第六十二話 七つの龍脈
――翌日。
朝議の時間。
アレスとエリスは白い軍服に着替え、会議場に向かっていた。
外を見ると、『赤』の部隊がミカエラ護送の準備をしていた。
「……リュケイオスも律儀だよな」
エリスがポツリと呟く。
「どうした?」
「だってあの女王、またリュケイオスに引っ付いてるぞ? オレがリュケイオスだったらぜってぇ引っ剥がすけどな――」
「………………リュケイオスはああ見えて面倒見がいい男なんだ」
「へぇ~、意外な一面だな」
エリスとアレスは再び歩き始めた。
✕✕✕
「では、朝議を行う――」
アレスの声が響き渡る。
「なお、リュケイオスはソラリスの王女護衛の任務に就いているため、本日の朝議は欠席とする」
「うわぁ、リュケイオスかわいそぉ~」
「……僕、あの王女苦手だったんだよね……」
「そこの二人! 無駄口を叩くな!」
ファイの浅葱色の瞳がリーベルとリコを見据える。
「はーい」
「すみません!」
やる気のない返事をするリーベルとかしこまるリコ。
「はぁ~、まあいい。本日は昨日の変異種同時多発についてだ」
ファイは議題を提示する。
「昨日、我々はアルヴァニア城を含む七ヶ所で、変異種が同時に発生したという報告を受け、各地で討伐を行った」
「正確には陛下が行った『東の都市』はまだ凍り付いてるって噂だけどぉ?」
「メラン卿!」
リコが小声でたしなめる。
「いや、事実だ――」
アレスが口を開く。
「俺は昨日、アウロラで広域魔法を展開してきた――。
速攻で片付けたのだ、多少凍りついても問題あるまい」
(いや、問題しかねぇだろぉぉぉぉぉ)
エリスは隣で悪びれもせず言い放つアレスに、心の中でツッコんだ。
「――本日の本題はそこではない。
知っての通り、昨日、我々が討伐を行っている間に、このアルヴァニア城が襲撃された――」
「………………」
サトゥルの表情が曇る。
「……わしが、わしが、もう少し早く討伐を終えていれば……」
「いや、サトゥルには何も責任はない。
むしろ、お前が出撃してくれたお陰で南部農村地はほぼ無傷だったのだ。
感謝する――」
「…………勿体ない、お言葉です――」
サトゥルは深々と頭を下げた。
「……城を襲撃してきた者たちは『赤龍教団』と名乗っていたそうだ」
「……赤龍?」
リーベルが声を上げる。
「ああ、しかもご丁寧に“赤龍マルス”を崇拝している教団であるとも明かしたそうだ」
「マルス――!?」
リーベル、リコ、サトゥルの顔色が変わった。
「……マルスが、生きていたの――?」
「いや、それは考えにくい――」
「ああ、マルスの肉体は四百年前、確かにこの俺が屠った」
「……………………」
会議場に沈黙が落ちる。
「……じゃあ、その赤龍教団の狙いは――?」
重い空気の中、リーベルが口を開く。
「まだ、確証はないが――おそらく、マルスの復活だろう」
「え? でも四百年前に陛下が倒してるわけでしょ?
