第四十六話 社交界
扉が開くと、そこはもう別世界だった。
華々しい音楽が流れ、色とりどりのドレスの令嬢たち――。
部屋の中央には豪華絢爛なシャンデリアが飾られ、長机の上には料理や飲み物が用意されている。
(これがルクサリスの社交界!)
(リミナの社交界とは規模も規格も違う!!)
「……行くぞ」
アレスの声。
エリスは小さく深呼吸をした。
「あぁ」
二人が同時に一歩踏み出す。
すると、今までの喧騒が嘘のように静まり帰り、美しい音楽だけが流れた。
(見られている……!)
(アレスじゃない)
(――オレを見ている!)
すると、一人の紳士が話しかけてきた。
「――貴女が、我らがルクサリス兵に恐怖と絶望を与えていたあのヴァイオレット・レイスなのですね」
「こんなに美しい令嬢がヴァイオレット・レイスだなんて驚きですな!」
また違う貴族が話しかけてくる。
「それにしてもさすが陛下ですわ。野蛮なリミナの亡霊――ヴァイオレット・レイスを手懐けるだなんて!」
今度は貴族の令嬢が近づいてくる。
アレスは何も言わず、視線だけを彼らに向けていた。
「……お初にお目にかかります。
わたくしはエリス・オルタディアと申します」
エリスは極上の笑みを浮かべ、両手で蒼色のドレスの端をつまみ、一礼をする。
「ルクサリスでは、ヴァイオレット・レイスと呼ばれていたようで、お恥ずかしい限りですわ」
「いやいや、ヴァイオレット・レイスの正体がこんなに魅力的なレディだったなんて!」
「陛下との出会いは?」
「もちろん、戦場ですわ」
エリスは扇子で口元を隠し、菫色の瞳を優雅に細める。
「おおー、それで?」
「陛下とは、一騎打ちをさせていただきました」
――ざわ。
会場の空気が動く。
「……それで、どうなったのですか?」
貴族たちは皆、エリスの話に夢中になっていた。
「………………クスッ。ご想像にお任せしますわ」
――会場の空気が揺れ、ざわめきが起きる。
「でも、陛下に付き従っていると言うことは、やはり陛下には勝てなかったのでしょう?」
ピシャリと言ってのける令嬢。
「――たしかに」
「やはりそうか」
「そもそも、陛下は何故亡霊を従えて社交界にいらしたのかしら?
敗戦国の者にまで寛大なお心をお示しになられているのね」
「なんてお優しいのかしら――!」
「さすが我らが陛下!」
「リミナは人間の……、野蛮な国と聞き及んでいますわ。
そんな野蛮なお国でお育ちなら、このルクサリスの華々しさに、目が眩んでしまうでしょ?」
「……そもそも、負け犬の分際で、陛下に選ばれたと思わないことね!」
複数の令嬢が、エリスにまくし立てる。
「あらあら? わたくしが羨ましいのですか?」
「わたくしは、陛下と……本日の社交界の主催者である、陛下の姉君ディアナ殿下から直接招待を受けております」
「……もし、ご不満に思われましたら、陛下とディアナ殿下に直接お伝え下さい――」
エリスは隣にいるアレスに目配せをする。
「……もしかして、敗戦国の負け犬に、陛下を取られてしまったとお思いですの?」
「――お可愛いこと」
エリスはクスクスと笑い、アレスに寄り添う。
アレスも満足そうにエリスをエスコートし、歩き始めた。
✕✕✕
「エリス様! さっきの、カッコ良かったですよ!」
「俺たちと模擬戦やった時とは別人みたいだったよ」
アレスとの挨拶回りも一通り済むと、今度は五天星『緑』のリコと、『黒』のリーベルが話しかけてきた。
「リコ、様。リーベル様」
「うわぁ〜、エリスちゃんに“様付け”されるとムズムズするから、いつも通り呼んでよ」
「では……ヴェルダ卿とメラン卿」
「まぁ、社交界だし……、それでいっか!」
「それにしてもエリス様、やりましたね!
