第四十話 仮想舞踏会・模擬戦
――翌日。
エリスとアレスは、ディアナによってルクサリス帝国・訓練棟に呼び出された。
部屋に入るなり、エリスは目を疑った。
「……なんだ、これは――?」
理解が追いつかない。
いや、理解したくもない状況だった。
「どうしたんだい?」
ディアナが琥珀色の瞳を細める。
「……どうしたもこうしたも、ここにいるのは……」
エリスが目の前にいる綺羅びやかな集団を見回す。
「可愛いだろ? 城内で一番位が高い“貴族のご令嬢”たちを揃えたよ?」
ディアナに紹介されたのは五人の”ご令嬢“。
紺碧の髪を揺らし、『青』のドレスを身につけ静かに佇む令嬢。
黒髪を艶やかに流し、『黒』のドレスに扇子を持った貴婦人。
『赤』のドレス姿で、異常な威圧感を放つ美女。
柔らかく笑う、『緑』のドレスの少女。
落ち着きのある『茶』のドレスを着用する女性。
――誰もが見覚えしかなかった。
「いや、揃えたって言うかソイツら五天星だろ?
オレが聞きたいのはどーしてそんな恰好なんだと聞いているんだ! それにそれどうやってるんだ? 魔術か? 魔法道具か?」
するとディアナはコロコロと玉のような声で笑った。
「エリス。やはりキミは面白い。
アレスの剣ではなくて、ボクの剣にならないかい?」
ディアナの言葉に『青』のドレス姿の令嬢がピクリと反応する。
それと同時にアレスが一歩前に出る。
「姉上。貴女にはファイという剣がいるだろう?
これ以上、剣を増やしてどうする。
……俺と戦争でもしようとしているのか――?」
「おやおや。そんなに怖い顔をしないでおくれ。
冗談だよ、じょーだん」
ディアナは「ふふっ」と笑ってみせた。
「この空間もリーベルの魔術だろ」
アレスが黒髪の令嬢を睨む。
「……そうだよ。この空間はリーベルの刻印魔術の応用さ」
リーベルの代わりにディアナが答える。
「……陛下、お赦し下さいませ。
幼馴染のディアナ様のお願いを、無下に出来なかったのです……」
よよよ、とドレスの袖を目元に持っていき、泣きマネをするリーベル。
「……お前、めちゃくちゃ楽しんでるな」
エリスがすかさずツッコミを入れた。
「エリス様! エリス様も着替えて下さいな!」
『緑』のご令嬢が一歩前に出て、可愛く首をを傾ける。
「え? 着替えるったって――」
エリスの言葉が終わらないうちに、リーベルが黒いドレスの端を掴んでお辞儀をする。
「それでは、僭越ながらわたくしの魔術でお召し替えさせていただきますね」
――タン!
リーベルがヒールを鳴らすとエリスの白い軍服が一瞬で紫色のドレスに変わる。
「な、ななな……!」
「それとも、こちらの方がお好みかしら?」
――タン!
再びヒールの音。
するとエリスの目線が上がる。
紫のドレスから再度軍服へ――。
ただし白い軍服はスカートではなくパンツスタイル。
肩幅が広がり、豊かな胸元は逞しい胸板へと変化していた。
「なっ!」
「アラン様……でしたっけ?
こんな感じですか?」
リーベルはウィンクしてみせた。
エリスは自分の身体の変化に戸惑いが隠せない。
(手が大きい……! まるで本当に“男”になったみたいだ……!)
「……リーベル、遊びすぎだ。
ドレスに戻せ――」
アレスの不機嫌な声が響く。
「おや? 折角こんな可愛い令嬢たちが揃っているんだ。エリスは“男装”の姿の方が面白いと思ったんだが……」
残念そうに言うディアナを、アレスは瑠璃色の瞳で睨みつける。
「リーベル。アレスが嫌がっているからドレスに戻してあげて」
「――承知いたしました」
――タン!
