第五十一話 杞憂なら、それでいい
「おい、アレス。
お前からもらったアンクレット知らないか?」
「……今、開けている引き出しにしまっていただろ――?」
「そうなんだけどさ……」
エリスはもう一度、引き出しの中を漁る。
「…………チョーカーはあるんだ。
でも、……アンクレットがない――」
「…………最後に見たのはいつだ?」
「朝議に行く前に……、この軍服に着替えた時にはあったんだけどな――。
ま、いっか! そのうち出てくるだろ!」
「ま、いっかではない……。
メイドに探させよう――」
「え! いいって!
きっとどこかに紛れてるんだろうし……、そのうち見つかるだろ!」
「…………“そのうち”では俺の気がすまん。
俺がお前に贈った物だ。
メイドに探させる。……いいな」
「…………ああ」
エリスはしぶしぶ了承した。
✕✕✕
アレスはメイドを呼びつけ、アンクレットを探すように命じる。
「承知いたしました。陛下」
メイドは恭しく頭を下げる。
「アレスー。別に今、必要ってわけでもないし、そんな急いで探さなくてもよくないか?」
「……ならん」
短く言い放つアレス。
「……うぅ。そんな大げさにしなくていいのに……」
(こんな大げさに探されたら、オレが物を管理できてないみたいじゃないか!)
(まぁ、いつもテキトーにしまってたんだけど……)
はじめは二、三人体制でアレスの私室で探し物をしていたメイドたち。
いくら探しても見つからず、十数人、数十人とメイドの人数が増えていく。
どうやら私室にはない、と判断したメイドたちはエリスが向かいそうな場所。
――浴室や衣装部屋、廊下なども探し始める。
「ア、アレス! アンクレット一つにこの城の全メイドで探すのはおかしいだろ!
別に今すぐ見つからなくてもそのうち出てくるって!」
「………………エリス。おかしいと思わないか……?」
「……え?」
「ルクサリスの優秀なメイドが、束になってもアンクレットを見つけられない――」
エリスもアンクレットを探すメイドたちを見渡す。
「……そう言われると、そうだな」
「今朝も朝議の間にメイドが清掃に入っている。
もしその時点で無ければ、必ず報告が上がるはずだ。」
アレスは静かに息を吐いた。
「……エリス。これはたんに“なくした”だけの話ではないかもしれない――」
「………………」
アレスは静かに瑠璃色の瞳を細める。
「……念のため、今日この部屋に出入りした者を調べさせる」
「え?」
「ただの杞憂なら、それでいい」
アレスは近衛隊長とメイド長を呼び付ける。
「本日、この部屋に出入りした者をすべて洗い出せ」
「承知いたしました」
二人は深々と頭を下げた。
近衛隊長とメイド長が姿を消すと、別のメイドに話しかけられる。
「……お取り込み中失礼いたします。
陛下、ディアナ殿下がお呼びです」
「姉上が?」
「はい、中庭のテラスで待つ。と……」
「はぁー……」
アレスはあからさまなため息をつく。
「この忙しい時にテラスとは……」
「それと、エリス様もご一緒に、とのことでした」
メイドはエリスの顔をチラリと見る。
「えっ。オレも!?」
アレスとエリスはお互い顔を見合わせ、苦笑いを浮かべるのだった。
✕✕✕
テラスに向かうと、そこには、先ほど別れたディアナとファイ。そして、ソラリスの王女・ミカエラが談笑していた。
「おや? アレスにエリス。早かったね」
ディアナが琥珀色の瞳を細める。
「アレス陛下!?」
ディアナの声にミカエラは振り返る。
「……ディアナ様、少し失礼いたしますわ」
ミカエラはオレンジ色の髪をふわり揺らし一礼すると、アレスの側まで駆け寄る。
「アレス陛下ぁ♡ 昨夜はお見苦しいところをお見せしてしまい、大変失礼いたしましたわぁ。
それに、アルヴァニア城への滞在期間の延長……。まことにありがとうございますぅ」
ミカエラはみかん色のドレスの端をつまみ、一礼をした。
「…………いや、一国の王女に失礼を働いたのは俺の方だ。当然の対応だ――」
「まぁ♡ アレス陛下はお優しいのですね!」
茶色の瞳をキラキラさせて、アレスに擦り寄る。
(なんだこいつ。アレスに振られて、リュケイオスに鞍替えしようとしてなかったか?)
エリスは朝議でのリーベルの話を思い出し、首を傾げるのだった。
その時――
「あら? もしかして、泥棒猫ちゃんですかぁ?
