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【☆★おしらせ★☆】
あとがきに、
とても大切なお知らせが書いてあります。
最後まで読んでくださると嬉しいです。
うつ病のリィは、トーコの病院で治療を受けることになった。
治療という言葉に、リィは身構えてしまう。何か痛いことをされるか、苦い薬を飲まされる。そんなことを予想していたのだが。
「はい、リィさん。おはよう」
「……先生?」
病室のカーテンが、しゃっと開かれる。まばゆい光が、一気に目を覚まさせた。
「さ、リィさん。立って」
「え……え?」
「外にお散歩に行きましょう」
「え……?」
訳もわからぬまま、リィはトーコと一緒に外へ出た。
正直、一歩も動きたくないくらい億劫だった。しかしトーコは彼女を車椅子に乗せ、コロコロと押してくれた。
(あ……楽かも……)
椅子に座ったままでいい、とトーコは言う。彼女はリィとともに病院を出て、周辺の森をゆっくりと歩いた。
「あの……これは……?」
「朝の散歩です」
「はぁ……。散歩して、何か変わるんですか」
「ええ。変わります」
「…………」
トーコは難しい言葉を使わなかった。ただ、はっきりと変わると言った。
彼女の目を見る。
優しい笑みだ。誰かに媚びるようなものではない。見ていて、安心できる笑みだ。
「治療……なんですよね」
「もちろん」
「……わかりました」
誰のことも信じられない。自分のことさえも。でも、トーコの言うことは、信じたい。
無価値な自分を、真っ向から否定してくれた人だから。
「良い風ですね」
「……はい」
トーコは、森の近くをゆっくりと歩いた。風が肌を撫で、森の緑の香りが漂ってくる。ぽかぽかとした日差しを浴びていると、少し、気持ちが楽になった。
何より、トーコの存在だ。
彼女の傍にいると、なんだか安心できるのだ。落ち着いた声を聞いていると、自然と気持ちが和らいでくる。
「さ。戻りますよ」
「はい、先生」
◇
病室に戻ると、ミリアが朝食を用意してくれていた。
「……食べたくない」
「いけません」
トーコが、静かに、しかしはっきりと言った。
「三食しっかり食べましょう」
「でも……」
「口から入ったものが、体を作り上げるんです。健康な体は、健康な食事から」
「…………」
トーコの言葉を聞いて、リィは頷いた。本当はあまり乗り気ではなかったのだが、トーコが言うならと、食事に手をつけてみた。
「あ、あれ……?」
パンを、一口食べただけだった。パンなんて固くて美味しくないものだと思っていた。
しかし……さくっ、と。
とても軽い食感。噛むほどに、甘みが広がっていく。
「先生……これ……何ですか」
「ただのトーストですよ」
「とー……?」
「パンです。少し特別な方法で、柔らかく仕上げてあります」
トーコには前世の知識がある。発酵の技術を使い、ふわりとしたパンを作り上げたのだ。バターやジャムなど、食事を豊かにする工夫も、院内のスタッフに伝えている。
さくさくとしたパンを食べていると、少しずつ、食欲が戻ってくるような気がした。
「さ、少し食休みしたら、今度はお外で遊びますよ」
「え……?」
◇
「わぁ……! 大きいわんちゃん!」
真っ白な毛並みの魔物、セルシウスだ。
リィはセルシウスの毛並みに手を埋めた。
「温かい……」
「さ、遊んであげてください」
すっ、とトーコがボールを手渡してくる。
リィが勢いよく投げると、セルシウスが追いかけた。そして、ボールをくわえて戻ってくる。
「わぁ、お利口さん!」
頭を撫でてあげると、嬉しそうにじゃれついてきた。
最初はボールを投げているだけだったのに、気がつけばリィはセルシウスと追いかけっこをするなど、自分から体を動かすようになっていた。
「はぁ……はぁ……」
「はい、水分補給を」
トーコが水筒を手渡してくれた。柑橘の香りがする、爽やかな飲み口だ。しかも甘くて、おいしい。
背中や額に汗をかいている。でも、体調が悪いときの汗とはまったく違った。
「戻って着替えましょう。風邪を引いたら大変です」
トーコがそう言って、リィの手を引く。来るときは車椅子を使っていた。でも。
「歩いて、帰れそうです……」
「そうですか。わかりました」
「はい」
トーコは静かに笑んでいた。彼女は決して、こちらを否定しない。
何か要望を言っても、笑って受け入れてくれる。
