第四十五話 社交界の支度
朝議が終わりアレスの私室に戻ると、エリスは数人のメイドに囲まれた。
「エリス様。社交界のお支度をしましょう」
「時間がありませんので、アレスの私室で準備します。さぁお早く!」
「ささ、その軍服をお脱ぎください!」
「まずは、全身のメンテナンスからです!」
有無を言わさぬ圧力で、メイドたちはエリスの軍服を脱がし始める。
「ア、アレスぅ!」
「エリス、諦めろ――
そのメイドたちは姉上直属のメイドたちだ」
「ディアナお義姉様の……!?」
アレスに助けを求めるも、アレスから衝撃の事実を告げられ、エリスは放心状態でなすがままになっていた。
白い軍服を脱がされ、下着姿になったエリス。
「さぁ、そちらもお脱ぎください」
「でも! アレスがいるぞ!?」
メイドたちは顔を見合わせる。
「……陛下からは問題ないとお聞きしておりましたが……」
「も、問題しかないだろ!?」
エリスは机で書類にサインしているアレスを睨む。
「……俺は気にしない」
「気にしろよぉぉぉぉ!!」
エリスの叫びがこだました。
✕✕✕
結局、メイドたちは白い布で簡易浴槽を囲んだ。
「お湯加減はどうですか?」
「…………悪くない――」
「今、ルクサリスで流行っている香油をたくさん入れてあります。
ディアナ様のお気に入りの香油です」
「……たしかに、ディアナお義姉様はいつもいい匂いがするもんな――。
香油の匂いだったのか……」
エリスは簡易浴槽に張られたお湯をすくい、鼻に近づけて香りを楽しむ。
「そう言えば、このお湯って――」
「私たちが用意いたしました。わざわざ浴室に行くよりも、こちらで全て済ませた方が効率的なので」
メイドの受け答えに笑みがこぼれる。
「……なにかおかしかったですか?」
「いや、さすがディアナお義姉様のメイドだと思って――」
「……そうですか」
メイドたちは無表情に答えた。
簡易入浴が終わると、タオルを巻いたままベッドに寝かされるエリス。
「今から香油をつけてマッサージをします」
「お、おう。よろしくお願いします」
メイドたちがエリスの背中や腕、脚に香油を塗っていく。
そこで一人のメイドが左足の太ももに、赤い痕を見つけた。
「あら……」
小さく漏れる声。
メイドは噛み跡には触れず、何ごともなかったかのようにマッサージを続ける。
しかし、太ももをマッサージされた時に漏れた、小さな声。
その後のメイドたちの視線。
エリスは確信した。
(昨日の吸血痕、見られたぁぁぁぁぁ!!)
顔と耳を真っ赤にして、枕にうずくまるエリスだった。
✕✕✕
マッサージが終わり、いよいよドレスに着替える。
昨日試着し、アレスによって脱がされたドレス。
コルセットを試着時よりもキツく締められる。
「……うっ……」
「エリス様。息を吐き出して下さい! もっとです!」
「……こ、これ以上、……はぁっ!」
数人がかりでコルセットを締め上げられ、いよいよ夜を纏うような深い蒼色のドレスを着付けられる。
藤色の髪にも香油が塗られ、いつもの無造作な髪がどんどん光沢を帯びる。
社交界用のメイクを施され、エリスは人形のように美しい令嬢へと姿を変えた。
それは、本来エリスが持っている天性の美しさ。
その美しさに、ディアナのメイドたちまで言葉を失ってしまった。
「…………失礼いたしました。社交界の準備が整いました」
「ありがとう」
エリスが礼を述べる。
「あの、失礼ながら……、首の痕はそのままでよろしいのでしょうか?」
「お御足の痕は、その……ドレスで隠れますが、首筋は――」
「……これは、アレスが――」
「痕を隠す必要はない」
白い布越しに、アレスの声が響く。
「は。承知いたしました」
メイドは頭を下げる。
白い布の向こう側で、アレスも社交界用の軍服に着替えているようだった。
――カチリ。
金属がぶつかる音。
「布を解いてよい――」
アレスの言葉に、メイドは布を回収していく。
アレスとエリスの姿が、お互いに晒されていく。
エリスはアレスの姿に菫色の瞳を揺らす。
(チッ。さすがルクサリス帝国の皇帝様は、社交界でもお美しいですね!)
