐだ」


「何が?」


少女は答えない。


ただ、美咲の手を強く握った。


そして美咲は気づいた。


少女の手が――


昨日より少し、透けている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。