第四十七話 ぴちょん
「な、な、な、なんですの!?」
ミカエラはアレスからパッと手を離し、後ずさる。
恐怖に怯えるミカエラの顔。
(あ、オレ……)
(オレは……)
エリスが自分がしでかした事を思い出す。
(アレスの襟を掴んで……、それから……)
(く、くくくく、くち、に――)
(………………な! なにやってんだよオレぇぇぇぇぇぇ!!!)
(やった!! 確実に触れたぞ!?)
(しかも、その後なんっつった!?)
(……『コイツは――オレのだ』!?)
(バカだろぉぉぉぉ!?)
エリスは息を整える。
そして、令嬢の笑顔に戻し一言。
「……申し訳ございません。
体調が優れないので、お暇させていただきますわ」
ふわりと微笑むエリス。
ドレスの端を両手で掴み、一礼すると、優雅に、それでいて素早く喧騒に消えていった。
「……へ、陛下!」
ミカエラの父親が叫ぶ。
「今のは……!!」
アレスは自分の唇に触れる。
エリスの感触を確かめるように……。
「……失礼。急用が出来た――」
アレスは踵を返し、エリスが去った方向へ消えていく。
「………………陛下が、公衆の面前で口付けされた――」
誰かが口を開いた。
「あの陛下が、たかが人間の小娘に!?」
「しかも、亡霊を追い掛けて消えてしまった!?」
「…………一体、どうなっているのだ!?」
「エリスちゃん追い掛けて来てみたら……」
「凄いの見ちゃったね――」
「見た、というか、見せつけられたと言うか――」
「……エリス様、あの模擬戦でアレス様にキスされたの、やっぱり気にしてたのかなぁ……」
「…………どうだろうな?」
「だが……、社交界という公の場で、エリス嬢から陛下に口づけをした事実は――」
「チッ。…………これは、ルクサリスが荒れるぞ――」
✕✕✕
エリスは社交界の会場から逃げるように外のテラスへ飛び出していた。
(おい! これ! どうすんだよ!!)
心臓がドクンドクンと煩いくらいに脈打つ。
唇が震え、呼吸が上手く出来ない。
「はぁ、はぁ、は……ぁ……」
(お、落ち着け、オレ。大丈夫だぞ、オレ)
(何も問題ない。ただ、唇が触れただけだ!)
(い、今更震えるな!)
(オレは――)
「……こんな所にいたのか」
急にかけられた声に、エリスの肩がビクッと跳ねる。
「きゅ、急に話しかけるな!」
(心臓が――うるさい!)
足音が近づく。
一歩。
また一歩。
そして、エリスの真後ろで止まった気配。
「……さっきの――」
「い、言うな!」
後で笑った気配がした。
「もう、令嬢エリスはおしまいなのか?」
「あぁ!? そんなんもう終わりだ終わり!
あんなのやってられっかよ!」
エリスは「フン!」と腕を組む。
「……エリス……」
「どわぁ!」
アレスは愛おしそうにエリスを後ろから抱きしめた。
「急に何する!?」
エリスの不遜な態度に安堵するアレス。
「……えりす……」
今度は耳元で囁く。
「ふ、ふぇ……、へ、変な声出すなよ!」
(オレまで変な声出たぞ!)
「エリス。……さっきのは何だ?」
「な、何だって言われてもっ!」
(あのオレンジ髪の女が、アレスに抱きついてたからつい――)
(ん? “つい”って何だよ!?
“つい”で、あんなことしたのか!?)
(オレのバカァァァァァァ!!!)
エリスの顔や耳がどんどん赤くなる。
「エリス……、耳まで赤くなっているぞ?」
アレスのからかうような声。
「き、気のせい――」
――あむ。
アレスの唇が、エリスの耳朶を甘噛する。
「ひゃっ! ――何しやがる!!」
「……赤くてうまそうだった」
「オ、オレは食べ物じゃ――、ひゃぁっ」
「……ほう、お前は耳が弱いのか?」
「ッッ――知るかっ! ――んん!」
アレスは舌でエリスの耳朶をなぞり上げる。
「……さっきまでの威勢はどうした?」
「…………くっ! アレス! お前――ッ!」
「……エリス。お前は『俺は――オレのだ』と言った――」
「…………ッ、わ、忘れろ!」
「忘れない――。忘れられるワケがない――」
アレスのエリスを抱きしめる力が強くなる。
「俺は、お前のものだ――」
「……………………」
「そして、お前も俺のものだ――」
アレスはエリスの耳元に唇を近づけ、牙を押し当てる。
「ま、待てアレス! ここは、外だっ!
誰かに見られたら――!」
「見せつけてやればいい――。
俺は気にしない――」
「アレスッ! まっ――!!」
エリスの言葉が言い終わらないうちに、アレスは耳元に近い柔らかい場所に鋭い牙を穿つ。
耳元に近いせいか、血を啜る音がいつも以上に鮮明に響く。
「あ、アレス……、ッ、やめ……!」
エリスは菫色の瞳が潤む。
肩が跳ね、身体中から力が抜けていく。
アレスの吸血のリズムとともに、エリスの胸元の紋章が淡く浮かび上がり、闇夜を照らしていた。
「……はぁ、はぁ……ッ、アレ、ス……」
遠くから、社交界の喧騒が聞こえる――
だが、アレスとエリスの耳には、エリスの血を啜る音と、エリスの吐息だけが届く。
その時――
――ぴちょん。
また、あの音が鳴った。
聞き覚えのある音。
忘れたくても、忘れられない音――。
「……今のは――」
アレスが動きを止める。
「…………あの音だ――」
第47話をお読みいただき、ありがとうございました!
前話の大胆すぎる言葉から一転、正気に戻って「ななな何やってんだオレぇぇぇ!」と爆走逃亡するエリスちゃん笑
あんなに格好よく決めたのに、照れパニックを起こすギャップが可愛すぎませんか……?笑
ですが、公衆の面前で極上の「ご褒美」をもらった皇帝陛下が、彼女を逃がすはずもなく――。
夜のテラス、逃げ場のない状態で背後から抱きしめられ、耳元で甘く囁かれながらの野外吸血……!
「見せつけてやればいい――。俺は気にしない――」なんて、アレス様の独占欲と執着心が爆発していて、書いていて心臓が持ちませんでした笑
そして……最後に響いた、あの不穏な『ぴちょん』という音。
甘々な夜を一瞬で凍りつかせるあの音が再び――!?
【次回予告:第48話「性格の悪い女の選び方」】
「ふふふ、あははははははは!! 見たかい!? あのアレスの顔!!」
時はエリスがアレスに口づけた瞬間まで遡る――。
会場全体を見渡せるバルコニーで、極上の愉悦を滲ませて爆笑していたのは、社交界の主催者であるディアナだった。
ミカエラ王女をアレスにぶつけた理由。
そして明かされる、ディアナと『青龍』のファイ、そして『黒龍』のリーベルの過去。
「もしも『世界』か『ボク』かを選ばなければいけなくなったら……キミたちはどちらを選ぶ?」
かつて投げかけられた残酷な問いと、選ばれた理由。
『世界ごと彼女を愛してしまった』男と、最高に性格の悪い女の、歪で熱い夜が始まる――。
次回、第48話! 六星龍の過去と、もう一つの密やかな愛の物語をお楽しみに!
「アレス様の独占欲がヤバい!」「照れるエリスが可愛すぎる!」「最後の『ぴちょん』が気になりすぎる!」と思った方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して応援していただけるとめちゃくちゃ嬉しくて励みになります!
次回の更新もどうぞお楽しみに!




