第五十九話 赤龍マルス
「……赤龍マルスは、名前の通り『赤』を冠する六星龍のことだ――」
アレスは、瑠璃色の瞳をエリスから逸らす。
「え? 『赤』って、リュケイオスのことなんじゃないのか?」
エリスは眉根を寄せてアレスに詰め寄った。
「…………リュケイオスも赤龍の血を引いている。だが、奴の一族は『赤』の分家だ」
「……分家?」
「ああ。黄金龍ジュピテル・アウレウスより直接その血を分け与えられ、『赤』を冠した六星龍――。
その本流がマルスだ」
「…………え? じゃあ、四百年前っていうのは――」
「エリス」
アレスがエリスの言葉を遮る。
「……それは、ここでするような話ではない。
中に戻るぞ――」
「え? でも――わっ!」
アレスはエリスの腰に手を回し、歩き始める。
そして振り返る。
「――姉上はどうする? 一緒に中でファイを待つか?」
「え? 何でファイを待つ必要があるんだ?」
「――この話はルクサリスの今後においても大事な話になるからな……」
「………………?」
エリスは不思議そうにアレスの顔を見上げた。
「……そうだね、ボクはファイを迎えに行こうかな?」
「――迎えに?」
「ああ。ファイだって愛しのボクに会いたいはずだからね――。
……ファイが帰還したら執務室に行けばいいかい?」
「そうだな、そこで待っている――」
「……行くぞ、エリス――」
「え? ちょっ!」
アレスはエリスの腰に手を回したまま、城内に入っていった――。
✕✕✕
しばらくしてファイが帰還し、ディアナと共に執務室に現れた。
「――ファイ、思ったより速かったな……」
「ああ。私が向かった『メルカティア』では、人狼型の変異種が出現していた。――だが、数だけだったからな――」
「さすがはボクのファイ。どこかの誰かさんと違ってちゃんと任務を遂行してきたね――」
「………………?」
「どこかの誰かさんは都市一つ凍らせただけで帰還したんだから、今ごろ直属部隊は氷を溶かすので精一杯だろうね」
クスクス笑うディアナに、アレスは真顔で返す。
「――必要なことだった」
「…………我が弟ながら可愛くないね」
「――姉弟喧嘩は後でしろよ! それより、早く教えてくれ!」
アレスとディアナのやり取りに、エリスは急かす。
「……そうだな、すまないエリス」
「ごめんね、エリス――」
白銀の姉弟は、エリスに頭を下げる。
(…………こういうところは、息がピッタリなのにな……)
「……では、【奥の間】で話そう」
「奥の間?」
「ああ、誰にも聞かれたくない話をする部屋だ――」
✕✕✕
四人は重厚な石壁に囲まれた【龍王の執務室・奥の間】へと移動した。
ファイが入り口の扉を閉め、指先で空間をなぞる。すると一瞬、浅葱色の魔力が壁を走り、完全な防音結界が展開された。
部屋の中には小さめの執務机と椅子が置いてあった。
四人は椅子に腰掛ける。
「…………では、何から話そうか――」
アレスが口を開く。
「赤龍マルスについてだ……。
そいつが『赤』の本流なのは分かった――」
「………………」
「その、マルスってヤツと四百年前に何があった?」
エリスの問いかけに一同は静まり返る。
「……先程、ディアナからマルスを信仰する『赤龍教団』なるものが現れたことは聞いた――」
「しかも、エリスの元婚約者から、マルスの厭な匂いがした――」
「お義姉様! カイのことをわけの分からん変な呼び名で呼ぶなよ!」
「おや? この方が分かりやすいと思ったんだが……。どうやら不評なようだね――」
ディアナはアレスを一瞥する。
「……まあいい。では、話を戻すが――」
「簡単に言うと、マルスは四百年前に、黄金龍ジュピテル・アウレウスを殺害した男だ――」
「…………なっ!」
エリスが椅子から立ち上がる。
「黄金龍は、殺害されていたのか――!?」
「ああ、そうだ――」
アレスの瑠璃色の瞳が、鈍く光る。
「黄金龍は龍魔族の始祖であり、唯一の王だった」
「龍魔族は黄金龍を頂点として、繁栄を極めていたのさ――」
ファイとディアナがアレスの補足をする。
「エリス。前にお前に話した六星龍については覚えているか?」
「……え、えーと、『白』『青』『黒』『赤』『緑』『茶』の龍魔族のことだよな?」
エリスは椅子に座り直す。
「よく覚えていたな」
ファイがエリスを褒める。
「その六星龍には含まれない、例外のドラゴンがいるのだが、何だか分かるか――?」
「え、例外……?
