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400年後、迎えに来た龍王を私は覚えていない 〜男装騎士団長は記憶喪失の龍の巫女でした〜  作者: 玖条 レイナ
本編

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第四十二話 夜、支配の残響

 ――夜。


 灯りは落とされ、部屋は薄闇に沈んでいた。


 窓から差し込む月光だけが、静かに寝台を照らしている。


 エリスは寝台の端に腰掛けてアレスを待っていた。


 いつもと同じ部屋。

 いつもと同じ寝台。

 いつもと同じ部屋着。


 そして、これからいつもと同じ契約(約束)が履行される。


 アレスはいつも通り、端麗な瑠璃色の瞳を細める。


「……エリス。契約(約束)の時間だ――」


 アレスの長い指がエリスの顎を持ち上げる。


「……ああ、分かっている」


 エリスは顎を持ち上げられながら、菫色の瞳でアレスを見つめた。


 アレスの指が唇に触れる。


「……ッ!」


 昼間の感覚が思い出される。


(――オレは今日、コイツに……)


 人前で触れられた。

 奪われた。

 思考まで崩された。

 

(……全部、残ってる)


 意識しないようにしても、思い出してしまう感触。


 ――完全に負けた。


 その事実ごと、全部消えない。


 エリスはぎり、と歯を噛みしめる。


「……どうした? 顔が赤いぞ?」


 楽しそうに見つめる瑠璃色に、エリスの菫色がカッと見開く。


「だ、誰のせいだと思っている!」


「昼間の続きを期待していたか?」


「はぁ!? お前、性格悪すぎだろ!?」


 その瞬間、もう一段階顎を上に向けられた。


 今にもキスされそうな距離にアレスの顔が近づいてきた。


「……!?」


 エリスは反射的に目を瞑ってしまった。


「……何を期待している? それとも昼間のアレだけでは足りなかったか……?」


「ば、バカにするな!! 誰がそんなの期待するか!! お前は何を言って――」


 言い終わらない内に、ベッドに押し倒されていた。


「なんだ? もう一度言ってみろ」


 アレスの指先がエリスの首筋に触れる。


「……っ」


「なんだ、さっきまでの威勢はどうした?」


 エリスは菫色の瞳でキッとアレスを睨みつける。

 アレスは余裕の表情のまま、エリスの寝間着のボタンに手をかけようとして――


 パシッ――


 エリスがアレスの手を弾いた。


 その行為に一瞬ムッとした表情を浮かべるアレス。


 エリスはアレスを睨み据えたまま、寝間着の第一ボタンに手をかけた。

 エリスの指が、慣れない細かな動作にわずかばかり震える。

 

 ひとつ。ふたつ。

 

 留め具を弾くたび、月光がエリスの肌を白く塗り替えていく。

 

 完全に開かれた襟元をはだけさせる。

 そこには、熱を持った首筋と、白波のように上下する鎖骨があった。

 

「……ほら、好きな所から吸えよ。……『契約(約束)』だろ? オレは逃げないぜ?」

 

 震える声で精一杯の毒を吐き、エリスは自ら喉元を晒してみせた。


 アレスの眉が、一瞬だけピクリと動く。

 

 それは、ほんの僅かな変化だった。


 だが――


 見逃せるほど、今の距離は遠くなかった。


「……随分と殊勝だな」


 低く落ちる声は、いつもの嘲りとはわずかに違う。


「……そうやって誘えば俺が手加減するとでも思ったか?」


「さそっ……! 誘ってなんかない!!」

 

 エリスは顔を真っ赤にして否定するが、視線だけはアレスから逸らさない。


 喉を晒したまま、真正面から見返す。


「……契約、だ」


 短く、それだけ返す。


 強がりでも、逃げでもない。

 ただ、事実として受け入れている声。


 アレスの瞳がわずかに細まる。


「……そうだな」


 ゆっくりとした肯定。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 だが――


 その一言の後、アレスはすぐに動かなかった。

 

(……来ないのか?)


 一瞬だけ思考が揺れる。

 だが、すぐに押し殺して待つ。


 逃げないと決めた以上、この沈黙すら受け止める。


 数秒にも満たないはずの間が、やけに長く感じられた。


 やがて――アレスのしなやかな指が、首筋へ触れる。


 いつもと同じ場所。

 だが、触れ方がわずかに違う。


 なぞるように……確かめるように。


「……っ」


 エリスの息が揺れる。

 無意識に肩が強張りそうになるのを、エリスは意識して押し留めた。


(逃げない――)


 さっき自分で決めたことだ。


  アレスの指が位置を定め、軽く押さえ――固定する。

 

 視線が絡む。

 瑠璃色が、静かに覗き込む。


「……本当に、逃げないんだな」


 確認するような声。


「さっきからそう言ってるだろ」


 即答する。


 震えはまだ残っている。


 それでも、言葉だけは揺らがない。


 その瞬間――アレスの手に、わずかに力が込められた。


 次の瞬間。


  距離が詰まり――


 牙が、沈む。


「――ッ」


 鋭い痛みは一瞬。

 すぐに、熱へと変わる。


 ゆっくりと、確実に吸われていく。


 昨日までと同じ、いつもと変わらない行為なのに――


(……違う)