訓練の成果が出てましたよ!」
「……皆様のおかげですわ」
エリスはふわっと微笑む。
「………………」
「………………」
エリスの笑顔にリーベルとリコも一瞬、息を飲む。
「リーベル、リコ。
それ以上エリスを見るな」
「え?」
「アレス様!?」
困惑の表情を浮かべる二人に、アレスはエリスの腰を引き寄せる。
「エリスは、俺のだ――」
リーベルとリコはお互いに顔を見合わせ、どちらからともつかずに吹き出した。
「ぷっ! そんな事、言われなくても重々承知してますよー」
「アレス様ってたまに変なことを言うよね」
「…………俺は真剣だ――」
「はいはい、分かってますよー」
「大丈夫ですよ、アレス様からエリス様を引き剥がそうとしてる人は……。
社交界では、たくさん居ましたね」
「……ッ、そうなのか!?」
「エリスちゃん、“素”に戻ってるよ」
「……失礼いたしました……」
ションボリするエリスに、リーベルとリコは微笑む。
その時。
「――失礼致します。
陛下、少しよろしいでしょうか?」
貴族の男性が声をかける。
アレスはエリスを見る。
「わたくしは大丈夫ですよ。
いってらっしゃいませ、陛下――」
エリスは上品に微笑む。
「リーベル、リコ。
エリスを頼む――」
「承知いたしました――」
リーベルとリコは恭しく頭を下げる。
アレスは貴族と一緒に雑踏の中に消えていった。
アレスがいなくなると同時に、五天星『茶』のサトゥルと『赤』のリュケイオスもエリスたちに合流する。
「……陛下は……、行ってしまわれたか」
「ブロイン卿」
「チッ。一足遅かった……」
「ルベウス卿も」
「エリス嬢、先ほどの振る舞い、お見事でした」
サトゥルが誇らしげにエリスを見つめる。
「いいえ、ブロイン卿のご指導の賜物ですわ」
「ケッ! なんだよそのナリと言葉遣いはっ!
気味が悪くてトリハダが立ってきた!!」
「あらあら、これもルベウス卿が鍛錬して下さったおかげですわ」
「うわぁ……トリハダが……!
ヴァイオレット・レイス! お前、楽しんでるだろ!!」
「いいえ。まさか、とても緊張して、震えが止まりませんわ――」
「お前ぇ!!」
「ははは! リュケイオス、これはエリスちゃんに一本取られたね」
リーベルがリュケイオスの肩に腕を回す。
「メラン卿も! お前いい加減にしろよ!?」
その様子に、エリス、リコ、サトゥルも笑い合うのだった。
「なによ! さっきから見ていればあの亡霊!
陛下だけでなく、五天星の方々とも親しげだなんて――!!」
「仕方ないだろう。ヴァイオレット・レイスと言えば、『陛下の剣』として北部渓谷や南部の国境に出た変異種を討伐したんだろ?」
「五天星も認めている、と言うことはかね?」
「これは、出方を考えねばならんな……」
✕✕✕
アレスはルクサリス帝国皇帝として、隣国諸国の王や大臣たちと談笑をしていた。
「しかし陛下、よき剣を見つけられましたなー」
「しかも、あのエリスとか言う娘。なかなかの美貌でしたな」
アレスの瑠璃色の目が鋭く細められる。
「剣の腕前も五天星の皆さんと引けを取らないとか――」
「それにしても陛下も隅に置けませんな。
――あの娘の首筋、陛下がお付けになったものでしょう?」
「戦場でも、ベッドの中でも……さぞかし美しく乱れるのでしょうね?」
「ほっほっほっほっ」
大臣たちの笑い声。
アレスは奥歯を噛み締める。
(お前らのような下等な存在に、エリスの何が分かるというのだっ!)
「しかし陛下。いつまでも人間の娘にばかりにかまけている暇はございませんよ?」
一人の男が前に出る。
「陛下もそろそろ身を固められるべきだとは思いませんか?」
「まさか、人間の小娘を“后”に迎えようとは――、お思いではございませんよね?」
男の目が妖しく光る。
「そうですわ! 陛下がそのような浅ましい考えをお持ちのはずがありませんわよね!」
「陛下はルクサリスの皇帝ですぞ?