アレス陛下と一緒に、ここまで来てたのですかぁ?」
「はぁ!? 泥棒猫だと!?」
エリスは咄嗟に睨み返す。
「まぁ、怖いお顔! そんな怖いお顔では、アレス陛下からの寵愛は受けられませんよ」
(くっ、しまった……。つい、いつもの感じで返してしまった……)
(それにしてもコイツ……。昨日より余裕あるな……)
「ごほん。大変失礼いたしました。
わたくしもディアナお義姉様から正式なご招待を受けてまいりました。
もしかして、何か手違いがあったのでしょうか……?」
エリスは令嬢のような困った顔をして、ディアナを見つめる。
「クス。やっぱりエリスは面白いね――」
ディアナはポツリと呟く。
「手違いなんてないよ。ミカエラ。
エリスはボクがこのお茶会に招待した、正真正銘、ボクのお客様だ。
もしかして、エリスを呼んではダメだったのかい?」
「い、いえ! そ、そのようなことはけしてございませんわ!
わたくしの勘違いでしたわ」
取り繕うようにディアナに縋るような目を向けるミカエラ。
「……じゃあ、問題ないね」
猛禽類のような琥珀色の瞳が、茶色の瞳を蔑む。
「……ひっ! も、ももも申し訳ございません。
ディアナ殿下――」
「ヴァイオレット・レイス……いえ、エリス様。
昨日は貴女の野蛮な行動に少しばかり驚いてしまいましたが、陛下の真実の御心を知った今となっては、かわいいものですわ――」
(はぁ? 何言ってんだ? コイツ……)
「陛下は、わたくしを傷つけないために、貴女からの接吻を嫌々お受けになられたのですよね?」
「……………………」
「陛下は、あの場で貴女からの接吻を受けなければ、ヴァイオレット・レイスの毒牙が、わたくしに向くと考えられたのです」
「……………………?」
「ヴァイオレット・レイス様も、陛下のことがお好きなんでしょ?
だから、陛下と親しげなわたくしが許せなかった……と!!」
「………………………………??」
いつも冷静なアレスの顔すら、見たことがないほどの困惑に染まっていく。
「……………………つまり、何が言いたいのでしょうか……?」
ミカエラの謎理論についていけず、エリスが口を開いた。
「まぁ! ここまで言ってもお分かりにならないのね!
やはり人間は低俗な生き物なのね……!」
「…………低俗――」
アレスから絶対零度の空気が発せられる。
「ソラリスの王女よ。
話を聞いていれば、貴殿は何の権利があってエリスを貶めようとしているのだ……?」
「まぁ、アレス陛下……!
大変申し訳ございません。
陛下のお気に入りの愛玩動物を貶めたいわけではないのです……!」
ディアナとファイは何も言わずに三人のやり取りを見ている。
「大丈夫ですわよ、アレス陛下。
それも、嫉妬深い猫ちゃんのための演技なのでしょう?」
アレスから放たれる魔力で、パリッパリッと音を立てて回りが凍り始める。
(……寒い。息が白くなる……)
アレスの後に控える、エリスの藤色の髪が先から凍り始める。
「……貴殿は、何を根拠にそのような戯言を申しているのだ?」
アレスの低い声。
「あら! だって、アレス陛下が“昨日のお詫び”として『贈り物』を下さったじゃないですかぁ♡」
アレスの冷気をものともせず、ミカエラはみかん色のドレスの裾を持ち上げる。
「貴方様からの愛、このミカエラ、きちんと受け取っておりますわ♡」
ミカエラの左足には銀色に輝く細く複雑な鎖のアンクレットがキラリと光る。
エリスとアレスの表情が、同時に凍りついた。
ディアナの笑みも、静かに消えた。
――アレスの嫌な予感は、最悪の形で現実となった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ドレスの裾を持ち上げ、ドヤ顔でアレスからのお詫びの品として(※誤解)アンクレットをお披露目するミカエラ王女……!
天然暴走&超絶ポジティブ変換で「愛の証♡」と言い張る彼女と、周囲の凍りつくような空気との温度差、いかがだったでしょうか?笑
絶対零度の冷気を放つアレス様と、一瞬で笑みが消えたディアナお義姉様……。
自分の大切な贈り物を他人に勝手に着けられ、怒りと困惑で表情を凍りつかせる二人の緊迫感。
そして、影でコソコソと動く謎の存在――。単なる勘違い劇では済まされない不穏な展開になってきました……!
【次回予告:第52話「『封印の間』」】
「あれは……、あのアンクレットは……、オレのなのに――」
見つかった安堵と、それを他人が身につけているショックに揺れるエリス。
そんな彼女に「二度と悲しい思いはさせない」と告げるアレスだったが、そこへファイから衝撃の報告がもたらされる。
アンクレットを王女へ届けたはずのメイドが、制服だけを残して謎の失踪を遂げたというのだ。
さらに――アルヴァニア城の最深部に施された、ルクサリス建国以来の『ある封印』に僅かな綻びが生じていることが判明する。
「……これから先、お前にも関わる話だ――」
忍び寄る陰謀の影と、ついに明かされる国家の秘密。
次回、第52話! 闇に包まれた『封印の間』で待ち受ける真実をお楽しみに!
「ミカエラの勘違いが凄まじすぎる笑」「アレス様たちのブチギレ顔が目に浮かぶ…!」「封印の間って何!?一気にサスペンスになってワクワクする!」と思った方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!
次回の更新もどうぞお楽しみに!