心の中で悪態をつくエリス。
アレスは、白地の軍服に、いつもよりも金の刺繍や勲章が目立つ豪華な装いだった。
アレスの瑠璃色の瞳と、エリスの菫色の瞳がかち合う。
アレスは一瞬、瑠璃色の瞳を大きく見開き、呼吸が止まった。
「……………………」
「…………なんだよ」
ぶっきらぼうなエリスの声。
「…………綺麗だ」
アレスは視線を外す。
「ふん! そんな世辞はいらん。
……変ならもう一度――」
「直す必要はない」
アレスはメイドに道を開けるよう促す。
一歩。
また一歩。
エリスに近づく。
「…………なんだよ」
アレスはエリスの目の前に立つ。
「――もっと、目立つように付ければよかった――」
「はぁ……?」
アレスはエリスの首筋――吸血の痕に指で触れる。
「……なっ……」
「俺のモノだと分からせるように――。
もっと、深く――」
アレスがエリスの首筋に牙を近づける。
「ア、アレス……!!」
「陛下、お迎えにあがりました――」
五天星の『緑』リコが顔を出す。
「……リコ!」
(助かった……!!)
安堵するエリスと、不満気なアレス。
アレスはしぶしぶエリスから離れた。
「うわぁ! アレス様もエリス様もとってもお似合いですよ」
リコの眩しい笑顔に、アレスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「リコ! 助かった!」
「…………?」
不思議そうなリコの顔に、メイドたちは口を噤んだ。
✕✕✕
アレスとエリスは豪華絢爛な扉の前にいた。
リコは先に社交界に入場すると言って、途中で別れた。
扉の中からは華やかな音楽と貴族たちのざわめきが聞こえてくる。
「……………………」
アレスの腕に回す手に力が入る。
「…………緊張しているのか?」
「あ、当たり前だ!
こう見えてもオレは意外と繊細なんだ!」
エリスは頬を膨らませる。
「……そうか」
アレスはエリスの腰に手を回す。
「心配しなくても、お前が一番美しいことには変わりない」
「はぁ!? また変なこと言って!
オレをからかってるのか!?」
「……俺は嘘は言わん」
「なっ――」
「そら、そろそろ時間だ――」
「俺を楽しませてくれるのだろ?」
「……くっ! お望みの通り、楽しませてやるよ」
瑠璃色と菫色が交差する。
「それでは! ルクサリス帝国皇帝、アレス・アルヴァス様と、『皇帝の剣』ヴァイオレット・レイスこと、エリス・オルタディア様の入場です!」
社交界の門が開かれる――。
第45話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
ついに始まりました、運命の社交界編!
今回はディアナお義姉様直属の精鋭メイドたちによる、エリスのお人形ドレスアップ大作戦(&昨夜の痕跡発覚による赤面大爆発)をお届けしました。
いつもの白い軍服姿から一転、夜を纏うような深い蒼色のドレスに身を包んだエリス。書いていてその姿が脳裏に浮かび、思わずアレス様と一緒に呼吸が止まりそうになりました笑
そして相変わらず、エリスの首筋に刻まれた自分の痕を隠す気ゼロ(むしろもっと深く刻めばよかったと後悔する)な皇帝陛下の独占欲、楽しんでいただけましたでしょうか?
リコの奇跡的なナイスアシストがなければ、会場入りする前にエリスが大変なことになっていたかもしれません……!
ラスト、お互いに最高の正装に身を包んだ二人の前に、ついに社交界の重厚な扉が開かれます。
【次回予告:第46話「社交界」】
華々しい音楽、豪華絢爛なシャンデリア、そして行き交う貴族たち。
「野蛮な敗戦国の亡霊」とエリスを侮り、嫌味をぶつけてくる令嬢たちに対し、エリスは極上の笑みを浮かべ――。
「……もし、ご不満に思われましたら、陛下とディアナ殿下に直接お伝え下さい――」
優雅にマウントを返し、五天星たちとも軽快なやり取りを見せるエリス。
しかし、アレスに近づくソラリス王国の第一王女・ミカエラが現れたことで、会場の空気は一変する。
アレスの腕にすがりつくミカエラに対し、エリスが取った衝撃の行動とは――!?
「……ごめんなさいね――」
「――アレスは、オレのだ」
次回、第46話! 大観衆の前で交わされる衝撃の誓いと、エリスの反撃をお楽しみに!
「ドレス姿のエリスちゃん最高に綺麗!」「アレス様の独占欲ごちそうさまです!」「社交界での二人の大無双が早く見たい!」と思ってくださったら、ぜひブックマークや下の【☆☆☆☆☆】の評価で応援していただけると、次話への大きな執筆パワーになります!
それでは、華やかな戦場が幕を開ける第46話でまたお会いしましょう!




