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『約束の庭――夢の中で、君に会った』  作者: こうた


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第15話 空っぽの庭



目を開ける。


美咲は、いつものベッドにいた。


朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。


「……夢」


そう呟いてから、胸元に手を当てた。


昨夜の温もりが、まだ残っている気がした。


ゆきはもういない。


約束の庭も、きっと終わった。


そう思った。


けれど――


枕元を見る。


白い花びらが一枚。


そして、その隣に青いリボン。


美咲はそれをそっと箱にしまった。


「ありがとう」


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。



それから三日間。


美咲は夢を見なかった。


眠っても、約束の庭には行けない。


以前なら不安になっていたはずなのに、今は違った。


夢がなくても、ゆきとの時間は消えない。


美咲はそう思えるようになっていた。


ある朝。


健一がコーヒーを飲みながら言った。


「最近、少し変わったな」


「そう?」


「うん」


「悪い意味?」


「逆」


健一は笑った。


「前より笑うようになった」


美咲も笑った。


「健一もね」


「俺?」


「うん」


「そうかな」


「そうだよ」


二人は顔を見合わせた。


そして、同時に笑った。



その日の午後。


美咲は一人で散歩に出た。


目的地はなかった。


ただ、歩きたかった。


近所の公園。


小さな子どもたちが遊んでいる。


以前なら、その光景を見るだけで胸が苦しくなった。


けれど今日は――


少し離れたベンチから、笑顔で見守ることができた。


「……可愛いな」


自分でも驚いた。


そんな言葉が自然に出てきた。


そのとき。


公園の時計が目に入った。


十二時。


正常に動いている。


美咲はしばらく見つめた。


そして思い出す。


約束の庭の時計。


止まっていた時間。


十一時五十九分。


そして――十二時。


「……時間は進むんだ」


小さく呟いた。


その瞬間。


背後から、声がした。


「お姉ちゃん」


美咲が振り返る。


知らない男の子だった。


五歳くらい。


手には青い風船。


「これ、落としたよ」


男の子が差し出している。


「え?」


美咲は自分の足元を見る。


何も落としていない。


「私のじゃないよ」


「でも、お姉ちゃんのだよ」


「違うと思うけど……」


男の子は首を傾げた。


「さっき、白いお姉ちゃんが持ってた」


美咲の表情が変わった。


「……白いお姉ちゃん?」


男の子は頷いた。


「長い髪の人」


心臓が跳ねる。


「その子、どこにいるの?」


男の子は公園の奥を指差した。


「向こう」


美咲は走った。


けれど。


誰もいない。


木々が風に揺れているだけ。


「ゆき……?」


返事はない。


足元を見る。


そこには――


白い花が一輪、落ちていた。



その夜。


美咲は眠りについた。


そして――


久しぶりに、約束の庭に立っていた。


「……」


声が出なかった。


そこには、誰もいなかった。


木の家。


湖。


時計塔。


白い花畑。


すべてある。


けれど、ゆきだけがいない。


「ゆき?」


返事はない。


「ゆき!」


美咲は庭を走った。


家の中。


湖のほとり。


花畑。


どこにもいない。


「……もう、本当に終わったんだ」


美咲は立ち尽くした。


そのとき。


風が吹いた。


白い花びらが舞い上がる。


そして。


花畑の中に、一本だけ――


青い花が咲いていることに気づいた。


「……青い花?」


近づく。


花の隣に、小さな足跡があった。


一つ。


二つ。


三つ。


花畑の奥へ続いている。


美咲は足跡を追った。


その先にあったのは――


小さなベンチ。


以前、ゆきと座った場所だった。


ベンチの上に、紙が一枚置かれている。


美咲が拾う。


そこには、たった一行。


『ママ、次はあなたが見つけて』


「……何を?」


答えはない。


ただ、時計塔を見る。


時計は十二時を指している。


けれど――


文字盤の下に、見慣れない数字が刻まれていた。


「1」


美咲は眉をひそめた。


「……一?」


すると。


遠くから、声がした。


今度は女の子ではない。


少し低い、男の子の声。


『ここだよ』


美咲が振り返る。


誰もいない。


『まだ、顔は見せられない』


「誰なの?」


『まだ早いから』


「あなたは……誰?」


しばらく沈黙が続いた。


そして――


『ママが、ちゃんと未来を選んだら』


「……」


『そのとき、会おう』


美咲は息を呑んだ。


声の主は、まだ姿を見せない。


けれど。


その声には、不思議な懐かしさがあった。


まるで――


ずっと昔から知っているような。


『だから、もう泣かないで』


美咲の目から涙が落ちた。


『ゆきが言ってたでしょ』


「……え?」


『幸せになってって』


その瞬間。


時計塔の針が――


十二時から、ほんの少しだけ動いた。


そして庭の奥から。


小さな足音が聞こえた。


トン。


トン。


トン。


今度は、はっきりと――


美咲を待つように、誰かが歩いていた。

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