↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
400年後、迎えに来た龍王を私は覚えていない 〜男装騎士団長は記憶喪失の龍の巫女でした〜  作者: 玖条 レイナ
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/67

第四十一話 敗北の余韻、支配の味

 ――触れた。

 

 ほんの一瞬で終わるはずの接触が、離れない。

 

(……な……っ)

 

 近すぎる。

 

 視界のすべてが、白銀に塗り替わる。

 

 息がかかる距離。逃げようとした、その瞬間――

 

 顎に添えられた指が、わずかに力を込めた。


 腰にもう片方の手が回される。

 

 逃げ場が、完全に消える。

 視線も、距離も、固定される。

 

(……まずい)

 

 遅れて理解が追いつく。

 

 これはただの接触じゃない。

 

 ――奪いに来ている。

 

 次の瞬間、アレスの唇がわずかに角度を変えた。

 

 触れているだけだったはずのそれが、エリスが空気を求める度に容赦なく侵食してくる。


(――っ)

 

 息が奪われる。

 

 拒絶しようとしたはずの思考が、うまく形にならない。

 

 押し返そうと腕に力を込めるが――届かない。

 

 強く押さえつけられているわけじゃない。

 

 なのに、動けない。

 

 距離も、呼吸も、全部が絡め取られる。

 

 浅く、だが確実に。

 

 呼吸のリズムすら奪われるように、間合いを支配される。

 

 逃げようとするたびに、同じだけ距離を詰められる。

 

 ――主導権が、どこにもない。

 

 

(……っ、やめ……)

 

 言葉にならない。

 

 喉の奥で、音がほどける。

 

 思考が、白く弾ける。

 

 ――支配される。

 

 その感覚だけが、はっきりと残る。

 

 やがて――

 すっと、唇が離れた。

 

「……っ、は……」

 

 空気が、一気に戻る。

 

 乱れた呼吸が、追いつかない。

 

 足元がわずかに揺れ、一歩、下がる。

 

 だが――

 

 倒れない。

 

 ぐっと奥歯を噛み締める。

 

 指先が震えるのを無理やり押し殺す。

 

 視界はまだ揺れている。

 

 それでも――

 

 逸らさない。

 

 瑠璃色の瞳を、真正面から睨み返す。

 

 アレスは、変わらない。

 

 呼吸も、表情も、何一つ。

 

「……これが、“勝つ”だ」

 

 低く、落ちる声。

 

「……っ、は……お前……」

 

 言葉が続かない。

 悔しさと、理解と、熱が混ざる。

 

「隙だらけだ」

 

 淡々と、告げる。

 

「触れられた時点で、お前は“受けた側”に落ちた」

 

 一歩、距離が詰まる。

 

 エリスの背が、わずかに強張る。


 アレスの顔が、再び近づく。

 鼻先が触れそうな距離で、アレスは逃げ場を塞ぐように、耳元で低く囁いた。


「お前のそれは、“選んだ”だけだ」


 残酷なまでに、正確に告げる。 


「俺のは――」 


 また、距離が詰まる。 


「“奪って、縛る”だ」


「――俺から、主導権を奪ってみせろ」


 言葉と同時に強引に顎を掬い上げられた。


 エリスの潤んだ瞳は、アレスの瑠璃色の瞳を睨みつけたまま。

 

「ククク。それでいい――」

 

 その声が、わずかに変わる。

 

「折れてはいないな」

 

 一瞬だけ。

 

 ほんの一瞬だけ――

 アレスの瞳が、細められた。


  


 ――遅れて、世界が戻る。

 


「……は?」


 最初に漏れたのは、呆然とした声。


「ちょっと待ちなさいよ! 今の――」


 『赤』が言葉を失う。


「……完全に、制圧されていますね」 


 『青』が静かに告げる。


 その浅葱色の瞳はわずかに細められていた。 


「主導権どころの話ではない……」


「これは――“支配”です」 


「ふふ……これはこれは……」 


 『黒』が扇子の奥で笑う。


「……あれは反則ですわ」


「え、え、今のってつまり――」


 『緑』が頬を染める。


「……これは、教育としては過激すぎるのでは」


 『茶』が真面目に困惑する。


「すでに“勝負”ですらありません」 

 


 空気が張り詰め、五天星(アステリズム)全員が理解する。 


 これは訓練ではない。 


 ――蹂躙だ。

  


 エリスは動けないまま立ち尽くしている。


 視線を逸らしたいのに、アレスから逸らせない。


 

「……はは」

 

