第五十六話 白銀の戦乙女
正門に到着した二人が見たものは、見たことがない魔獣の大群だった。
北部渓谷で倒した変異種とも、リミナの国境にいた変異種とも異なる姿。
「…………ッ! なんだ、あれは……!?」
エリスは菫色の瞳を大きく見開く。
「……ファイから、『変異種は狼型の魔獣をコアにしているようだ』と聞いていたが、あれは狼と言うよりも……」
「――人狼ってところか?」
エリスの言葉にディアナは口の端を上にあげる。
狼と人間を混ぜたような魔獣――。
狼のように鋭い体毛に覆われてはいるが、人間のように二足歩行で立ち、“武器”を扱っていた。
「……狼にしてはよく剣を扱ってはいるが、人間としては全然なってないね」
「お義姉様っ。今はそんな事、どうでもいいだろう!?」
「敵をよく観察するのは大事だよ、エリス――」
ディアナの琥珀色の瞳が、猛禽類のように見開かれる。
人狼型の変異種に、なすすべなく逃げ惑うルクサリスの兵たち。
果敢に立ち向かっては、ただひたすら蹂躙されている姿に、エリスは顔を顰める。
「……城の精鋭たちは全員遠征に行ってしまったからね。狙うなら、絶好の機会だよ――。
敵も考えなしではないようだ……」
「……ディアナお義姉様――」
エリスは剣を抜き、一歩前に出る。
「オレが変異種を引きつけるから、お義姉様はまだ無事な兵士たちを誘導して欲しい」
「エリス。その必要はないよ」
「え?」
「……見た所、あの変異種たちは魔力によって力を増強させられてるね?」
「…………そりゃあ、魔獣だからな――」
「クス。
だったらボクの得意分野だ」
ディアナは優雅な足取りで魔獣の群れに向かう。
「ディアナお義姉様……!」
「エリスはボクの援護を頼むよ」
ディアナは腰から細い剣を抜き、社交界でダンスをするように魔獣と魔獣の間を通り抜ける。
――ブシュゥゥゥゥ!
ディアナが通った道に魔獣から流れる血の川が出来る。
(…………見えなかった!)
エリスはディアナから視線を外せない。
「……なぁんだ。大した事ないね……。
これじゃあ準備運動にもならないよ」
ディアナは周りにいる魔獣の首を次々とはねる。
「――くそ!」
エリスもディアナに負けじと魔獣の群れに足を踏み入れ、ディアナやルクサリス兵に近づく魔獣を確実に屠っていく。
「ヴァ、ヴァイオレット・レイス――!」
「ここはオレたちに任せろ!
お前らは負傷者を連れて下がれ!」
エリスの怒号に、ルクサリス兵たちは逃げるように城内に駆け込んで行く。
魔獣の群れの中心で、大量の血飛沫が上がる。
「ディアナ様ぁぁぁ!! ディアナ様が! 『白銀の戦乙女』が帰ってきたぞォォォォ!!」
ディアナの剣が閃くたび、人狼型の変異種が次々と倒れていく。
中心部にいた兵士たちの表情が見る見る明るくなっていった。
「ディアナ様!!」
「ディアナ様は我々を見捨ててなどいなかった!!」
「御託はいいよ。
それより、中に何匹逃げた――?」
「はっ! 恐れながら、数十匹……いや、小物を入れますと三十から五十匹前後は中に入ったもよう――」
ディアナは兵士に襲いかかってきた魔獣を一刀両断する。
「――――ヒィ……」
兵士が座り込む。
「……腰を抜かしている場合じゃないよ。
城内にはソラリスの王女もいるんだ――」
ディアナは辺りの様子を再度確認する。
「………………仕方ない。
久しぶりだからちゃんとできるか分からないけど、このままじゃ埒が明かないからね――」
ディアナは一斉に襲ってきた魔獣を切り捨てる。
一拍。
ディアナは琥珀色の瞳を閉じて、そして見開く。
琥珀色の瞳からは光が溢れ、ディアナは白銀の光を纏う。
そして――
「【万物浄化・一閃消滅】!」
ディアナが剣を真横に薙ぎ払うと同時に、ディアナを包んでいた白銀の光が全てを包み込む。
光が収まり、そこに残っているのはディアナとルクサリス兵のみ。
魔獣の死体すら残らない。 白銀の光に触れた魔獣は、灰すら残さず世界から消え去っていた。
まるで、初めから何もいなかったかのように……。
「…………魔獣が、一瞬で消滅した……!
