第四十九話 口づけの代償
社交界の翌朝――。
エリスは顔を真っ赤にして起き上がる。
(昨日のこと……、思い出しちゃった――)
(あの音が聞こえて、吸血は終わったと思ったのに……)
(ベッドでもめちゃくちゃ吸血されたんだけどぉぉぉ!!)
エリスは隣で幸せそうに眠るアレスを睨みつける。
「………………バカアレス……」
「なにが、『一晩に一度しか吸血しない、とは契約していない――』……だっ!!」
「そんなん、屁理屈だろ……ッ……」
エリスは小さく呟く。
(クソッ、幸せそうに眠りやがって! だんだん腹が立ってきたぞ!!)
「……昨日のお返しだ……!」
むにっ。
エリスは精悍な寝顔のアレスの鼻を思いっきり摘んだ。
(……どうだ! オレの痛みを思い知れ――!!)
「………………ん」
アレスの眉根が少し動く。
(……ふふん。少しは苦しめよ)
「……エリス。気は済んだか……?」
「どわぁぁぁぁぁ!!」
エリスはアレスの鼻から手を離し、後に飛び退く。
「ア、アレス!! 起きてたのか!?」
「……エリスが俺の腕から離れれば、その瞬間に目が覚める」
「……はぁ? じゃあなんですぐ目を開けないんだよ!!」
「………………お前がどういう行動を取るか見てみたかったのだ――」
「なんっ!?」
沈黙するアレスを、エリスは冷ややかな目で睨みつける。
「…………もしかして、優しく起こされたかったのか……?」
「………………そうだ」
「はぁ!?」
「お前に名前を呼ばれて目覚める朝も、悪くないと思っていた――」
「ばっ……バカじゃないのか!? ってか乙女かよ!!」
「……ッ! オレは! オレは! 絶対そんなことしないからなぁぁぁ!!」
エリスの叫びがこだました。
✕✕✕
お揃いの白い軍服に着替えて朝議へと向かう。
会議場に向かう道中、すれ違う騎士や大臣、使用人やメイドに至るまで、全員がエリスに対して恭しく頭を下げた。
「……アレス、今日はいつもと違って、なんでみんなあんなにバカ丁寧なんだ?」
「………………それは、公衆の面前でお前が昨日俺に接吻したからだろう――」
「はぁ!? なんでッ――!」
(いや、たぶん、そういうことなんだろう――)
「…………お前は、俺の唇を奪った。
俺もお前を拒まなかった――」
アレスはエリスの顎に手をかけ、エリスの唇をなぞる。
「…………ッ!」
「これから忙しくなるぞ、エリス――」
エリスは言葉を発しようと口を開きかけ、そして口を噤んだ。
(クソッ、冷静に考えればそうなるに決まってる!)
皇帝陛下が唇を許す相手――。
それは、未来の皇后候補。
(――オレのバカァァァァァァ!!)
会議場につく頃には、エリスの顔は完全に引きつっていった。
(五天星にからかわれるぞ!?
絡んでくるならリーベルかリュケイオスあたりか……?)
(これはっ、いつも以上に気合を入れなくては……!!)
「エリス。開けるぞ――」
「お、おう……」
アレスによって、会議室の扉が開かれる――。
――ギィィィ。という音と共に会議室に足を踏み入れた二人の目に飛び込んできたのは、怒り心頭のリュケイオスだった。
「おい、こら!! ヴァイオレット・レイス!!
昨日、テメーのせいで散々な目に遭ったんだぞ!!
どう落とし前つけてくれるんだ!?」
「………………は? 何のことだ?」
エリスはアレスと顔を見合わせる。
「言葉足りずでごめんね!」
すると、すかさずリーベルが間に入る。
「昨日さ、エリスちゃんが陛下に口づけしたじゃん?」
「ぅッ……!」
エリスからくぐもった声が漏れる。
「その後さ、あのソラリスの王女が泣いちゃってさぁ〜」
リュケイオスの怒号をBGMに、リーベルは昨日、社交界の会場で起きた「大惨事」を語り始めた。
【――リーベルの回想――】
「ふ、ふぇ、ふぇぇぇん」
アレスがエリスの後を追い、その場を離れるとミカエラは泣き崩れた。
「ミカエラ!」
ミカエラの父は泣き崩れる王女を抱きしめる。
「……アレス陛下!! これは、今後貴国との関係を考えねばならんぞ!!
これは、他の六星龍の方との婚姻を考えねばならん!!」
ミカエラの泣き声に、周りに人だかりができ始めた。
その人だかりの中に、五天星を発見する父。
「なんと! 五天星の方々ではないか! やはり陛下は我々を見捨ててなどおらなかった!!
さあ、五天星の方々! どなたか娘をもらってやってくださらんか!?」
「え!?」
急に話を振られてオロオロするリコ。
すると、リーベルが困ったように口を開く。
「あー……、俺はもうちょっとスラッとした女性の方が好みっていうか〜……」
「ぼ、僕も! 僕はまだまだ未熟者なので、結婚とかまだ考えられないかなーって!」
「リコに同じく」
リーベルに続き、リコとサトゥルが答える。
「俺だって選ぶ権利くらいはあるだろ!?」
リュケイオスが叫び終わる頃には、ミカエラは両目から大粒の涙を流し、人目をはばからずに咽び泣いていた。
「あ〜……。そう言えばさ、ソラリス王国って赤龍領のすぐ隣じゃなかったっけ?
