37.
シュバルツが退院してから、十日ほど経った頃だった。
天導協会デッドエンド支部から、使いが来た。
「正式に話し合いの場を設けたい」という内容だった。
ミリアが封書を読んで、顔を上げた。
「……先生、これ」
「読みました」
「話し合いたい、って。この期に及んで上から目線じゃないですか」
「どのあたりが」
「正式に、ってところです。なんか、こちらが呼びつけられてる感じがして」
「場所はこちらの病院で構わないか、と書いてあります」
「……そうですか。でも先生、行くんですか」
「行きます」
「なんで」
「話を聞かなければ、何もわかりません」
ミリアが、封書をもう一度見た。
「……わかりました。お茶の準備をしておきます」
◇
当日、支部から来たのはエリナと、見覚えのない若い男だった。
エリナが深く頭を下げた。
「先日は、大変お世話になりました。先生に助けていただかなければ、私も……」
「お体の具合はいかがですか」
「おかげさまで。火傷の跡も、先生の処置のおかげできれいに治まっています」
若い男が名乗った。
「新任の支部長代理を務めます、カレンと申します。シュバルツ部長のご指示で、こちらに伺いました」
「シュバルツさんの」
「はい。部長から、先生のところと正式な関係を築くよう、話を持っていけと言われまして」
ミリアが、お茶を持ってきながら小声でトーコに言った。
「シュバルツさんが……指示したんですか」
「そうみたいです」
「ちょっと驚きましたね」
「私もです」
カレンが、書類を取り出した。
「業務提携の提案です。具体的には、支部の治癒師と聖女を、こちらの病院との連携業務に充てる。患者の紹介、治癒補助、往診の分担など。お互いの強みを活かせる形にしたいと考えています」
トーコが書類を受け取り、読んだ。
ミリアが横から覗き込んで、眉を寄せた。
「……先生、ちょっといいですか」
「どうぞ」
「この書類、協会の方が上に来てますよ。連携業務の指示系統が、協会から病院への形になっている。これだと、先生が協会の下につくみたいな」
カレンが、少し顔を赤くした。
「それは……書式の問題で、実態は対等なものを」
「書式の問題ではないと思いますが」
ミリアがはっきり言った。
「先生の病院は、協会より先にここで患者を診ています。なぜ協会が上に来るんですか」
「ミリアさん」
「先生、私は言います。この期に及んで、まだこういうことをするんですか、という話です。先生は先日も協会の方を助けました。それでもまだ、こういう書き方をしてくるんですか」
カレンが黙った。
エリナが、申し訳なさそうにしていた。
「書式を直していただけますか」
トーコが、静かに言った。
「対等な提携として書き直してください。指示系統はどちらが上でもなく、それぞれの専門分野で協力する形で」
「……承知しました」
「それであれば、話を進めましょう」
カレンが、また少し赤い顔で頷いた。
ミリアが、お茶を一口飲みながら小声でガルドに言った。
「ガルドさん、私怒りすぎましたか」
「いや。言うべきことを言った」
「先生は怒らないのに」
「先生は怒るより先に考える人だ。お前は怒る。どちらも必要だ」
ミリアが「そうですかね」と言いながら、少しだけ表情を緩めた。
◇
書類を持ち帰ったカレンが翌日、書き直した書類を持ってきた。
トーコが確認した。
対等な提携として、それぞれの専門分野に応じた連携内容が明記されていた。指示系統の記述は消えていた。
「これで構いません」
「……本当によろしいんですか。協会との提携は、先生にとって不利なこともあるかもしれません」
「スタッフが増えることは、患者にとってプラスです。治癒師の方々の力は本物ですから」
カレンが、少し間を置いた。
「先生は……協会を、恨んでいないんですか」
「恨んでいたら、今日ここに来ていません」
「しかし、あれだけのことを」
「済んだことです。これからどうするかの方が大事です」
カレンが、書類をトーコに差し出した。
「……先生に、敵対したことを、代理の立場ながら申し訳なかったと思っています」
「受け取ります」
「ありがとうございます」
書類に、双方が署名した。
◇
カレンたちが帰った後、セラが来た。
「提携、成立したんですね」
「はい」
「どんな形になりましたか」
「患者の紹介と受け入れの連携、治癒補助の協力体制、往診の分担。それぞれの得意なことを分担する形です」
セラが、少し考えた。
「私たちはどうなりますか。協会を辞めた私たちは」
「ここのスタッフです。それは変わりません」
「協会から、戻ってこいと言われることはないですか」
「それはシュバルツさんが決めることです。戻りたい方は戻ればいいし、ここにいたい方はここにいればいい」
セラが、トーコを見た。
「私は、ここにいます」
「よろしくお願いします」
ミラが後ろで「私もです」と言った。
他の聖女たちも頷いた。
「ありがとうございます」
トーコが言った。
ミリアが「先生がお礼言うの、最近増えましたね」と言った。
「そうですか」
「なんかちょっと、柔らかくなった気がします」
「そうですか」
「ここが居心地いいんじゃないですか」
トーコは少し、病院を見渡した。
処置室から、セラが患者に何かを説明している声が聞こえた。調合室から、ガルドが薬草を刻む音がした。入院室の廊下で、ミラが患者に笑いかけていた。
「……そうかもしれません」
ミリアが、嬉しそうに笑った。
◇
翌朝、シュバルツから短い文が届いた。
——提携、成立したと聞いた。よかった。お前たちの邪魔をしたことを、改めて詫びる。これからは少しでも役に立てるよう、こちらでできることをする。——
トーコが読んで、返事を書いた。
——ありがとうございます。お体に気をつけてください。——
ミリアが「短い返事ですね」と言った。
「十分です」
「シュバルツさん、なんか変わりましたね」
「そうですね」
「先生のおかげですか」
「怪我をしたことと、ガルドさんとセラさんのおかげです」
「先生も入れてください」
「そうですね。少しは」
ミリアが笑った。
シルフィが「きゅ」と鳴いた。
魔力視に映るのは、穏やかな翠の光だ。
病院の朝が、静かに始まった。