音と共にエリスが再度、紫色のドレスを纏う。
「…………このドレスは、誰の趣味なんだ?」
「あはは。いいね、エリス。そうこなくちゃ――」
ディアナが手を叩いて喜ぶ。
「やっぱりキミは面白い」
(……ディアナがこんなに喜ぶとは……)
エリスとディアナのやり取りを見て、ファイは思うのだった。
「……いい加減、待っているだけでは飽きてきましたわ」
ディアナの会話に割り込むように『赤』のドレスの令嬢が口を開く。
「……ルベウス卿。お前まで殿下、……ディアナお義姉様の“遊び”に付き合うのか?」
「当たり前です。合法的にヴァイオレット・レイスを叩き潰せるのです。
こんな愉快な事はありませんわ」
(うわぁ、こいつもノリノリだ――)
「……ところでその女装は自分の理想の姿だったりするのか――?」
「はぁ!? んなわけねーだろ!?
俺の理想は物静かで慎ましいタイプの女性だ!!」
(誰もそこまで聞いてないんだけどな――)
「残念だけど、今回の見た目のプロデュースは全てボクだよ。
でも、“理想の異性の姿”も面白そうだ。次回はその方向性でリーベルに術式を組んでもらうよ」
「仰せのままに」
「勝手に話を進めんじゃねえ! 次はやらねぇからな!!」
リュケイオスの叫びが響き渡る。
「エリス嬢……。いえ、エリス様。今回はエリス様の社交界での振る舞いを学ぶ場だと拝聴しました。
このサトゥル・ブロイン。全力で令嬢を演じましょう――」
『茶』のドレスを翻し、軽やかにお辞儀をするサトゥル。
「ブロイン卿……。真面目すぎる――」
「……ディアナ、そろそろ――」
ファイがディアナに声をかえる。
「あぁ、そうだね――。
さあさあ、これで役者が揃った。リーベル、始めて」
「はい。ディアナ様」
リーベルは再度スカートを持ち上げお辞儀をする。
そしてヒールを二回鳴らした。
――タン! タン!
すると空間が歪んだ。
床が広がり、壁が変わり、燭台に光が灯った。
訓練場が消え、代わりに現れたのは――
豪奢な広間に無数の視線。
貴族たちのざわめき。
「仮想舞踏会・模擬戦会場、ってところかな?」
リーベルが静かに言う。
「ここでやるよ」
ディアナが淡々と告げる。
「……え?」
「ルールは簡単」
ディアナの言葉を飲み込めないエリスをよそに、ディアナは続ける。
「“勝てばいい”」
「方法は問わないよ」
「会話でも――」
「立ち振る舞いでも――」
そして――
「関係性でもね」
ディアナの琥珀色の瞳が細まる。
「――始めようか」
✕✕✕
――ゲーム開始。
ざわめきが広間を満たし、無数の視線が一斉にエリスへと向けられた。
(……来る)
直感だった。
「随分と場慣れしていないようですわね。
社交界は初めて?」
最初に動いたのは『赤』。
優雅にドレスの裾を揺らしながら、一歩踏み込む。
「それで、ここに立つおつもりですの?」
「……っ」
圧が強い。
視線だけで押し潰してくる。
「姿勢も甘いですね」
続いて『青』。
冷静に、正確に射抜いてくる。
「視線が定まっていませんね。誰を見ているのですか?」
「お可哀想に」
くすり、と笑う『黒』。
扇子で口元を隠しながら、楽しそうに覗き込む。
「もう“見られている側”ですよ?
自覚はあるのかしら?」
「ねぇねぇ」
距離が近づく。
いつの間にか『緑』が腕に触れていた。
「今どきどきしてる?」
「――っ」
一瞬遅れて反応する。
その一瞬に空気が変わる。
「今のは失点ですね」
『青』が淡々と告げる。
「完全に“受けた側”です」
「貴女、弱いわね」
『赤』が鼻で笑う。
「その程度で崩れてしまうのかしら?」
「通常であれば、その反応は致命的です」
『茶』が静かに追い詰める。
「社交の場では、感情の揺れは全て“情報”になります。
本番ではお気をつけ下さい」
「…………ッ!」
(……このままじゃ、負ける)
はっきりと分かる。
囲まれている。
視線も、距離も、言葉も――全部。
受けているだけでは、削られて終わる。
(ちゃんと返さないと――!)