復活なんて、そう簡単にできるの?」
リコの問いに、アレスとファイが目配せをする。
「……実は、マルスは完全に消滅したわけではないのだ」
「…………え?」
リコが目を瞬かせる。
「――どういうこと?」
リーベルの表情からも、いつもの薄笑いが消える。
「四百年前、俺は確かにマルスの肉体を滅ぼした。
だが――奴は自らの魂と力を肉体から切り離す術を得ていたのだ――」
「…………そ、そんなことが出来るのか!?」
リーベルが身を乗り出す。
「――本来なら不可能だ」
「では、なぜ――」
今度はサトゥルが口を開く。
「…………ユノの血だ」
「……………………」
「紫龍ユノ・アメティスの血には、龍の魂に干渉する力があった――」
「ユノ様――」
リコは無意識にエリスの顔を盗み見る。
「皆も知っての通り、マルスは黄金龍ジュピテル・アウレウスを殺害した――。
本来なら滅ぼすことのできないジュピテルの力と魂に干渉し、その不死性を封じたのも――ユノの血だ」
「………………」
「マルスはユノの血を使い、俺に殺される前に自身の魂と力を肉体から分離していたのだ」
その言葉に、リーベルたちの表情が変わる。
「だから俺は、奴の肉体だけを滅ぼした。そして残った魂と力を――」
アレスが一度言葉を切る。
「――アウレウス・コアに封じた」
「アウレウス……コア?」
リコが聞き慣れない名前を繰り返す。
「黄金龍ジュピテルが遺した魔法結晶だ――」
「――そして昨日、何者かの手によってアウレウス・コアが奪われた……」
「え!?」
「はぁ??」
「…………!!」
ファイの言葉に、三人は目を見開く。
「それって、かなりマズイんじゃないの!?」
「……リコの推察通りだ」
「――昨日の変異種同時多発は、アウレウス・コアが紛失した影響だと考えられる……」
「なっ!」
「ちょーヤバいじゃん!!」
「…………!!」
「え、待って! そのアウレウス・コアを取り戻さないとこれからもっと変異種が出てくるってこと??」
「――そうかもしれんし、違うかもしれん……」
「………………っ」
「…………アウレウス・コアがどこにあるか見当はついてるのか!?」
「…………誰の手にあるかは分かっているが、居場所は分からん」
「――え? どういうこと?」
「…………アウレウス・コアは赤龍教団――いや、カイ・リミナに奪われた」
「……え? カイ・リミナってエリスちゃんにつきまとってた元婚約者だよね!?」
「う……、事実だけど、元婚約者って言われるとなんか複雑――」
リーベルの問いに、エリスは顔を背ける。
「でも、そのカイ・リミナと赤龍教団が何か関係あるの?」
「ああ、どうやらカイ・リミナは赤龍教団と何らかの協力関係にあると推測される」
「――カイ・リミナはアウレウス・コアを取り込み、マルスの力をふるっていた」
「なっ……!」
「カイ・リミナと直接対決した俺が言うのだ、間違いない」
「………………」
一同は静まり返る。
「……そして、もう一つ」
ファイが口を開く。
「カイ・リミナ及び赤龍教団はエリスを捕らえようとしていた、とディアナからも報告があった」
「………………」
三人の視線がエリスに注がれる。
「――っ、オ、オレだって迷惑してるんだ!!
夢路の次は赤龍教団だぁ!? カイがあんなに粘着質な男だとは思わなかった!」
プリプリ怒るエリスに、一瞬場が和む。
「――まあ、ここにも一人粘着質な男いるけどね」
「メラン卿、思っててもそれは言っちゃダメなやつ!」
アレスがリーベルとリコを睨む。
二人はビクッと肩を震わせ、愛想笑いを浮かべた。
「――しかし、なぜカイ・リミナと赤龍教団はエリス嬢を狙う?」
サトゥルが当然の疑問を口にした。
「……カイ・リミナの個人的な感情というのもあると思うが――」
ファイはアレスと目線を合わせる。
「…………今はまだ、なにも断言できんな――」
サトゥルが正面からアレスを見つめる中、ファイ、リーベル、リコの三人はそれぞれ視線を外していた。
「――では、話を戻す。
現時点で判明している事実から整理しよう」
ファイは机上に広げられた地図へ視線を落とした。
「――昨日、変異種が発生した七ヶ所についてだ」
ファイが地図を広げる。
「調査の結果、七ヶ所すべてが龍脈上、もしくはその影響を強く受ける地点であることが判明した」
「龍脈……」
「大地を流れる龍の力の通り道だな。アウレウス・コアには、その流れを安定させる役割もあった」
「ああ、だからコアがなくなって――」
「おそらくだがな――」
ファイは頷く。
「龍脈が乱れ、変異種が発生した。そう考えるのが自然だろう……」
「――なるほどね」
「――それと、もう一つ」
ファイが地図から顔を上げる。
「各部隊から上がった報告を照合したところ、七ヶ所すべてで不審な者たちが目撃されている」
「――不審な奴ら?」
