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『約束の庭――夢の中で、君に会った』  作者: こうた


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11/20

第11話 白い花



翌朝。


美咲は、夢の中で聞いた言葉を何度も考えていた。


――私がいなくなることは、私が消えることとは違う。


意味が分からない。


それでも、少女の声だけは妙に鮮明に残っていた。


そしてもう一つ。


湖のほとりに残っていた、小さな足跡。


あれは誰のものだったのか。


「……男の子」


呟いた瞬間、美咲は首を振った。


「考えすぎだよ」


夢なのだ。


すべて自分の心が作り出したもの。


そう思おうとした。


けれど。


机の上を見る。


昨夜まで何もなかった場所に――


白い花びらが一枚、置かれていた。



数日後。


治療の結果が出た。


「今回は、妊娠には至っていません」


医師の言葉は、淡々としていた。


美咲は「はい」と答えた。


以前なら、涙が出ていた。


帰りの電車の中で泣いたこともある。


健一に八つ当たりしたこともある。


けれど今日は違った。


悲しい。


もちろん悲しい。


でも、それだけではなかった。


美咲は窓の外を見た。


「……また、駄目だった」


健一が隣に座っている。


「うん」


「悔しいね」


「うん」


「でも……」


美咲は少しだけ笑った。


「今日は帰ったら、一緒にご飯食べよう」


健一が驚いた顔をした。


「え?」


「何?」


「いや……」


健一は小さく笑った。


「そうだな」


二人は、それ以上話さなかった。


けれど、帰り道にコンビニへ寄って、二人で夕食を選んだ。


ほんの小さなことだった。


それなのに。


美咲には、それが久しぶりの「普通」に思えた。



夜。


美咲は眠った。


約束の庭。


今日は、いつもより明るかった。


花が増えている。


白い花が、庭いっぱいに咲いていた。


「ゆき?」


少女は木の家の前に立っていた。


「ママ」


少女は笑っている。


けれど――


その姿は、前よりも透けていた。


美咲は駆け寄った。


「大丈夫?」


「うん」


「本当に?」


「うん」


「嘘じゃない?」


少女は少し考えてから答えた。


「少しだけ、寂しい」


「……私も」


美咲は少女を抱きしめた。


すると少女は、美咲の胸に顔を埋めた。


「ママ」


「なに?」


「今日は、幸せだった?」


美咲は少し驚いた。


「……うん」


「どうして?」


「健一と、ご飯を食べたから」


少女が笑った。


「それだけ?」


「うん」


「子どもがいなくても?」


美咲は少しだけ考えた。


そして頷いた。


「うん」


少女は嬉しそうに笑った。


「それならよかった」


「どうして?」


「だって、ママが笑えるって分かったから」


美咲の胸が痛んだ。


「ゆき……」


「うん?」


「あなたは、私に何を伝えたいの?」


少女は白い花を一本摘んだ。


「これ」


「白い花?」


「うん」


「何の意味?」


少女は花を美咲の手に乗せる。


「始まりと終わり」


「……どっち?」


「両方」


風が吹いた。


白い花びらが舞う。


その向こうに――


男の子が立っていた。


今度は、少し近い。


顔はまだ見えない。


「……あの子」


美咲が駆け出そうとする。


少女が腕を掴んだ。


「待って」


「でも!」


「まだ駄目」


「どうして?」


「今会ったら、ママはまた苦しくなる」


「……」


「今は、私との時間を大切にして」


美咲は男の子を見る。


男の子は何も言わない。


ただ、こちらを見ている。


そして――


小さく手を振った。


美咲も手を振り返す。


その瞬間。


男の子の姿が消えた。


「……また会える?」


美咲が聞く。


少女は答えなかった。


代わりに、時計塔を見上げた。


「もうすぐ」


「何が?」


「時計が全部動いたら」


美咲も時計を見る。


長針が動いた。


十一時。


少女の姿が、さらに薄くなる。


「ゆき!」


美咲が抱きしめる。


「お願い……」


少女は美咲の背中に腕を回した。


「ママ」


「うん」


「私がいなくなったら――」


少女は一度、息を吸った。


「私のことを、悲しい記憶だけにしないで」


美咲の目から涙が落ちる。


「……分かった」


「約束?」


「約束する」


少女は笑った。


「じゃあ、最後に一つだけ」


「何?」


少女は美咲の手を取り、自分の胸に当てた。


「ここにいるから」


「……え?」


「ママが思い出してくれたから」


少女の身体が白い光に包まれていく。


「ゆき……?」


「大丈夫」


少女は最後まで笑っていた。


「私は消えないよ」


そして――


少女の姿が、白い花びらになって舞い上がった。


美咲は必死に手を伸ばした。


「ゆき!」


一枚の花びらが、手のひらに落ちる。


温かかった。


そして遠くから――


聞き覚えのない男の子の声がした。


「……まだだよ」


美咲が振り返る。


誰もいない。


ただ。


止まっていた時計の針が――


十一時五十九分を指していた。

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