夏と言えば海らしい
副題「ひと夏のアバンチュールは如何ですか?」
この前のバンジーのお詫びにと、海に誘われた。
日帰りじゃなくて、別荘に一泊して目一杯遊ぶらしい。
バンジーの件は別に怒ってないけど、楽しそうだからOKした。
と言う訳で、現在俺たちは海にいる。
不必要な荷物は別荘に先に運んでもらったから、思う存分遊べる。
使用人の皆も、荷物運び終わったら一緒に遊ぶようだ。
よく思うが、緩いよな、ここの家。
いや、良い事だとは思うんだけどさ。
「彰、泳ぎに行こう!」
「……テンション高いよな、亮太」
お詫びって言うより、単純に海で遊びたかっただけなんだろう。
だからどうこうって訳でもないんだが。
「だって今年初めての海だぞ? 燃えるだろ」
「悪いが燃えないな」
毎年の事だが理解出来ない。
「えぇ~? なんでだよ。連れないな~」
「連れなくて結構」
ぶちぶち言う亮太と一緒に海へ向かう。
って言うか、本気で連れなかったらそもそも付いて来ないと思うんだが。
俺たちが来たのはプライベートビーチではなく一般の海水浴場だ。
なので色んな人がいる。
家族連れ、友人、恋人同士。
視界に映るそれらの人々を避けて、波打ち際に着いた。
試しに足を浸けてみると冷たくて気持ち良い。
「あ~、海だな」
潮臭い風、照り付ける日差し、足元に寄せては返す波。
間違いなく海だと実感する。
「彰、こっち来いよ!」
呼ばれて視線を向けると、亮太は既に海へと泳ぎに入っていた。
何となく、気分が高揚するのが分かる。
亮太のテンションが俺にも伝染したのかもしれない。
「あぁ、今行く!」
俺は亮太を追って海へと駆け込んだ。
「うぁ~、疲れた」
ひとしきり泳いだ後、合流した使用人の皆さんとビーチバレーで盛り上がって、バテた。
まだ二時間くらいしか経ってないんだけどな。
「完全に伸びてるな、彰。大丈夫か?」
同じだけ、いや、それ以上に動いてるはずなのにピンピンしてる亮太がジュース片手に声を掛けてくる。
こんな時は体力バカが羨ましい。
今だけだけど。
「俺はもうダメだ。亮太、お前は先に行け」
「バカ言うなよ、お前を置いていける訳無いだろう。必ず二人で戻るって、恵さんと約束したんだから」
ドラマかゲームでよくあるシチュエーションを再現して、二人してくすくす笑う。
「母さんの名前まで使うなよ」
「いいだろ、約束したのは本当なんだから」
「そりゃそうだけどさぁ」
思う存分笑って気が済んだら体を起こした。
少し休んで体力が回復したのか、喉の渇きが気になる。
クーラーボックスから缶ジュースを取り出して一気飲みした。
よく冷えたジュースが疲れた体に心地いい。
「あー、生き返る」
「なんか年寄りっぽいぞ」
「なんだよ、失礼な奴だな」
あからさまに不機嫌な顔をして見せれば亮太が慌てる。
「ご、ごめん彰。そんなに怒るなよ」
「じじい呼ばわりされたら誰だって怒るだろ」
そっぽ向いて言ったら、亮太が回り込んできた。
「本当に悪かったって。なぁ、機嫌直してくれ」
何でもするから、と言う亮太にちょっと考える。
当然本気で怒ったわけじゃないし、情けない表情で俺の顔色を伺う亮太を見てたら面白くなってきたくらいだ。
犬耳と尻尾が見える亮太に、これ以上冷たくするのも限界がある。
「分かった、水に流すよ。その代わり、焼きそばとかき氷買ってきてくれ。氷はレモンな」
俺の言葉を聞くなり、亮太は喜々として頷き走り去っていった。
本当に体力有り余ってるよな。