例外の……『紫』――?」
「よく勉強しているね――」
今度はディアナがエリスを褒める。
「ま、まあな? オレも一応ルクサリスで世話になってるし、これくらいは覚えておかないとな!」
少しだけ得意げなエリスの顔に、三人は目尻が下がる。
「……で、その『紫』がどうしたんだ?」
エリスの質問に、三人は一瞬暗い表情を浮かべた。
「……四百年前、命を落としたのは黄金龍だけではない」
「……え?」
「実は、紫龍ユノ・アメティスもその戦いで命を落としている――」
「………………前にリコが言ってた。『紫龍はとても珍しくて、昔の戦で死んじゃった』って――」
エリスが両手を握りしめる。
「……その、昔の戦が――四百年前なんだな……」
「…………そうだ」
アレスがゆっくりと頷く。
「戦争の発端は黄金龍ジュピテルと赤龍マルスの思想の違いにあった」
「思想の違い?」
「ああ、黄金龍ジュピテルは人間との共存を望み、一方の赤龍マルスは龍魔族至上主義だった」
「…………人間との共存と、龍魔族至上主義――」
エリスはアレスの言葉を繰り返す。
「……でも、思想の対立で、どうして紫龍ユノまで命を落としたんだ?」
「紫龍ユノは黄金龍ジュピテルの番だった……」
「……ツガイ?」
「――ボクとファイみたいな関係さ。
恋人、婚約者、あるいは夫婦みたいな――将来を約束された間柄のことさ」
「………………」
「――龍魔族は番を変えない。一生で一人しか愛さない、愛せないのさ――」
ディアナがファイの指に自分の指を絡め始める。
「……………………。
じゃあ、そのユノはジュピテルと番だったから、戦いに巻き込まれたのか……?」
「――それだけだったら話がもう少し分かりやすかったんだけどね――」
ディアナが含みのある声を出す。
「マルスは――ユノを愛していた」
「……愛していた?」
予想外の言葉に、エリスは目を見開く。
「いや。あれを愛と呼んでいいのか、ボクには分からないけどね。マルスはユノを、自分の番に望んでいたんだ――」
「……でも、ユノが選んだのは……」
「ジュピテルだ――」
アレスが静かに答える。
「そして――それとは別に、ユノにはもう一つ、マルスが執着する理由があった」
「……もう一つ?」
「彼女の血だ。……ユノの血は、龍魔族の中でも特別だったんだ」
エリスは無意識に、自分の胸元へ手を添えた。
「彼女の血は――龍を癒し、力を増幅させ、龍そのものの力へ干渉する性質があった」
「――簡単に言うと、『龍の巫女』みたいな存在だったのさ」
「龍の巫女……?」
聞き覚えのありすぎる言葉に、エリスの眉が僅かに動く。
「エリスもリミナではそう呼ばれていたんだろ?