たかが人間の小娘と、我らが魔族の王が釣り合うはずがないではないですか!」
アレスは答えない。
「そこで! 本日は陛下に紹介したい者を連れて参りました。
――ミア、こちらへ」
男性に紹介されたのは、オレンジ色の髪を持つ小柄な美少女だった。
「アレス陛下。
ソラリス王国第一王女、ミカエラ・ソラリスと申します。
以後、お見知り置きを……♡」
ミカエラはオレンジのドレスを揺らし、アレスに近づく。
「陛下、我が娘ミカエラはれっきとした正真正銘の王族です。
さすがに、『黄金龍』ジュピテル・アウレウス様の血を濃く受け継ぐ『六星龍』の方々には遠く及びませんが……、それでも、高貴なる血には違いありません」
男はミカエラの肩を両手で掴む。
「……陛下ぁ、わたくしの血でよろしければ毎日、毎晩、貴方様に捧げますわぁ」
ミカエラは上目遣いで、茶色の瞳をキラキラと揺らす。
「……そうか――」
アレスは短く返事をする。
「気持ちは嬉しいが――」
「まぁ! 陛下がお喜びくださいましたわぁ♡」
ミカエラはグイグイとアレスに近づく。
そして、アレスの右腕に腕を伸ばし、躊躇わずに両手で抱きしめた。
「…………陛下ぁ♡ 今宵は是非、貴方のお側に――」
アレスは冷たい瑠璃色の瞳で、ミカエラを見下ろす。
「ミカエラ嬢、すまないが――」
「お取り込みのところ、大変申し訳ありません!」
凛とした声が降り注ぐ。
一同の視線は声のする方へ――。
そこには、光によって瑠璃色にも、紫にも見える美しい夜のドレスを纏った令嬢が佇む。
「アレス様。お待たせして申し訳ございませんでした――」
令嬢は気品に溢れる足取りで、アレスに近づく。
「……エリス――」
「はい。アレス様――」
エリスの誰もが見惚れる笑顔に、瑠璃色と菫色が交わる。
「わっわっ! なんですか? 泥棒猫ちゃんですかー??」
ミカエラの、アレスの腕を掴む力が強くなる。
「今、アレス陛下とわたくしがお話しているのです!
リミナの……、人間風情の小娘が、しゃしゃり出ないでくださいます!?」
エリスはアレスと同じ冷めた目でミカエラを見る。
「あら、それは申し訳ございません。
アレス様がお困りの様に見えましたので――」
エリスは自分の頬に手を置き、困ったような顔をした。
「アレス陛下は困ってなどいません!
もし、そうお見えでしたら、アレス陛下がわたくしの魅力に心を奪われていたのですわ!」
「あら、そうでしたのね。
わたくしとした事が、大変失礼を――」
「ええ! 今夜からアレス陛下のお相手はわたくしがいたします!
貴女はただの剣にお戻りなさい!」
「……アレス様のお隣が、あなた様に務まりますでしょうか?」
「な、なんですの!? その口の利き方はっ――!」
「……口の利き方に気をつけるのは貴女の方だ。
――ミカエラ嬢――」
「へ? アレス……陛下……?」
「……アレス様の愛は貴女では耐えられないくらい重いですわよ?」
エリスがアレスの軍服の襟をそっと掴む。
「どうした、エリス――」
先ほどとは、明らかに違う優しい声色。
エリスはニヤリと口元を歪める。
「失礼いたします――」
エリスは背伸びをすると、そのままアレスの唇に、自身の唇を重ねた。
アレスの瑠璃色の瞳が、大きく見開かれる。
思考が――。
時間が――。
一瞬だけ止まった。
――シン。
談笑も、音楽さえも遠くなった。
皇帝を囲んでいた誰もが、ただ目の前の光景を見つめていた。
「…………エリス……」
エリスは名残惜しそうに唇を離し、アレスの右腕に抱きついているミカエラへ視線を向ける。
「……ごめんなさいね――」
優雅に微笑んでいた表情が、鋭い眼光に変わる。
「…………アレスは――オレのだ」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
「…………アレス(コイツ)は――オレのだ」
マウント貴族たちを優雅に蹴散らし、ミカエラ王女に対して放ったエリスの公開キス&独占宣言……!!
「やれー! もっとやれー!」と画面の前でガッツポーズをしてくださった方も多いのではないでしょうか笑
普段はアレス様の猛攻に押され気味なエリスが、アレス様を守る(?)ために自ら動いた、最高にスカッとする胸キュン展開でした!
しかし、勢いのままにあんな大胆な行動に出たエリスですが……当然、その後の反動がないわけもなく――!?
【次回予告:第47話「ぴちょん」】
「…………な! なにやってんだよオレぇぇぇぇぇぇ!!!」
我に返り、大パニックで会場から逃げ出したエリス。
しかし、公衆の面前で極上の「ご褒美」をもらい、完全に火のついた皇帝陛下が、彼女を大人しく逃がすはずもなく……。
テラスに追い詰められ、背後から抱きしめられたエリスを待っていたのは、赤くなった耳への甘噛みと、逃げ場のない甘い言葉だった。
「見せつけてやればいい――。俺は気にしない――」
夜のテラスで響く、熱を帯びた吸血の音。
しかしその時、限界を迎えるエリスの鼓膜を打ったのは、忘れたくても忘れられない『あの音』で――!?
次回、第47話! 大反省の逃亡とテラスでの激甘追撃、そして忍び寄る影。お楽しみに!
「エリスちゃんの独占宣言最高!」「公開キスたまらん!」と思った方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!
次回の更新もどうぞお楽しみに!




