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『中華一筋30年のおっさん、キッチンカーごと異世界へ ~仕入れて、作って、腹いっぱい食わせる旅暮らし~』  作者: あちゅ和尚


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第22話 南の米と、鍋底のおこげ

 鍋の蓋を開けると、細い米粒が湯気の向こうに現れた。


 荷場で買った南の米は、炊くと縦へ長く伸びた。誠吾は飯を潰さないよう底から返し、小皿へ取って少し冷ました。口に含むと表面はさらりとしているが、芯まで硬いわけではない。噛むうちにほのかな甘みが出て、飲み込んだあとには穀物の香りが残った。


 いつも火輪で使っている日本の米とは、粘りも、舌に触れる感じも違う。


 誠吾は半分ほどを浅い器へ広げ、粗熱を逃がした。その間に荷場の軒下へ出していた机を拭き、洗った食器を収納する。昼休憩を終えた荷運び人たちは、もう倉庫の奥で声を掛け合っていた。


 米の表面から余分な湯気が抜けたところで、中華鍋を火へかけた。


 少量の油に溶き卵を落とし、米を入れる。玉杓子で大きくほぐすまでもなく、細い粒が鍋底へ散った。塩と香り葱だけで仕上げ、小皿に盛る。


 匙ですくうと、米は軽くほどけた。卵の柔らかさの間に、1粒ずつの歯触りがある。燻製肉を入れれば脂の香りをよく受け止めそうだが、いつもの炒飯のような、米を噛む厚みは弱かった。


 誠吾はもう一口食べ、まだ温かい白飯にも手を伸ばした。


 汁で煮ても粒が崩れにくいと、売り手は言っていた。それなら、炒めるほかにも試したい料理がある。


 残りの白飯は早めに冷まして冷蔵庫へ収め、試食の皿を洗った。荷場を出る前に米の商人を探すと、男は帳面を片手に、積み直した袋の数を確かめているところだった。


「さっきの米、炊いてみました。煮汁を吸わせる料理にも使いたいので、明日、もう少し分けてもらえますか」


「気に入ってもらえたなら何よりだ。明日の朝まではこの倉庫にいる。量が決まっているなら、今のうちに取り分けておくよ」


「それなら8キロお願いします。今日はまず少し買って確かめたかったんですが、使い道が見えてきました」


 商人は帳面の端へ量を書き、袋に添える木札を取った。


 誠吾も受け取る時刻を伝えると、火輪へ戻った。東市場へ向かう運転席で、頭に浮かんでいたのは、醤油の焦げる匂いと、鍋底へ薄く付くおこげだった。


     *


 夕方の営業を終えたあと、誠吾は厨房の端末から小ぶりの土鍋を2つ買った。


 それぞれ3合ほど炊ける、蓋の重いものだ。受取庫から出して洗い、使用前の手入れを済ませる。食器を置く場所を少し詰めれば、収納棚にも無理なく収まった。


 火輪の中には、旅先で買った器や食材が増えている。何をどこへ入れたかは把握していても、空いている場所へその都度押し込めば、いずれ仕事がしづらくなる。誠吾は棚の一段を炊飯道具にまとめ直してから、灰羽鳥の腿肉を取り出した。


 合わせるのは、生姜、干し椎茸、香り葱。甘みのある醤油だれを肉へ揉み込み、戻した椎茸も同じくらいの大きさに切る。


 昼に炊いた米の感触を思い出しながら、水と椎茸の戻し汁を量った。土鍋の内側には薄く油を引き、洗った米と汁を入れる。


 蓋をして火にかけると、しばらくして蒸気の匂いが変わった。蓋の縁が細かく鳴り始めたところで火を落とし、米が汁を吸って表面へ顔を出すのを待つ。


 そこへ下味を付けた鳥肉と椎茸を広げた。


 冷たい肉を山にすれば、その下だけ火の回りが遅れる。誠吾は箸先で重なりをほどき、再び蓋をした。弱火でじっくり熱を入れ、最後は鍋の位置を少しずつずらしながら、底の音を聞く。