「ああ、赤い紋章がついた黒い外套を纏った集団。
特徴は全て一致している。おそらく――赤龍教団だ」
「……七ヶ所、全部にいたのか?」
エリスが眉を寄せる。
「そうだ」
「ちょっと待って! それってなにかおかしくない?」
リコが地図を覗き込む。
「それってさ、変異種が出る前から、そこにいたってことにならない……?」
「その可能性が高い」
「…………」
会議場に再び沈黙が落ちる。
「つまり奴らは――アウレウス・コアを奪えば、どこで龍脈が乱れるのか、あらかじめ把握していた可能性が高い」
アレスの言葉に、エリスは目を見開く。
「……じゃあ、なんでわざわざ七ヶ所全部に?」
「…………お前だ」
「え?」
アレスの瑠璃色の瞳が、エリスを捉える。
「昨日、お前がどの部隊に同行するか、奴らには分からなかった」
「…………まさか」
「どこへ向かっても捕らえられるよう、あらかじめ人員を配置していた可能性がある」
「で、でもオレは、城に残ったぞ?」
「だから――カイ・リミナが城へ来た」
「…………っ」
一同はファイを見る。
「だが、これはあくまで推測だ。教団員が各地にいた目的が、エリスの捕獲だったという証拠はまだない。だが――」
「偶然にしては、出来すぎているな――」
アレスの言葉に、会議場には緊迫した空気が流れる。
「――実は、変異種が発生した七ヶ所の中に、唯一今も龍脈の乱れが収まっていない場所がある――」
「……え? それは――」
ファイがスッと地図の南東を指す。
「ここだ」
静かに告げられた声。
「――南、東?」
「ああ、南東の国境付近……。昨日リーベルが討伐に向かったところだ」
「うん。俺のところだねぇ」
リーベルの声から、いつもの軽さが僅かに消えた。
「実はさぁ――俺も、ちょっと気になってたことがあるんだよね」
「……何だ?」
「……変異種を全部片付けた後も、龍脈の気配が全然収まらなかった」
「………………」
「妙だとは思ったから、一応報告は上げておいたんだけど――。コアのことなんて知らなかったし、他の場所も同じだと思ってたんだよねぇ」
「他の六ヶ所では、討伐後から龍脈の乱れは徐々に収束しているな――」
「…………」
「南東部だけが、今も乱れたままだ」
「……そこに、何かあるってことか?」
「その可能性は高いだろうな――」
ファイは地図上の南東部を見つめる。
「自然に収束しない以上、龍脈そのものに何らかの異常が残っている可能性がある」
「もしかして、赤龍教団が何かしてる……とか?」
「否定はできん」
アレスが立ち上がった。
「――ならば、直接確かめるだけだ」
「……陛下?」
「南東部へ向かう」
「じゃあ、オレも一緒に――」
「分かった」
「…………え?」
即答するアレスに、エリスは思わず目を丸くした。
「……いいのか?」
「お前を城に残した結果がこれだ」
アレスはエリスの左手首へ視線を落とす。
淡い紫色の宝石が、朝の光を受けて小さく煌めいた。
「それに――」
今度は、アレスの右手首。
瑠璃色の宝石が、そこにある。
「今回は、離れん」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
「――今回は、離れん」
甘い一夜が明け、アルヴァニア城で開かれた緊張感漂う朝議。
アウレウス・コアの奪還、マルスの復活を目論む赤龍教団の影、そして各地で起きた襲撃の裏にあった「七つの龍脈」の真実――。
怒涛の真相が明かされていく中、リーベルの「粘着質な男」イジりに怒るアレスや、エリスの可愛らしいツッコミなど、重厚な設定が開示されつつも二人のやり取り、いかがだったでしょうか?
そしてラスト、エリスを二度と危険に晒さないと決意したアレスの「離れん」宣言。
互いの腕で輝くお揃いのブレスレットを胸に、舞台はいよいよ南東の国境へ――!
【次回予告:第63話「忘れるはずがない」】
南東の国境へ向けて旅立ったアレス、エリス、ファイ、リーベルの四人。
「アレスは、エリスちゃんと白龍の上でイチャイチャしたいんだって!」
「……俺は脳筋ではない――」
移動中の賑やかなやり取りも束の間、彼らが辿り着いたのは、ルクサリス建国前に放棄されたはずの「謎の砦」だった。
静まり返る遺構、不穏に刻まれた赤黒い術式、そして立ち塞がる赤龍教団――。
「……この奥、か――?」
胸を突き刺す激しいざわめきに導かれ、最奥へと突き進むエリス。
そこで目を醒ましたのは、あまりにも切なく、決して忘れることのできない“記憶”だった――。
加速する展開と衝撃の再会、どうぞお楽しみに!
「アレスの束縛宣言がカッコよすぎた!」「朝議の緊迫感と二人の絆の深さにワクワクした!」と思った方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!
次回の更新もどうぞお楽しみに!