(優しい……)
彼女は、リィを一人にしない。傍にいて、話しかけてくれる。自分を、見てくれる。
いつだって、周りは自分を見下していた。汚い奴隷だと。
でもトーコは、そんなことをしない。
一個人として、接してくれる。
(すごい……。何もしていないのに、すごく……気持ちが楽になっていく……)
◇
深夜、ふと目が覚めた。
トイレへ向かう途中、リィは気づいた。夜の廊下の先、明かりがついている部屋がある。
こっそりとドアを開けると、カルテを一生懸命書いているトーコの姿があった。
「…………」
(わたしと長く一緒にいるから……。お仕事の邪魔をしてしまってるんだ……)
朝昼晩と、ほぼずっと一緒にいてくれるトーコ。自分以外にも、彼女を必要としている患者はたくさんいるというのに。
自分が独り占めしているせいで、トーコに負担をかけてしまっている。
「リィさん」
「あ……」
気づかれる前に立ち去ろうとしたのだが、見つかってしまった。
魔力視は、壁の向こうで心が揺れているリィに、いち早く気づいていたのだ。
「どうしたんですか」
「……ごめんなさい。わたしの——」
せいで、と言いかけたとき、トーコがリィの唇にそっと指を当てた。
「だめですよ、リィさん。あなたはすぐ、自分を追い詰めるような言い方、考え方をしてしまいます」
確かに、そうだった。何かあるたびに、自分のせいだと思ってしまう。
「でも……わたしにつきっきりだから、先生は自分のお仕事ができなくて、だから夜遅くまで起きてるんでしょう?」
「違いますよ」
「違くないですっ。だって、だって……」
トーコはいつものようにしゃがみ込み、穏やかに笑いながら、リィの頭を撫でた。
「大丈夫。リィさんの傍にいることが、私の仕事です。仕事という言葉が寂しく聞こえるなら……そうですね。リィさんを元気にしたい。それが今、私の一番やりたいことです。だから不満なんてひとつもない。迷惑だなんて、まったく思っていません」
「…………」
「すぐに信じられないかもしれないけれど、少しだけ私の言葉を信じてほしいんです」
「先生の言葉を……信じる……」
「ええ。私はリィさんがどんどん元気になっていく姿を見るのが、とても嬉しいんです。今日の夜ご飯、おかわりしたでしょう。あれ、本当に嬉しかった」
ご飯を食べた。外で遊んだ。ただそれだけのことが、嬉しいと言う。
おかしい。無価値なはずの自分の、そんな些細なことで、誰かを喜ばせることができるはずがないのに。
「さ、リィさん。夜更かしは美容に良くありません。せっかく可愛いお顔をしているんですから、しっかり休んで、また明日、可愛いお顔を見せてください」
正直、トーコが遅くまで起きているのは事実だし、それはきっと自分のせいだ。
トーコは一言もそんなことを言わなかったが。
でも、トーコを悲しませたくなかった。ここでまたごめんなさいとか、自分のせいだとか言ったら、きっと悲しんでしまうだろう。
トーコは自分を元気にしようと、一生懸命でいる。
彼女を信じないことは、彼女を傷つけることと同じだ。
「わかり……ました。お休みなさい……トーコ先生」
「はい、おやすみなさい」
◇
(認知行動療法……うまくいっているといいけれど)
トーコはカルテをまとめながら、心の中で呟いた。物事の受け取り方の偏りや、自分を追い詰める考え方の癖を修正する。うつ病における、精神療法の一つだ。
(時間はかかりそうね。でも……だからといって、投げ出しはしない)
「先生?」
カルテを書いていると、背後にミリアがいて、じっとこちらを見ていた。
「……なんでしょう」
「休んでください。リィちゃんに偉そうに諭しておきながら、自分が倒れたら格好がつきませんよ」
「…………」
耳の痛いことを言う。
「だいたい、リィちゃん以外の診察は聖女の方々に任せているから負担は軽いって、あなた自身が言っていたじゃないですか。なぜ夜更けまでお仕事を」
「……カルテの確認を、していました」
自分が直接診ていない患者でも、トーコはカルテに全部目を通していた。
仮に聖女たちが見落としたとき、責任を取るために。
「はい、もう寝る寝る。明日もリィちゃんと朝のお散歩でしょう」
「わかりましたよ……寝ます」
【おしらせ】
※9/19(土)
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