第四十四話 ご褒美
月明かりに照らされた私室で、エリスはアレスを待ちながら試着室でのことを思い出す。
アレスが試着室から出ていき、メイドがドレスの最終調整を終わらせた。
「エリス様……、とてもお綺麗です」
「はいはい。それはどうもありがとうございます」
エリスはぶっきらぼうにお礼を言うと、メイドに背中を向ける。
「……これ、脱がせてくれないか?」
「申し訳ございません、エリス様。
先ほど陛下より、ご自身でも最終調整をなさりたいとの事で、『ドレスを脱がせるな』とのご命令が――」
「――なっ!!」
(なんだその嫌がらせはっ!!)
アレスの一言で、エリスはドレスを脱げずに夜まで待たされていた。
(アイツ……、もしかしてこのまま吸血するつもりなのか――)
(確かに、オレも煽ったが……)
(とんだ変態だな――)
エリスはため息をつき、窓から月夜を眺めていた。
✕✕✕
――ガチャ。
ドアが開く音が聞こえる。
「……遅かったな」
エリスはベッドの縁に浅く腰掛け、脚を組んで待っていた。
蒼色のドレスフリルから、右脚が少し覗く。
「ああ、少し明日の準備に手間取った」
アレスの淡々とした声がエリスの癪に触った。
「……ッ! お前、いつまでオレをこの恰好で待たせるつもりなんだよ!」
エリスは怒りで立ち上がる。
「なんだ、待っていたのか?」
「そりゃそうだ! お前が、アレスが来ないと脱げないんだろ!?
とんだ嫌がらせだな――」
エリスは「フン!」と顔を背ける。
そんなエリスから視線を外さずに、アレスはどんどん距離を詰めた。
「………………なんだよ」
「…………夜になった」
「…………それで?」
「……………………」
「……もしかして、“よく夜まで待てたな”って、褒めて欲しいのか?」
(オレの声、震えるな……!)
エリスのドレスを握る手に力が入る。
「…………………………」
無言のアレスにエリスは不敵に微笑んでみせる。
「…………いいぜ、夜まで待てた“ご褒美”だ――」
エリスは再びベッドに腰を下ろし、脚を組み直す。
そして、小さく息を吸い、ドレスの裾をたくし上げていく。
「――好きなところから、吸えよ」
夜を纏ったような深い蒼色のドレスがゆっくりと上に持ち上がる。
持ち上げた場所から布がサラサラと落ち、蒼色のフリルと、エリスの白い肌が月明かりに晒されていく。
アレスが一歩踏み出し、再び距離が縮まる。
手を伸ばせば触れられる距離に、エリスの唇が震え、ドレスを持つ手に力が入る。
そして、アレスの瑠璃色の瞳が、足元で“止まる”。
――見ている。
試着室と同じか、あるいは、それ以上の切迫した距離で。
エリスは動かない。
アレスが動くまで、“待つ”。
数秒の沈黙。
エリスにとっては数分にも感じられる時間。
「随分、挑発がうまくなったな――」
アレスは狙いを定めてエリスの前で膝を折る。
そして――
エリスが纏うドレスの布を掻き分け、露わになった左足の太ももに静かに触れる。
「…………ッ!」
エリスの肩がピクりと動く。
「――どうした?」
「なんでも……ない――!」
(なんだ? 今の触り方……)
アレスは、エリスの混乱もお構いなしに、もう一度太ももに触れ、唇を落とす。
「――――ッッ!!!」
唇が触れたと同時に、エリスの白い太ももに鋭い牙を穿つアレス。
穿たれた太ももから、全身へ電流が走るような感覚。
エリスは声にならない叫びを上げ、背中を仰け反らせる。
(なんだこれ! なんだこれ! なんだこれ!)
今までの吸血とは何かが違う。
視界はチカチカと明滅し、身体から力が抜け、胸元の紋章が淡く光り始める。
「――――っはぁ、アレ……ス……!?
なんだ!? これはっ――!!」
熱が体中を何度も駆け回る。
「……はんっ! ……あ、あれすぅ……っ――!」
(声……抑えないと――)
エリスは無意識にアレスの肩を掴む。
そして、白銀の髪に指を絡める。
まるで、身体中の熱を逃がそうとするように――。
その仕草に、アレスの吸血が一瞬止まった。
太ももに触れる指に力が入り、呼吸が一瞬乱れる。
「……ッ……あれ、す…………?」
縋るような声――。
その声に、沈黙していたアレスの牙が、さらに深く沈み込む。
「――――――――ッッ!!」
(脚が、全身が震える――! これ以上は、声、我慢出来ない――ッ!)
「ふっ……んん――、もう――っ――!」
エリスの言葉にならない悲鳴に、アレスはようやく牙を抜いた。
「――――っはぁあっ!」
(……終わった……のか……?)
