第六十話 泥棒猫ちゃん
奥の間での話し合いが終わり、四人は執務室に戻っていた。
――トントン。
扉を叩く音。
「入れ――」
「失礼致します。ただいま、ブロイン卿率いる『茶』の部隊が城に帰還いたしました」
「……そうか」
兵士の言葉に、アレスは頷く。
「これにより、五天星率いる全ての部隊が帰還致しました」
「――全部隊の戦況はどうなっている?」
ファイの冷静な声。
「はい。各地に出現した変異種の討伐には、全ての部隊が成功しております。損害も軽微とのことです」
「――城の被害状況はどうなっている?」
「はい、こちらについては現在調査中です。
詳細が判明次第、ご報告いたします」
「分かった――報告ご苦労。
各部隊には休息と待機命令――」
アレスがファイに目配せする。
「――五天星にも、そう伝えろ」
「――はっ!」
兵士は敬礼し、執務室を出ていった。
「マルスについては、明日の朝議で話す――」
「……分かった」
ファイが頷いた。
「…………じゃあさ、変異種討伐も終わったし、取り敢えずは一件落着かな?」
エリスの言葉を否定したのは、アレスだった。
「……いや」
「…………?」
「……まだ、ミカエラ・ソラリスの件が残っている――」
「…………………………あ」
(完全に、忘れてた………………!)
「……あの者には、明日にでもソラリスへ帰国してもらう」
「……ああ、アルヴァニア城が襲撃を受けたんだ――」
「これ以上、隣国の王女を滞在させるわけにはいかないよね……」
ファイとディアナが頷く。
「ソラリスは赤龍領と国境を挟んで隣だったか……。
護衛には『赤』の部隊をつける」
「……ってことは――」
エリスの脳裏に、赤髪の男の姿が浮かんだ。
「リュケイオスか――?」
「ああ」
アレスは頷く。
「そうだな。私も執務室に来る前にリュケイオスとすれ違ったが……。
ヤツなら負傷もなく、先ほど帰還した五天星の中では最も消耗が少ないだろう――」
ファイの言葉にアレスが動く。
「ならばちょうどいい。
リュケイオスに、ミカエラをここへ連れて来るよう伝えろ――」
✕✕✕
しばらくすると、執務室の扉を叩く音が聞こえた。
――トントン。
「――陛下。俺だ――。
ソラリスの王女を連れてきたぞ……」
「まぁ! リュケイオス様ったら♡
ミカエラとお呼びくださいと申しましたでしょ?」
「うわぁ! 近づくな!!」
扉の前から聞こえる惨劇に、アレスとエリス、ファイとディアナが顔を見合わせる。
「――入れ」
アレスがため息交じりに許可を出すと、焦ったリュケイオスと、リュケイオスに抱きつこうとするミカエラが部屋に入ってきた。
「おい! 陛下!!
何で俺にコイツを連れてこさせた!!」
「…………開口一番がそれか――」
ファイが呆れたように額に手を置いた。
「……元気そうでよかったよ、ミカエラ」
ソファーでお茶を飲んでいたディアナが口を開く。
執務室では執務机にアレスが座り、その左にファイ、右側にエリスが立っていた。
「まぁ♡ アレス様にディアナ様!」
ミカエラはリュケイオスから手を離し、ドレスの裾を持ち上げた。
「それに、ファイ様に泥棒猫ちゃんも♡
皆さんお揃いで、どうなさったのですかぁ?」
ミカエラは人差し指で頬に触れ、不思議そうに頭を傾けた。
「――本日、我がアルヴァニア城が襲撃されたことは知っているな?」
アレスが重い口を開く。
「ええ! とぉっっっても、怖かったですわぁ♡」
ミカエラは上目遣いでアレスを見上げる。
「怖い思いをさせてすまなかったな――」
アレスは頭を下げる。
「いえいえ! アレス様がいてくだされば、このミカエラ、どんなことにも耐えられますわぁ」
「……しかし、これで、アルヴァニアが安全な都市とは言い難くなった。
ソラリス王国の王女をいつまでも危険な場所に滞在させるわけにもいくまい――」
「えっ! でも――!
アレス様や五天星の皆様がわたくしを守ってくださるのでしょお?」
「――ミカエラ。アレスたちだけでは、守り切れない、と言っているんだよ?
現に今回は六ヶ所――いやこの城を含めて七ヶ所同時に変異種が出たんだ。
今回は城にボクとエリスがいたから守れた。でも、次も守れるとは限らないんだよ」
ディアナの言葉に、ミカエラは「ひっ……」と小さく悲鳴を上げた。
「………………。分かりましたわ」
ミカエラはポツリ、と呟く。
「それと、返して欲しいモノがあるのだ――」
アレスの瑠璃色の瞳が光る。
「え? なんでしょお?