――不思議な偶然だよね」
ディアナが琥珀色の瞳を細める。
「…………まあな――」
エリスは菫色の瞳を閉じる。
「かつてユノは、瀕死のマルスの命を救ったことがある――。
その際、マルスはユノの血の性質を知り、利用できると考えたのだろう――」
「利用するって、何に?」
「…………ジュピテルの殺害だ――」
「――っ!?」
「黄金龍ジュピテルは不死身だった。
だがマルスは、ユノの血ならばその力に干渉し、不死性を封じられることを知っていた――」
「…………」
「最初の血は、ユノ自身が与えた。マルスを救うためにな」
「じゃあ……」
「――二度目は違う」
アレスの声が低くなる。
「マルスは戦の最中、ユノを捕らえ――その血を奪ったのだ」
エリスの背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。
「…………じゃあ、マルスはユノの血を奪い――ジュピテルの番の血を使い、ジュピテルを殺害した――ってことなのか!?」
「…………そういうことだ…………」
「…………………………」
エリスは息を呑んだ。
自分を救った女の血を奪い、その血で彼女が愛した男を殺した。
エリスには、それが愛と呼べるものだとは到底思えなかった。
「…………ちょっと待て、整理すると――。
四百年前、マルスはジュピテルを殺害して、その戦いでユノも死んだ。
ジュピテルとユノは番だった。
マルスは龍の巫女であるユノが欲しかった。
ジュピテルとマルスは思想によって戦争を起こした。
マルスはユノの血を使って不死身であるジュピテルを殺害した――ってことでいいか……?」
「……ああ、その認識で間違いない――」
アレスは静かに頷く。
「……じゃあさ、そのマルスは今どこにいるんだ?」
「マルスの肉体は俺が滅ぼした。
――そして、アウレウス・コアを核として、その力と魂を封じた」
「――え?」
エリスはアレスを見つめる。
「ジュピテルは、自らの死期を悟っていた。
だから俺は、ジュピテル亡き後、アウレウス・コアを使ってマルスを封印するよう託されていた――」
「……………………」
「時間はかかったが、俺がヤツにとどめを刺し、肉体を消滅させ、アウレウス・コアに力と魂を封印したのだ――」
「…………だから、お前がジュピテルの後を継いで、龍王になったんだな――」
エリスはアレスの震える手に、自分の手を重ねた。
「――確かに、あの時封印したはずだった――」
「――アレス」
エリスはふと気がつく。
「…………待てよ」
「どうした、エリス」
「だったら余計に分からない」
「…………」
「なんでカイを逃がしたんだ?
あの時、お前ならアイツを倒せただろ?」
「――アウレウス・コアだ」
「……え?」
「奴は、アウレウス・コアを身体に取り込んだ」
「あの状態でカイ・リミナごと存在を固定すれば、マルスを封じている術式に何が起こるか分からなかった」
「最悪の場合、器であるカイ・リミナだけを殺し、マルスの魂を完全に解放する可能性もあったからな――」
「だから……わざと逃がしたのか?」
「ああ。あそこで賭けに出る必要はないと判断した――」
「………………」
「……しかし、気になることがある」
ファイが口を開く。
「……赤龍教団とは何だ?」
「それが分かれば苦労はしないよ――」
ディアナが呟く。
「……赤龍教団は、赤龍マルスを信仰しているって言ってた……」
「赤龍教団が封印されたマルスを復活させようとしている――とか?」
「……………………確かに、そう考えると納得出来ることもある」
「あのカイ・リミナから感じたマルスの気配――」
「カイを器に復活しようとしてる――?」
「でも、何でオレまで狙われるんだ?」
「カイ・リミナがただ単にお前に執着している可能性もあるが……」
「振られた女にいつまでもしつこく付きまとうなんて……最低な男だね――」
「……だが、それだけが理由だとは思えないな――」
「ファイ?」
エリスがファイを見る。
「赤龍教団は、カイ・リミナとは明らかに別の目的で動いていたんだろ?」
「………………」
「奴らまでエリスを欲しているのだとすれば――そこには別の理由があるはずだ」
「別の……理由?」
「………………」
アレスとディアナが、一瞬だけ視線を交わした。
その意味を――エリスだけが知らない。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
「【奥の間】で語られた、四百年前の凄絶な真実――」
黄金龍と赤龍マルスの対決、そして『龍の巫女』であった紫龍ユノを巡る愛憎と奪われた血の歴史。
エリスとユノの不穏すぎる共通点や、アレスがカイを逃がさざるを得なかった合理的かつ切実な理由……。
怒涛の伏線回収と深まる謎に、息を呑むような思いで読み進めていただけたら嬉しいです!
そしてラスト、アレスとディアナが交わした無言の視線が意味するものとは――!?
【次回予告:第60話「泥棒猫ちゃん」】
「……まだ、ミカエラ・ソラリスの件が残っている――」
怒涛の襲撃事件と歴史の解説が一段落し、ついに突きつけられる「ミカエラ」と「アンクレット」の顛末!
「俺からエリスに贈ったモノなのだ」
アレスの容赦ない一言と、ディアナお義姉様の超・格好いい煽りがミカエラを追い詰める!?
そして、なぜか災難に巻き込まれるリュケイオスの運命は――!?
次回、第60話! 溜まったモヤモヤが一気に晴れ渡る、痛快&スカッと回! どうぞお楽しみに!
「400年前の過去が切なすぎる……」「アレスとディアナの深すぎる絆と謎が気になる!」と思った方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!
次回の更新もどうぞお楽しみに!