ディアナお義姉様! これは……っ!」
ディアナは剣についた血を払うように剣を一振りする。
「……これが、ボクの力――」
「全ての魔力を消滅させる力さ――」
一瞬の静寂の後、ルクサリス兵から歓声が湧き上がる。
「うおぉぉぉ!! さすがディアナ様!!」
「これが『白』のお力かぁーーー!!」
「『白銀の戦乙女』をこの目で見られるとは……!!」
「ヴァイオレット・レイスも見事だが、やはりディアナ様か!!」
その時――
――ドガァァァン!
正門が崩れる音がした。
辺りは再び静寂に包まれる。
「…………誰だい?」
ディアナの鋭い声。
――パチ、パチ、パチ。
どこからともなく、乾いた拍手の音が聞こえてきた。
エリスは剣を握り直す。
「……流石は龍王アレスの姉君。
まさか、こんな力が使えたとは――」
「……これが『白』の力……!
期待以上だ」
エリスはディアナの元に向かい、ディアナと背中合わせになる。
「……ディアナお義姉様っ!」
「……分かっているよ。エリス――」
――カツン。
軍靴の音が響いた。
エリスとディアナは音の方――壊れた正門へ振り返る。
「…………ッ! お前はッ!!」
そこには、黒い外套を纏った群青色の髪を持つ青年が立っていた。
「…………現実では久しぶりだな、エリス」
男はニヤリと笑う。
「…………知り合いかい?」
ディアナは琥珀色の瞳で、その男を凝視した。
「…………カイ…………」
エリスは菫色の瞳でカイを見つめる。
「カイ……? 聞いたことがある名前だ――」
ディアナは顎に手を当てて考える素振りをしてから、ニヤリと唇を歪めた。
「あぁ……思い出したよ。カイ・リミナ、だね?
――エリスの元婚約者で、エリスを付け狙ってる男だ」
「へぇ。俺はルクサリスでも有名なんだ」
ディアナの挑発に、カイも瞳を細める。
カイの紺色の瞳には、赤い光が宿っていた。
「あぁ、とっても有名さ!」
「エリスに振られた憐れな男だってね――!」
ディアナはそう言うと、間髪入れずに剣を抜いた。
「【万物浄化・一閃消滅】!!」
白銀の閃光が一直線にカイに向かう。
「なっ……!! ぐわぁぁあぁあぁあ!!!」
ディアナの予想外の行動に、カイはなす術なく白銀の光に呑み込まれた。
「お、お義姉様――!?」
「おや? 何か話したいことでもあったかい?」
「特にはないけど……! 急すぎる!!」
「……好みじゃない匂いがしてね。
思わず消滅させたくなってしまったよ」
「……思わずって……」
「でも、別にいいだろ?
エリスだって困っていたんだ。義妹が昔の男の事で悩んでいたら、力になってあげたいだろ?」
「ん? カイが昔の男……??
どういう意味だ?」
「あはははは!
エリスにはまだ早い話だったかな?」
「ちなみに、今エリスの隣にいる男はアレスだろ?」
「はぁ!!? 何を意味の分からない事を言ってるんだ!?」
「ふふふふふ!
意味なんて分からなくていいのさ」
「…………??」
「まあ、これでボクの任務もおしまいさ!
アレスたちが戻ってくるまで、ボクの部屋でお茶でも飲もうか――」
ディアナが正門から背を向けた時だった。
「……勝手に話しを進めてもらっちゃ困るんだが?
――それに、エリスは俺のモノだ――!!」
「…………っ!?」
地面から無数の“黒い手”が伸びる。
それは鱗に覆われた、歪な形の指。
到底、人のものではなかった。
(オレは……! この手を知っている!!)
(これは……、夢路でカイに襲われた時の――!)
「お義姉様!! 気をつけて!
まだ、カイがいる――!!」
「……こんなもの――!」
ディアナが再び白銀の光を放つ。
光によって、一瞬跡形もなく消えた“黒い手”が、再び再生する。
「……っ!」
ディアナの琥珀色の瞳が、初めて揺れた――。
「――ようやく、理解したようだな――」
ディアナによって、消滅させられたはずのカイ。
「…………俺は、お前では消せない――」
「お義姉様! ここは、オレが――!!」
エリスは有無を言わさぬ速さでカイに斬りつける。
――カキィィィィン。
「……ふふ。やっぱりエリスは俺を選んだ。
俺と! 俺と一緒にリミナに帰ろう!!」
「何寝ぼけた事言ってやがるッ!!