だったらさ! リュケイオスが一番いいんじゃない?」
ミカエラの悲哀に満ちた嘆きに耐えきれず、リーベルが口を滑らせる。
「なっ!! リーベル、テメー!!」
リュケイオスの怒号よりも素早く、ミカエラの涙が止まり、キラキラした茶色の瞳でリュケイオスを見つめ始める。
「……リュケイオス様ぁ♡」
ゾクッとした気配が、リュケイオスの背筋に走る。
「そぉいえばぁ、その褐色の肌に赤髪、朱色の瞳ってぇ、わたくしのオレンジ色の髪と合うと思いませんかぁ?」
「ああ!?」
リュケイオスは一歩後ずさる。
リュケイオスが一歩後ずさればミカエラは一歩前進する。
距離はどんどんつまり――
【――リーベル回想終了――】
「……ってことがあったんだよ!」
あっけらかんと言い放ったリーベルに、エリスは首を傾げた。
「……それって、オレのせいというより――」
「リーベルのせいなのでは?」
「あははは! 気づいちゃった?
でも、俺ってばこれっぽっちも悪気はなかったんだよ〜」
「………………で、その後、リュケイオスとミカエラ王女はどうなったんだ?」
アレスの瑠璃色の瞳がリーベルを真っ直ぐ見つめてきた。
「え? 陛下興味あるの?」
「……一応、他国の王女だ。
どうなったか外交上知っていた方が何かと都合がいい」
「あ、そっちね――」
「あぁ!? どうなったもこうなったもねぇよ!!
散々追いかけ回されて、趣味とか好物とか聞かれて『分かりましたぁ♡』ってどっかに行ったよ!!」
(あ、趣味とか好物とか教えてあげたんだ……)
(ルベウス卿は小さい子には意外と優しいのか……?)
後方で話を聞いていたリコとサトゥルは静かに思った。
「――遅れてすまない」
その時、会議場にファイが慌てて入ってきた。
「ファイが遅れてくるなんて珍しいじゃん」
リーベルがファイをからかう。
ファイは浅葱色の瞳でリーベルを一瞥すると溜息をついた。
「はぁ~……。
実はここに来る前にソラリスの王女に会った……」
「ゲッ!!」
声を上げたのはリュケイオス。
「一応、昨夜の社交界の主催はディアナということになっている。
『社交界での主賓の扱いについて、物を申したい』と、ディアナに直談判に来てね……」
ファイは続ける。
「……もし、昨日の不手際を謝罪する気があるのなら、アルヴァニア城の滞在期間を延長させて欲しい。ということだ――」
ファイは浅葱色の瞳でアレスの瑠璃色の瞳を見る。
「それで俺に許可を取ってこい、というわけだな」
「ああ。今はディアナが相手をしている」
「おい、陛下! ソラリスなんて小国、この際どうでもいい!
早くあの女を家に帰せ!」
「ルベウス卿。なにかあったのか?」
「なにかあったって……!」
「昨日、ファイはディアナをお守りしてたんだろ?
ずっと付き添ってたら社交界での出来事なんていちいち見てられないわな」
リーベルはファイの肩に腕を組んでみせた。
「くっ……」
さすがのリュケイオスも視線を外した。
「で、どうする?
相手の提案を受けるか、それとも拒むか――」
「……拒めば戦争か?」
「なっ――!」
アレスの言葉にエリスが息を呑む。
「いや、ソラリスはそこまで強大な国ではない。
だが、敵に回せば……」
「周りの小国が黙っていない――か」
「そうだな」
「分かった。提案を受けると伝えろ――」
「承知した」
ファイは近くに控えていたディアナのメイドを呼び付ける。
「……話は聞いていたな?」
「はい――」
「では、ディアナにそう伝えろ」
「畏まりました、ファイ様」
メイドはファイに一礼し、会議場を後にした。
(ソラリスの王女って、あのアレスに絡んでた女か……?)
(面倒なことにならないといいんだが……)
エリスは誰にも気づかれないように小さく溜息をついた。
その時のエリスは、まだ知らなかった。
まさか、ソラリス王国の滞在延長が、王宮に新たな事件を招くことを――。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
「オレの痛みを思い知れ――!!」からの、アレス様の甘すぎる返り討ち笑
朝から「名前を呼ばれて目覚める朝も、悪くないと思っていた――」なんて乙女(?)なことを言い出す皇帝陛下と、照れて叫ぶエリスちゃんのコントのようなやり取り、いかがでしたか?
そして五天星の会議で明かされた、社交界での大惨事の真相――!
逃げたアレス様の代わりにソラリス王女のターゲットにされてしまったのは、まさかの『赤龍』リュケイオス!笑
文句を言いながらも結局自分の好みや趣味を教えてあげるツンデレなリュケイオスと、後方で生温かく見守るサトゥル&リコのコンビネーションも書いていて楽しかったです!
しかし、ソラリス王女の滞在延長が決まり、王宮には早くも不穏な空気が漂い始め――?
【次回予告:第50話「ひとつ足りない」】
朝議を終え、私室に戻ったエリスのもとへやってきたのはディアナお義姉様!
昨日のお礼と称して大量のジュエリーをプレゼントされるも、そこから始まるのは【ファイ×ディアナ】の大胆すぎるノロケとキスマークのお披露目タイム!?
さらに、巨大なジュエリーボックス(タンス?)を運んできたリコ&サトゥルとの微笑ましいやり取りを経て、もらった装飾品を整理しようとしたエリス。
しかし――アレスの仕事机の引き出しを開けたエリスは、ある“決定的な異変”に気づく。
そこに『あるはずのもの』が、ない――?
次回、記念すべき第50話! 忍び寄る不穏な影と、消えた宝物の謎をお楽しみに!
「リュケイオス不憫かわいそう笑」「朝の二人が甘すぎる!」「50話の展開が気になる!」と思った方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!
次回の更新もどうぞお楽しみに!