思考が、一瞬で“戦闘用”に切り替わる。
(じゃあ――どうする)
(時間はない)
その時。
「――観察は終わりですか?」
氷のような低い声が空間を支配した。
静かに、しかし確実に空気を変える声。
振り向くとそこには――
白銀の令嬢がいた。
圧倒的な美しさ――
容姿、存在感、言葉遣い、立ち振舞、姿勢……どれをとっても誰よりも完成された令嬢。
「……アレス」
自然と口からその名が溢れた。
「そうだ」
アレスはゆっくりとエリスに歩み寄る。
瑠璃色の瞳と菫色の瞳が絡む。
「それでは勝負にすらなっていない――」
「…………そんなことっ!」
(そんな事、言われなくても分かっている――)
このままでは勝てない。
今のまはまでは、圧倒的に“何か”が足りない。
(なら――)
――“選ぶ側”に立て。
エリスは一歩踏み出し、アレスとの距離を詰めていく。
空気が変わり。
誰かが息を呑む。
(今、この場を支配しているのは――)
(間違いなく、アレスだ)
(なら、そこを奪えばいい)
だから。
そこを取る。
逃げない。
逸らさない。
真正面から踏み込む。
エリスはアレスの前に立つ。
瑠璃色と菫色が、ぶつかる。
エリスの唇が少しだけ震えた。
それでも、止めない。
「なら――」
(逃げるな)
(選べ)
(――奪え!)
――エリスはつま先立ちになり、アレスの頬に口づけた。
静寂。
音が消え、視線が一点に集まる。
「――関係性で、奪う」
言い切る。
逃げない。
逸らさない。
――だが。
「……それで、“勝ったつもり”か?」
低い声が落ちた。
エリスはぞくりと背筋が粟立つ。
――ほんの一瞬だけ、アレスの瞳が揺れた。
だが、目の前の“令嬢”はわずかに笑う。
その一瞬で、空気の主導権が完全に奪われた。
「それでは足りない」
氷の令嬢は、静かに断定する。
「社交界は――奪い合いだ」
一歩、距離が詰まる。
近い。
さっきより、近い。
(――まずい)
分かっているのに動けない。
「……教えてやる」
逃げ場を塞ぐように
アレスの指が、エリスの顎に触れた。
視線が逸らせない。
「“勝つ”というのは――こういうことだ」
逃げ場は、もうなかった。
そして――
アレスは、エリスの唇に口づけた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
「……この見た目は自分の理想の姿だったりするのか?」
「んなわけねーだろ!! 俺の理想は物静かで慎ましいタイプの女性だ!!」
いや誰もそこまで聞いてないよリュケイオスーーー!!笑
五天星のノリノリすぎるドレス姿といい、サトゥルの真面目すぎる女装といい、ツッコミが完全に追いつかない「仮想舞踏会」でした!
しかし、そんなカオスな空間を一瞬で支配したのは……白銀の爆美女として現れた、アレス様!!
エリスの頬キスへの返し、あまりの容赦なさ、どうでしたか……!?
そして次回、その「容赦なさ」はさらに加速します!!
【次回予告:第41話「敗北の余韻、支配の味」】
「……教えてやる。“勝つ”というのは――こういうことだ」
逃げ場のない距離。奪われる呼吸と主導権。
五天星すら圧倒されるアレスの絶対的な“支配”に、完全に叩きのめされるエリス。
「俺から、主導権を奪ってみせろ」
強烈な差を突きつけられ、心が折れかけるエリスだったが――その眼光は、まだ死んでいなかった。
『――負けたままになるのだけは、嫌だ……!』
次回、第41話! 圧倒的な敗北と、その先にある覚悟。お楽しみに!
「五天星の女装に爆笑した!」「爆美女アレス様がドSすぎて最高!」と思った方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!
次回の更新もどうぞお楽しみに!