エリスは全身から力が抜け、そのまま倒れかける。
アレスはその身体を抱きとめ、壊れものを扱うように静かにベッドへ横たえた。
「…………あ、あれす……」
ベッドに沈むエリスを、アレスは見下ろす。
藤色の髪が、汗ばんだ肌に張り付き、菫色の瞳は潤み、胸元の紋章はまだ淡い光を放っている。
呼吸を整えようと上下する鎖骨。
(……足りぬ……)
アレスは自分の中にある衝動を抑え込むように、手を握りしめる。
そして、静かに息を整える。
それでも、視線だけは、乱れたエリスから離れなかった。
✕✕✕
エリスの呼吸が落ち着き始めると、アレスはエリスの身体を横に向けた。
「な、なにを……」
エリスにはもはや抵抗する力さえも残っていなかった。
アレスはエリスの背後に回ると、背中のホックや複雑な紐をシュルシュルと解き始めた。
「……な……ん……」
(なんで皇帝がこんな事できるんだ……?)
エリスは、この疑問を言葉にすることは出来ない。
手際よくドレスとコルセットが外され、エリスは下着姿にされていた。
「あれす……」
「……約束通り、ドレスは脱がせた」
「…………あ、……ありが…………」
礼を言う隙を与えず、アレスは自分の乳白色のシルクのパジャマを羽織らせる。
「今日はそれを着て寝ろ――」
「…………」
(…………アレスの匂いがする――)
いつも身に着けている寝間着よりも大きいそれは、エリスの身体をスッポリと覆い尽くす。
エリスは朦朧とする意識の中で、そのパジャマに包まり、眠ってしまった。
「…………無防備すぎるな――」
アレスは眠ってしまったエリスの前髪を再び整える。
そして、ドレスとコルセットを綺麗に整え、自身もエリスの隣で横たわる。
(……そんな安心しきった顔を見せられると、これ以上は何も出来ないか――)
アレスは眠ったエリスを起こさないように、優しく抱きしめた。
✕✕✕
――翌朝。
エリスは絶望の中にいた。
朝議の為に白い軍服に着替えていると、否が応でも太ももの咬み跡が目に入ってきた。
しかも咬み跡は、膝丈のタイトスカートの深いスリットからちょうど隠れる位置に付けられていた。
(もしかして、ここまで計算して吸血してきたのか!?)
(その所業が変態的で引くわー)
エリスはアレスを冷ややかな目で見つめる。
(というか、また負けた……!!)
(しかも大敗だ!!)
(最初は悪くなかった!)
(でも、やっぱり負けた――!!)
(クソっ……、どうすればアイツに勝てるんだ――!?)
「エリス。一人で百面相をしているな」
「あぁ!? 今、考えごとしてる最中だ!
話しかけるな!!」
「……ほう。随分余裕そうに見えるな――」
アレスが瑠璃色の瞳を細める。
「……くっ、よゆーなのはお前だろ! アレス!!」
エリスが菫色の瞳でアレスを睨む。
「……今日の社交界、覚えてろよ!!」
「ふん。楽しみにしているぞ――」
二人は並んで朝議へ向かうのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
「……いいぜ、夜まで待てた“ご褒美”だ――」
自らドレスをたくし上げて挑発するエリスと、膝を折って太腿に牙を立てるアレス様……!
声が我慢できなくなるほどの甘い吸血と、その後に手際よくドレスを脱がせて自分の大きめパジャマを着せ、抱きしめて眠るアレス様……甘さと色気の過剰摂取で書いた全私が爆発しました笑
そして翌朝、スリットからギリギリ隠れる位置に噛み痕を残されていたことに気づき、「その所業が変態的で引くわー」と頭を抱えるエリスちゃん笑
「今日の社交界、覚えてろよ!」と意地を張るエリスと、余裕の笑みを浮かべるアレス様! いかがだったでしょうか?
【✨️お知らせ&おまけ!】
今回、本編ではなんとか(?)ギリギリ理性を保った(あるいは計算通りだった)アレス様ですが……
「もしもあの夜、アレス様が我慢できていなかったら?」
という幻のIFルート【第44話 アレスが我慢できなかったVer.】を活動報告に公開しました!
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/3011668/blogkey/3692749/
お姫様抱っこからのベッド叩きつけ、逃げる足首を捕まえられての両太腿吸血という、より容赦ないアレス様をお楽しみいただけます(ニヤリ)。
本編を読み終わったあとに、ぜひ活動報告ものぞいてみてくださいね!
【次回予告:第45話「社交界の支度」】
「ア、アレスぅ! 助け……っ!?」
「エリス、諦めろ――そのメイドたちは姉上直属だ」
ディアナお義姉様の最強メイド軍団による、容赦ない社交界のお仕度スタート!
簡易入浴に香油マッサージ、そして――隠しきれなかった昨夜の“噛み痕”がメイドさんに見つかり、エリス大パニック!?
しかし、準備が整いドレス姿となったエリスを目にしたアレスは、静かに一言――。
「……綺麗だ」
次回、第45話! 華やかな装いと、首筋の痕が物語る支配。ついに社交界の幕が上がる――お楽しみに!
「太腿吸血が刺激的すぎた!」「活動報告の我慢できなかったVer.も読みに行きます!」と思った方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!
次回の更新もどうぞお楽しみに!