手持ち無沙汰になった俺は、亮太が帰ってくるまでビーチチェアに座ってぼんやりすることに。
海から楽しそうにはしゃぐ人の声が響いてくるのを何とはなしに聞いていると、突然肩を掴まれた。
「うわっ?」
驚いて振り向くと、知らない男がすぐ横に立ってる。
誰だコイツ。
「君、泳ぎに行かないのかい?」
「あ、いや……さっき泳いだから」
随分馴れ馴れしい男だな。
初対面であることを気にした風もなく、男は話し掛けてくる。
「じゃあ今は休憩中か。喉渇いてないかい?」
「つい今しがた飲んだとこ」
「ならお腹は? もう泳いできたなら空いてるんじゃないかい?」
「別に、今はそんなに」
空いてない、と言おうとしたタイミングで、腹が鳴った。
最悪だ。
「なんだ、やっぱり空いてるんじゃないか」
男に腕を引かれて立たされる。
「うわ、ちょっ何するんだっ」
「お兄さんが何か奢ってあげるよ。遠慮しないで」
「いらない。今連れが買いに行ってるから」
そう言って腕を引こうとしたけれど、がっちり掴まれててびくともしない。
なんとなく、このままではマズイ気がする。
男が強引に腕を引いたせいでたたらを踏んだ。
「おいっ、放せ、っ!?」
とっさに声を上げたら、口を塞がれる。
人混みを避けたせいで周りには人がいない。
声も出せない今の状態では、誰にも気付いてもらえそうにない。
抵抗むなしく連れて行かれそうになったその時、聞き慣れた声がした。
「アー○パー○チ!!」
ふざけた台詞と共に、男の頭部に鮮やかなパンチが決まる。
男は砂浜に転がり、俺もバランスを崩して尻餅を突いた。
「……亮太」
助けてもらえたのはもちろん嬉しい。
それが自分の恋人なんだから尚更、嬉しくはある。
けど、それ(台詞)は流石に……微妙だ。
亮太は俺と男の間で仁王立ちになる。
そして、どこぞの漫画のようにビシィッと指を突き付けた。
「おい、おっさん。俺の大事なハニーに手ェ出したら……殺す」
漸く起き上がってきた男は、亮太の最後の一言を聞いた瞬間、脱兎の如く走り去っていった。
砂浜なのに、よくあんなにスピード出せるな。
気が抜けて、ばんやり男の背中を見送っていたら、亮太が振り返る。
「彰、もう大丈夫だぞ。悪い奴は俺がやっつけたからさ」
「……ああ、ありがとう」
色々と突っ込みたいところはあったけど、まぁいいか。
伸ばされた手を掴んで起き上がった。
「なっ、なっ、俺かっこよかっただろ?」
戻る途中、目を輝かせて亮太が聞いてくる。
「いや、ア○パ○マ○は流石に、ちょっと」
視線を逸らして答えると、亮太が口を尖らせて不平を言う。
「え~? かっこいいだろ?」
「せめてもうちょっと別のものが良かったな。ライダーとか」
「絶対ア○パ○マ○だって!」
「そうか?」
「そうだよ」
「ふ~ん」
「うわ、何だよその気のない返事は! いいよ、彰の焼きそばは俺が食べてやるっ」
「は? ちょ、それは反則だろ!」
「彰が悪いんだろ!」
「解った、解ったよ! ア○パ○マ○はかっこいいっ、亮太かっこよかった!」
「じゃ、お礼のチューして」
「は?」
「定番だろ? よくやってるじゃん、ピー○姫」
……いや、知らないから。って言うかア○パ○マ○はどうした。
とは言え、助けてもらったのも嬉しかったのも事実で。
「ったく、しょーがないな。……ありがと、亮太」
どれだけ馬鹿な事してても、お前はサイコーにカッコイイよ。
なんたってお前は俺の……。
「俺は彰のヒーローだもんな!」
「調子に乗るな」
考えてることが一緒なのが、微妙にムカつく。