第八話 黄金の帝都アルヴァニア
夢を見た。
赤い空、真っ赤な大地。
崩れ落ちた王宮の旗が、炎の中で燃えている。
炎の中に、一人佇む白髪の少年。 瑠璃色の瞳だけが、揺れていた。
『平和になったら、迎えに行く』
今にも泣き出しそうな顔なのに、泣けない。
――泣かないと決めた顔。
(……お前は――)
✕✕✕
「エリス……、エリス……」
アレスの腕に抱かれて眠るエリス。
自分の名前を呼ぶ、酷く懐かしい声が聞こえる。
夢の声と重なり、ここが夢なのか現実なのか境界が曖昧になっていた。
「……起きろ、エリス!」
「……っ」
一瞬、どこにいるのか分からなかった。
炎の残像が、まだ視界の奥に焼き付いている。
「……エリス!」
「はっ! なんだ! 敵襲か!?」
名前を強く呼ばれ、すかさず現実に引き戻されたエリスが見たものは、目の前に広がる雄大な大自然だった。
遠くには緑豊かな山々が聳え立ち、眼下は樹木で覆われ、湖や川が流れている。
そして、空にはドラゴンたちが自由に舞い、地には群れが駆けている。どこからともなく龍たちの咆哮が聞こえてきた。
「……ここは……」
「ここは、我がルクサリス帝国が誇る『龍の住処』だ――」
「龍の住処――」
「ああ。帝都に着くまでに一度お前に見てもらいたかった」
エリスはアレスの横顔を見上げる。
風を受ける横顔は、王のそれだった。
ふと、アレスと目が合う。
「お前は夢の中でも戦場にいるのか?」
アレスは微笑む。
そして、瑠璃色の瞳が、からかうようにエリスを見やる。
「……綺麗だな」
自分でも、何に対して言ったのか分からなかった。
「なっ……急に何を!」
「ああ、すまん。……お前の目があまりにも綺麗だったから、つい」
そう言いながら、エリスは無意識に手を伸ばす。
指先が、アレスの頬に触れた。
一瞬、周囲の音が遠のいたような気がした。
アレスは一瞬だけ視線を伏せ、わざとらしく咳払いした。
エリスはその反応に一瞬だけ目を瞬かせ、
やがて何事もなかったかのように手を引くと、眼前に広がる光景へと視線を戻した。
(これがルクサリス帝国――。龍たちの国――)
アレスはそんなエリスの横顔を盗み見る。
「……お前の、今の瞳の色も悪くない」
アレスはエリスに聞こえないような小さな声で呟いた。そして目を瞑り、呼吸を整える。
「エリス、あの山を越えれば帝都アルヴァニアが見えてくる」
「帝都アルヴァニア……」
「ああ、俺の城だ」
✕✕✕
山を越えた瞬間に、空気が変わった。
黄金の屋根が朝日に焼ける。
その一つ一つが、城と呼んで差し支えない規模で連なっていた。
まるで都市そのものが龍の巣のようだった。
そこかしこから龍の咆哮が上がり、リミナ王国では考えられないほどの「生命の熱量」が押し寄せてくる。
「……あれが、俺の城だ」
アレスが白亜の城を指さす。
すると、今まで自由に空を舞っていた龍たちがアレスの白龍に気づき、咆哮を上げ始めた。
これに応えるように咆哮を上げる白龍にアレスは目を細めた。
「おい、これは一体何なんだ?」
エリスの問いに、アレスはエリスの腰を引き寄せ耳元で囁いた。
「――王の帰還だ」
「はあ、随分龍に愛されているんだな。龍王様は――」
エリスの嫌味のつもりの言葉に、アレスは微笑む。
そして告げた――。
「お帰り、黄金の帝都――アルヴァニアへ」
龍たちの咆哮がアレスの声に重なり、空を震わせた――。
だが、その咆哮は歓迎だけではなかった。
――異物ではない。だが、確かに“異質”な存在を前にした、龍たちの本能的なざわめきだった。
✕✕✕
白龍が白亜の城の尖塔へと降下する。
巨大なテラスには、すでに五人の側近が跪いていた。
着地の衝撃で風が渦を巻く。
白銀と藤色の髪が空中で絡み、ほどけた。
「おかえりなさい、陛下」
満面の笑みで二人を出迎えたのは緑の軍服を着込んだ、リコ。
「陛下、お早いおつきで……」
次にに頭を上げたのは、青い軍服の青年――ファイだった。
だがその視線は、アレスの腕に抱かれた少女へと流れる。
「……その人間が、リミナの巫女か? ……なんだ、結構かわいい顔してるじゃないか」
黒い軍服の男が、値踏みするように視線を向ける。
続いて、赤髪の男が一歩踏み出す。その瞳には無遠慮な熱が宿っていた。
そして、巨躯の男からは、重く沈む圧が静かに流れてくる。
空気が変わる。
「陛下……」
赤髪の男が一歩進み出た。
「翼なき者が王の軍服を纏うなど、前例がない。
龍王が人間を抱くなど、始祖の血が穢れる。
始祖の血は、王が守る最後の境界です」
静かな怒気だった。
「その女を我ら赤の部隊へ。早急に処分いたします」
テラスの空気が張り詰める。
エリスの喉が鳴る。
それでも、視線だけは逸らさない。
茶の巨漢が低く言う。
「法は感情で曲げられませぬ。翼なき者が王宮の頂に立てば、秩序が揺らぎます」
五つの圧が、押し寄せる。
心臓が、うるさい。
「ッ! オレは――」
その瞬間。
アレスが一歩前に出た。
「そこまでだ」
瑠璃色の瞳が、五人を射抜く。
「この女は――」
一拍。
誰も息をしない。
「俺が選んだ」
沈黙。
空気が凍りつく。
赤の眉がわずかに動く。
茶の瞳が揺れる。
青が目を伏せる。
皇帝が、人間を“選んだ”。
それは宣言だった。
法よりも。
血よりも。
歴史よりも重い宣言。
エリスの肩に置かれた手が、わずかに力を込める。
「処分は不要だ」
アレスは低い声で淡々と告げる。
「触れるな」
空気が震える。
「触れた者は、俺が裁く」
龍の咆哮が遠くで響いた。
エリスはゆっくりと息を吸う。
恐怖はある。それでも、退かない。
退いた瞬間、自分が“何者でもなくなる”と分かっているからだ。
エリスは、視線を逸らさなかった。