 その中でただ一人、楽しそうに笑う声。 


「いいね……最高だよ、エリス」 


 ディアナだった。


「いいね……実にいい」 


 その視線は、完全に“見抜いた者”のものだった。


「ちゃんと“踏み込んだ”」


 一歩、近づく。 


「でも――」 


 にやり、と笑う。 


「まだ、“踏み抜かれてる側”だ」


「……っ」


 否定出来ない。 


 この差を身体が理解している。


 

「……まだ、終わりじゃないだろう?」


 アレスが静かに告げる。

 


 その一言で、


 空気が再び張り詰めた。

 


 ――逃げ場は、ない。

 ――いや、逃げられない。 


 視線も、距離も、呼吸も――。


 その全てが握られている。


(……なんで)


 自分が何をされたのか、何を奪われたのか、理解している。


 ――違う。 


(奪われた、じゃない) 


(――最初から、“立ててすらいなかった”)

 

 胸の奥に、冷たいものが落ちる。

 

 さっきの一歩も、触れた感触も――。

 

 全部――勘違いだった。

 

 その上から、軽く上書きされた。

 

(……こんなの)

 

 ――勝負ですらない。

 

 言い訳もできないくらい負けた。


 残るのは、どうしようもない“差”だけ。


 ぎり、と奥歯を噛む。


(……悔しい)


 強く、強く、噛み締める。


 逃げたくない。 


 目を逸らしたくない。

 


 でも、身体が追いつかない。 


 指先がわずかに震え、視界が揺れ、呼吸が整わない。

 

(……まだ)

 

 一瞬、折れかける。

 

(でも、ここで引いたら――)


 終わる。


 本当に終わってしまう。


(――“負けたまま”になる)


(それだけは、嫌だ――!)

 


 ぎり、と奥歯を噛み締めて、震えを押し殺す。


 息を吸い、乱れた呼吸を無理やり整える。


 

 そして――


 ゆっくりと視線を上げた。


 真正面から。

 今度は逃げずに、もう一度踏み込むために。 


(――それでも、オレは、お前の隣に立つ)

  


「……まだ、終わらせるかよ」


(……上等だ) 


 かすれた声で吐き出す。

 

 その瞬間、ほんのわずかにアレスの瞳が細まった。 


 さっきまでとは違う視線で見ている。 


 測るように、確かめるように――。


 そして――

 


「……やっと、“立てた”な」


 低く、落ちる。

 

 それは評価であり――

 次の一手への、合図だった。

 


 だが――

 甘さは一切ない。 


「さっきまでは、ただ触れていただけだ」


 事実を突きつける。 


「今は違う」 


 視線が深く刺さる。


「“負けたまま立っている”」 


 逃げ場のない言葉に 

 肯定と否定が、同時に来る。 


 胸の奥が強く軋む。


「それでいい」 


 短く断定する。 


「そこからしか、先はない」 


 静かに。

 だが、揺るがず告げる。


「来い」


 ただ一言。


 命令でも、挑発でもない。 


 

 ――許可。


 

 踏み込むことを、許された。

 

 その事実が、何よりも重かった。




最後まで読んでいただきありがとうございます!


「俺から、主導権を奪ってみせろ」

「……負けたままになるのだけは、嫌だ……!」


五天星すら呑み込むアレス様の圧倒的な“支配”と、どれだけ叩きのめされても眼光を失わず、自らの足で踏み出し直すエリス……!


昼の模擬戦、ギャグからの展開とは思えないほど激アツで胸が苦しくなる攻防戦でした!


「……やっと、“立てた”な」


冷徹に見えて、エリスが自分と同じ高みに立つことを誰よりも待っているアレス様!


ですが――バチバチの勝負の熱が冷めやらぬまま、夜がやってきます……!


【次回予告:第42話「夜、支配の残響」】


「……エリス。契約の時間だ――」


いつもと同じ部屋、同じ寝台、同じ吸血の契約。

しかし、昼間に唇を奪われた記憶と感触が、エリスの全身を熱く焦がす。


「……ほら、好きな所から吸えよ。オレは逃げないぜ?」


自ら服のボタンを外し、喉元を晒すエリス。

一瞬だけ眼光を揺らしたアレスの牙が、ゆっくりと沈み込んでいき――。


「……分かってきたな。離れないことだ」


次回、第42話! 逃げないと決めた夜。重なり合う熱と、変わり始める支配の形――お楽しみに!


「アレス様ドSなのに激アツすぎる!」「エリスちゃんの不屈の精神に泣いた」と思った方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!


次回の更新もどうぞお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。