 湿った煮立ちの音が静まり、かすかな乾いた音が混じった。


 火を止め、余熱で蒸らしてから蓋を取る。鳥肉の脂と椎茸の匂いが、狭い厨房いっぱいに広がった。


 誠吾は厚い肉を1つ取り、中心まで火が通っているのを確かめた。仕上げのたれを鍋肌へ細く回すと、熱い土に触れた醤油が短く鳴った。刻んだ香り葱を散らし、底から飯を返す。


 白かった米には薄い褐色が入り、鳥肉の下から艶のある粒が現れた。鍋底に付いた飯は、杓文字を差し込むと薄い板のようにはがれる。


 ひと口目は、米だけを食べた。


 鳥の脂を吸っていても重たくない。椎茸の旨味が粒の中まで入り、噛むと、昼に白飯で食べたときより甘みを強く感じた。続けて鳥肉と生姜を一緒に口へ入れると、醤油の甘辛さに生姜の辛みが重なる。


 おこげは縁が軽く砕け、厚いところには噛み締める硬さがあった。


 誠吾は小皿へ盛った飯を食べ終えると、鍋の中を見た。味を確かめるつもりで炊いたのに、もう少しよそいたくなる。


「明日は、これを昼に出すか」


 営業用に炊く量と火を入れる時刻を手元へ書いたあと、誠吾はもう1度、杓文字を取った。


     *


 翌朝、誠吾は約束どおり荷場で米を受け取った。


 代金を払い、袋を持ち上げると、商人が積み荷の陰から木箱を出した。中には蓋付きの陶器が入っている。


「昨日、あんたの店が出す飯を見て、俺も米を食いたくなってな。朝はこれを作った。店で使うなら、土地の食い方も見ておくといい」


 蓋を少しずらすと、細い米の間に豆と小さな干し魚が見えた。香草の匂いがして、表面には油の艶がある。商人は自分の椀へ取り分けたあと、洗って伏せてあった小皿にも少し盛ってくれた。


 誠吾は礼を言い、匙を借りた。


 魚の塩気が米へ移り、豆は柔らかく煮えている。干し魚をそのまま噛めば味が強いが、米と豆に分けて食べるとちょうどよかった。


「干した魚の味が、飯全体へ入るんですね。豆があるから、塩気も強く感じない」


「南ではよく食う組み合わせだよ。川を上ってくる間、魚は干して運べるし、豆も米と一緒に積める。汁を多くして煮る家もある」


「これは覚えておきたいですね。俺は鳥肉と茸で炊いてみました。昼に出すので、都合がつけば寄ってください」


 商人は匙を動かしながら、市場へ荷を届けるついでに行くと答えた。


 米を買い足しに来ただけで、別の料理まで食べられた。誠吾は干し魚の種類と扱う店も教えてもらい、火輪の棚へ袋を収めた。


 東市場へ着くと、まず通常の仕込みを進めた。餃子を包み、炒飯用の燻製肉を刻み、清湯の味を調える。その横で土鍋2つへ米を量り入れ、下味を付けた灰羽鳥と椎茸を冷蔵庫へ置いた。