わたくし、アレス様からお借りしているモノなんてありませんわよぉ?」
きょとんとするミカエラに、アレスは大きなため息をついた。
「……貴殿が身につけているアンクレットだが……」
「はぁい♡ 陛下の愛の証明ですね♡」
アレスは眉間に皺を寄せる。
そして――
「……………………それは、俺からエリスに贈ったモノなのだ」
言い放った。
「…………………………え?」
ミカエラの口があんぐりと開かれる。
「……メイドから渡されたと仰っていましたが、そのメイドは現在、消息不明となっています――」
ファイが事務的な口調で話し始める。
「どうやら、陛下の部屋からそのアンクレットを盗み出し、貴殿に渡すことで我々の目を欺いた。
その結果として、ルクサリスの宝珠が何者かによって盗まれ、今回の変異種大量発生事件に結びついた――。と考えています」
「…………………………」
ファイの説明に、ミカエラの茶色い瞳が揺れていた。
「………………では、わたくしのせいで、今回の襲撃事件が起きてしまったのですか……?」
「――いや、ミカエラ嬢のせいではないが、何者かによって、その片棒を担がされていた……ということになる――」
ミカエラは震える手を握りしめる。
「……………………で、でも、このアンクレットは……陛下がわたくしにと――」
「――ですから、それが何者かの陽動だったと言っているのです」
ピシャリと言い放ったファイ。
ミカエラはもう、アレスを直視する事が出来なくなっていた。
「…………………………あ…………………………」
「――ミカエラ。ここまで聞いて、そのアンクレットをエリスに返さないとなると――」
ディアナがティーカップを机に置く。
「本当の泥棒猫ちゃんは、一体どちらになるんだろうね――?
エリスか――、それともミカエラ――?」
ディアナは琥珀色の瞳を細める。
猛禽類が獲物を捉える目で――。
「………………あ、その…………」
ミカエラは震える手でアンクレットを外し始める。
だが、手が震えてうまく外せなかった。
「…………リュケイオス。手伝ってやれ――」
「え!? 俺が!?」
「……陛下の命だぞ――」
ファイの浅葱色の瞳が冷徹にみつめていた。
「………………チッ」
リュケイオスは舌打ちをして、ミカエラの足元に跪き、アンクレットを外す。
「…………おい、外すぞ……」
リュケイオスの声に、ミカエラは震えながら頷くのだった。
アンクレットが外れ、リュケイオスが執務机の上に置く。
「……これでいいか!?」
「ああ」
アレスの瑠璃色の瞳は、アンクレットを見ていた――。
「チッ」
リュケイオスは執務机から離れ、扉の前に戻る。
「……本来なら、他国の王女とはいえ看過できることではない。
だが今回は、ミカエラ嬢もまた利用された被害者だ――」
アレスが冷たく言い放つ。
「――明朝、ソラリスに発て」
「は、はい……。アレス様のご温情に、か、感謝、いたします……」
ミカエラは視線を下に向けたまま、アレスに一礼をした。
「……で、ミカエラ嬢の護衛だが、『赤』の部隊に任せたい――」
「は、はぁ!? 陛下ぁ! 何勝手なこと言ってんだよ!!」
リュケイオスが抗議の声を上げる。
「――ソラリス王国は、お前の領地――ルベウス領の隣なのだろ?
だったら、慣れたお前が相応しい――」
「…………なっ!」
「――それに、本日の討伐任務で一番損害が少なかったのも『赤』の部隊なのだろう?」
アレスがリュケイオスを見つめる。
「…………くっ、……それは、事実だが――」
リュケイオスはアレスから視線を外した。
「……クッソ、ああ! もう! 分かったよ!!
護送すればいいんだろ!?」
「そうだ」
「おい! ソラリスの女!
この俺様が送り届けてやるんだ!!
ぜってぇ遅れんじゃねーぞ!?」
「……は、はい……。
リュケイオス様ぁ♡」
荒ぶるリュケイオスとは正反対に、なぜかミカエラは頬を染めて潤んだ瞳でリュケイオスを見ていた。
(やっぱり、わたくしにはリュケイオス様しかいらっしゃらないわ♡)
こうして、ミカエラ・ソラリスの一件は、ひとまず幕を閉じた。
――ただ一つ。
執務机の上には、持ち主のもとへ戻ったアンクレットだけが残されていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
「本当の泥棒猫ちゃんは、一体どちらになるんだろうね――?」
ディアナお義姉様の痛快すぎるカウンターと冷徹な目力、さすがはディアナお義姉様!笑
ミカエラの勘違いを「俺からエリスに贈ったモノなのだ」と容赦なくバッサリ切り捨てるアレスのブレなさも、いかががったでしょうか?
そして、ちゃっかりリュケイオスに乗り換えるミカエラの現金さと、何だかんだ押し付けられて災難すぎるリュケイオスの不運っぷりにもクスッと笑っていただけていれば幸いです笑
【次回予告:第61話「離れない証」】
「俺の側から一歩も離れない、と契約しただろう――」
ミカエラの一件が片付き、アレスの部屋へと戻った二人。
アンクレットを巡り、珍しく意地を張るアレスが見せたのは――溢れんばかりの『独占欲』。
「今日のようなことは、二度と御免だからな――」
アレスから差し出された、二人を繋ぐ“ある贈り物”。
そして互いの血を触媒に交わされる、甘く重い契約の儀式。
静かな夜の部屋で、エリスが覚悟を決めて差し出したのは――?
二人の絆がまた一歩深く交わる、必見の甘々アフターケア回!
次回、第61話「離れない証」。どうぞお楽しみに!
「ディアナお義姉様がスカッとさせてくれて最高だった!」「アレスのハッキリ言い切る姿が格好よかった!」と思った方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!
次回の更新もどうぞお楽しみに!