 はっきりと分かる。


 受けている感覚が、違う。


(ただ奪われているだけじゃない――)


 分かった上で、ここにいる。


 それだけで、全部が鮮明になる。


  息が乱れ、視界がわずかに霞む。


  それでも――


  目は逸らさない。

 逸らせないのではなく、逸らさない。


 エリスは、ゆっくりとアレスの肩へ手を伸ばした。


 触れて、軽く掴む。


 押し返さず

 ただ、そこに在ることを示すように――


 その瞬間、エリスの胸元が、呼応するように淡く熱い光を放った。

 皮膜を透かして溢れるその光は、アレスの吸血に呼応し、二人の境界を曖昧にしていく。

 

 発光と同時に――

 

 吸血の深さがわずかに変わる。

 ほんの一瞬だけ、強くなる。


(……今の)


 確かに、反応があった。


 だが、次の瞬間には、元に戻る。


 支配は崩れない。

 

 ――崩させる気がない。

 

 それが分かる。


  やがて――


  牙が、ゆっくりと離れた。


「……はッ……」


  浅く息を吐く。


  熱が残る。


 脈打つ感覚が、首筋に広がる。


 それでも、視線はそのままアレスを見上げる。


 瑠璃色が、静かにこちらを見ている。


「……分かってきたな」


 低く、静かな声。

 評価とも、確認ともつかない響き。


「……何がだよ」


 息を整えながら、エリスは返す。


 アレスはわずかに目を細めた。


「離れないことだ」


 余計な説明はない。

 短く、それだけを告げる。


 だが――


 意味は分かる。


 崩されても、奪われても。

 それでも、離れない。


 そこからしか、先に行けない。


 昼間に言われたことが、静かに繋がる。


(……ああ)


 理解する。

 頭じゃなく、身体で。


(まだ届かない――)


 だけど、


(ゼロでもない)


「そこから先に進め」


 命令でも、許可でもない。


 ただの事実としての言葉。


 アレスとの距離が離れていく。


 だが、目だけは逸らさない。


 瑠璃色の瞳が、今しがた牙を立てたばかりの首筋の紅い痕を見つめる。


「……なんだよ」


 怪訝な顔をするエリス。


「……思いの外、痕が深く残ったな……」


 指先でなぞられた瞬間、そこだけ、やけに熱が残る。


「っ、誰のせいだと思ってんだ……!

 そもそもお前が目立つところを選んだんだろ!?」


 悪態をつくエリスなどお構い無しに、アレスはエリスの頬に手を添える。


「明日も早い。もう寝ろ――」


「なっ……!」


 アレスはそう言い残すと、スッとエリスから身体を退けた。


 そして、エリスの反対側に回り横になる。


(な、なんて、身勝手なヤツなんだ――!) 


 エリスは襟元を正し、アレスに背を向ける形でベッドに横になる。

 

 エリスは気づいていない。

 氷のように冷ややかな、けれど情熱を孕んだ瑠璃色の瞳が、エリスの全身を観察していることに。


 自覚のないまま、わずかに口角が上がっていた。


(勝てない――)


(支配される――)


 エリスの脳内を、日中の接吻と夜の吸血が交互にリフレインする。

 

(オレだけ、一方的にアイツを意識してるみたいじゃないか!)


 首筋の熱と同じ温度で、唇の記憶が残っている。

 エリスはギュッと目を瞑る。


 

 ――支配は、まだ続いている。

 

 けれど――

 

 その形は、もう同じではなかった。




最後まで読んでいただきありがとうございます!


「……ほら、好きな所から吸えよ。……『契約』だろ? オレは逃げないぜ?」


自ら服のボタンを外し、首筋を晒すエリス!

そして、それに呼応して発光する胸元と、一瞬だけ深くなるアレス様の吸血……!

互いに「絶対に逃げない」と決め、二人だけの“支配”の形が静かに変わり始めた、あまりにも甘く熱い夜でした……!


そして、背を向けたエリスを愛おしそう(?)に観察しながら、無自覚に口角を上げるアレス様……! 完全に狂わされ始めていますね!笑


ですが、昨夜の熱も冷めやらぬまま、翌朝――二人は社交界のドレス試着室へ向かいます……!


【次回予告:第43話「今じゃない」】


「……これ、けっこう目立つな……」


首筋に残された、昨夜の鮮烈な赤。

隠そうとするエリスに対し、アレスは冷徹に(?)、けれど絶対の支配欲を込めて告げる。


「消す必要はない」


さらに、ドレスの裾を持ち上げたエリスの脚元に視線を落としたアレスは、試着室の二人きりの空間で、静かに距離を詰めていき――!?


「……やるなら、やれよ」

「……判断を誤るところだっただけだ」


次回、第43話! 試着室での秘められた攻防と、寸止めの理性の行方は――お楽しみに!


「自らボタン外すエリスちゃん最高!」「アレス様が完全にエリスちゃんに落ちていってる!」と思った方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!


次回の更新もどうぞお楽しみに!

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