 今日は2つの鍋で10食。炊き上がったあとは熱を保ち、米の具合を見ながら早めに売り切るつもりだった。


 品書きには『灰羽鳥と茸の土鍋炊き飯』と書き、昼の炊き上がり時刻を添えた。


 札を掛けていると、食材の籠を抱えたローデルが通りかかった。市場での買い物を終え、赤鍋亭へ戻るところらしい。


「昨日は猪を揚げていたそうだな。帰ってきたと思ったら、また料理が増えている」


「今度は荷場で米を見つけましてね。南から来た、細い粒の米です。鳥肉の汁を吸わせて炊くと、具合がよかったんですよ」


「南の米なら、昔、川沿いの宿で食った。豆と魚が入っていたな。ずいぶん腹持ちがよかったのを覚えている」


 つい先ほど食べた料理と同じだった。誠吾が商人の朝飯の話をすると、ローデルは思い出したように口元を緩めた。


「ミレナがあの飯を気に入って、宿の女将に作り方を聞いていたよ。うちへ戻って麦で作ったが、あれも悪くなかった」


「今度、その麦の飯も食べてみたいですね。今日は昼前に炊き上がりますから、店へ戻る前に1皿持っていきませんか」


「それなら時間を見て寄る。うちの昼の煮込みと合わせて、ミレナと分けるよ」


 ローデルは籠を持ち直し、南通りへ歩いていった。誠吾は鳥肉を入れる時刻を確かめ、蒸気の出始めた土鍋の火を弱めた。


     *


 最初の鍋が炊き上がる頃、火輪の前には客が3人いた。


 1人はいつもの炒飯を待ち、残る2人は炊き飯の札を見て足を止めた客だった。誠吾は炒飯を先に渡し、土鍋の蓋を取った。


 灰羽鳥の脂と椎茸の香りを含んだ湯気が立ち上る。窓の外で待っていた女性が、連れの男へ少し身を寄せた。


「鳥を煮た飯かと思ったけど、焼いたような匂いもするね。私はこれにするから、あなたは餃子を頼んでくれる」


 2人は炊き飯を1皿ずつと、焼き餃子を6個頼んだ。


 誠吾は仕上げのたれを回し、香り葱を散らしてから、杓文字を鍋底へ入れた。飯を混ぜすぎず、肉と茸が偏らないようによそう。おこげは小さく割り、それぞれの皿の端へ添えた。


「端の色が濃いところは、鍋底で焼けた飯です。少し硬いので、ゆっくり噛んでください」


 男は匙へ鳥肉と飯を載せ、一緒に口へ運んだ。女性は先に茸を食べ、その下の米をすくう。しばらくして男の皿へ視線を向けると、自分のおこげを半分、そちらへ移した。


「私は柔らかい方が好きだね。ここは、あなたが食べると思って」


「それなら、鳥をひと切れそっちへやるよ。こっちは噛むと味が出る」


 好みに合わせて皿の中身を取り替えた2人の間に、誠吾は餃子を置いた。


 土鍋の飯は、炒飯を作るように注文ごとに鍋を振る必要がない。そのぶん、炊き上がりへ客が重なったときは、餃子やスープを出す手が使えた。誠吾は次の客へ飯をよそい、空いた鉄板へ餃子を並べる。


 ローデルは約束どおり昼前に現れ、2人で分ける分を容器に詰めて持ち帰った。おこげも別に包むと、蓋を閉める前に匂いを確かめていた。


 もう1つの土鍋が残り3人分になったところで、米の商人が来た。


 誠吾は皿へ飯を盛り、鳥肉と椎茸の上に香り葱を足した。商人は自分が売った米をしばらく眺め、端に添えたおこげから食べ始めた。


「うちでも鍋底へ飯が付くが、ここまで焼くことはなかった。底の飯を取り合う者が出そうだな」


「苦くなるまで焼くと、飯全体に匂いが移りますからね。最後は火を見ながら、ここで止めています」


 商人は柔らかい飯も食べ、椀の清湯をひと口飲んだ。それからおこげの欠片を匙に載せ、清湯へ浸す。


 細かな泡が出て、焼けた匂いが湯気へ混じった。


「こうすると、さっきとはまた違う。魚の汁でもよさそうだ」


「ええ。あまり長く浸さず、少し歯触りが残るうちに食べるとうまいですよ」


 誠吾は鍋底に残った薄いおこげを、杓文字ではがした。商人だけ多くならないよう残りの分も取り分け、小皿へ置く。最後の2人にも、清湯へ浸す食べ方を伝えるつもりだった。


 10食が出たあと、土鍋は軽く湯を張って置き、通常の注文へ戻った。


 昼の客が引き始めた頃には、棚の米袋が少し心細く見えた。8キロを買ったばかりなのに、これも作れる、あれにも使えると考えているうちに、使う予定の方が先へ進んでいる。


 誠吾は商人が教えてくれた干し魚の店を仕入れ帳へ書き留めた。明日の朝なら、荷が揃うところを見られるらしい。


 洗い終えた土鍋を伏せると、日除けの端から午後の光が差し込んだ。誠吾は自分の昼飯用に取っておいた小さな容器を開け、そこへ熱い清湯を添えた。


 鳥の味を吸った飯を食べ、最後のおこげを汁へ浸す。少し待ってから噛むと、表面の柔らかさの奥で、香ばしい芯が軽く砕けた。




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YouTubeショート動画作ってみました。

https://youtube.com/shorts/FZ1fdPAlDaI?si=umwJaL4mRO3nb1iP

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