オレに、リミナからルクサリスに行けと命じたのはお前たちじゃないか!!!」
エリスの剣とカイの剣がぶつかっては離れていく。
まるで、いつかの訓練のように――。
「……エリス。前より強くなったな――」
優しい紺色の瞳。
「はぁ!? 何いってんだ!
お前、訓練でも模擬戦でも、一度もオレに勝てたことなかったクセに……!!」
エリスがカイに踏み込む。
カイは紺色の瞳を見開き、歓喜の表情を浮かべた。
「……覚えててくれたのか……?
俺とアランの思い出を――!!」
「はぁ!? 何言ってんだお前!!」
エリスはカイの剣を遠くに飛ばす。
カイの剣が地面に転がり、クルクルと回転して止まった。
「………………勝負あったな――」
エリスの剣先が、カイの心臓を捕らえる。
「カイ、リミナに帰れ――!」
エリスは剣先をカイの胸へ突きつけたまま、強く言い放つ。
「オレは、リミナには帰らない……!」
エリスの言葉を聞き、カイの紺色の瞳が悲しみの色を滲ませる。
が、すぐに赤い光が宿った。
カイの口がニヤリと歪む。
そして、一歩。また一歩とエリスに近づく。
「……ッカイ! それ以上近づいたら……!!」
――ブスッ。
嫌な音が聞こえた。
エリスが剣を引き戻そうとするよりも早く、カイは自らエリスの剣に貫かれていた。
「……カイ! お前……何をしている!!」
「エリスは優しいな。……お前を攫おうとしてる俺に対しても、まだ情けをかけてくれるのか?」
「…………カイ!!」
カイの口からは血が流れ、瞳は焦点が定まらない。
「…………ッ!!」
エリスは剣から手を放し、後ずさる。
「エリス……、戦場では敵に情を掛けてはいけないよ――」
後ずさるエリスの横から、白銀の影が通り過ぎる。
そして――
――ドサ――ッ。
ディアナは躊躇うことなく、カイの首をはねた。
地面に落ちるカイの首――。
赤い血が石畳を濡らした。
「お、お義姉様――!!」
「――これぐらいしないと、心臓を貫いただけでは反撃されかねないからね……」
ディアナはカイの首を見下ろす。
「念のため、頭も砕いておくかい?」
「いや、流石にそれはやり過ぎでは――?」
「ククククク。やっぱりエリスは優しいな――」
「――――ッ!?」
落としたはずの首から、声が聞こえる。
そして、胴体から吹き出していた血が体内に戻り、首が――再生していた。
それはまるで、すべてが逆再生をしているように……。
「――――なっ!」
「…………今、確かにボクはキミの首を落としたと思ったのだけれど……。
幻だったのかな?」
ディアナの表情が曇り始める。
「いや、確かに俺は、お前に……、お前たちに殺された……!」
ディアナとエリスが同時に息を呑む。
カイは懐から黄金色に輝く結晶を取り出す。
「これが何だかわかるか?」
ディアナが琥珀色の瞳を見開く。
「それはッ――!」
「“アウレウス・コア”――!!」
カイは黄金色に輝く結晶を握り締め、不気味に笑った。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
手薄になった城に群がる変異種を一瞬で消滅させる、ディアナお義姉様の圧倒的な『万物浄化』の力!「白銀の戦乙女」の名に恥じぬ無双ぶり、いかかをでしたか……?
しかし、正門を破って現れたのは、まさかのエリスの元婚約者・カイ!
首を落とされても平然と再生する不気味な異質さ、そして彼が手にしていたのは――盗まれたはずの秘宝「アウレウス・コア」!?
最悪すぎる再会と絶望的な状況に、果たしてエリスとディアナの運命は……!?
【次回予告:第57話「破られた聖域」】
「俺と一緒に、リミナに帰ろう――」
「アウレウス・コア」の秘められた力と、突如乱入してきた謎の組織『赤龍教団』の手によって、絶体絶命の窮地に追い込まれてしまうエリスとディアナ。
執拗にエリスを狙うカイの狂気が膨れ上がり、城が完全に支配されかけたその瞬間現れたのは――!?
次回、第57話! 窮地の城と、舞い戻る絶対者。どうぞお楽しみに!
「カイの再生能力とコア持ってるのが恐ろしすぎる!」「この窮地を救うのはまさか……!?」と思った方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!
次回の更新もどうぞお楽しみに!




