第三話 龍王の執念
「龍の巫女、か……」
それは、龍王アレスがリミナ侵攻を決める数週間前のこと。
ルクサリス帝国、王の執務室にて。
白髪に瑠璃色の瞳を持つ皇帝――アレスは、腹心のリコから報告を受けていた。
止まったペン先から、インクが一点に滲む。
「……信憑性は」
「今回は当たりっぽいよ。その巫女、自分の血でドラゴンを従わせるらしいんだ」
リコの言葉に、アレスの瞳が微かに揺れた。
「ファイ、リーベル。リミナを調べろ」
✕✕✕
数日後。執務室の机には、膨大な資料が並べられていた。
「リミナは十年前までは無名の小国だったが、ここ数年の躍進は異常だ」
冷静に分析を述べるのは、浅葱色の瞳を持つ軍師・ファイ。
「どうやら、ドラゴンを『支配』できる力を持つ者がいるようだ」
「人間が、ドラゴンを?」
リコの声に、わずかな嫌悪が混じる。
アレスは黙って資料に目を落とす。
「……やはり南か」
アレスが、ぽつりと呟いた。
「おや、何かご存じで?」
墨色の瞳に薄笑いを浮かべたリーベルが問いかけた。
「四百年前。……俺があいつを封じたのも、南だった」
室内の空気が、一瞬で凍りついた。
ファイが資料の一枚をアレスに差し出す。
そこには、リミナが近隣諸国からドラゴンを密猟し、家畜同然に扱っているという惨状が記されていた。
「――これは、罰を与える必要があるな」
アレスの低い声に、三人の腹心たちが居住まいを正す。
それは皇帝としての宣戦布告であり、一人の男としての「執念」の始まりだった。
✕✕✕
リミナ侵攻当日。
白龍に跨り、黒い外套を翻したアレスが全軍を見下ろす。
「これは、我らが誇り高き龍族の尊厳を取り戻す戦いである!」
兵たちの歓声が地を揺らす。だが、アレスの瞳は軍勢の誰一人として映していない。
(待っていろ、エリス。今度こそ――)
皇帝の号令とともに、数多の龍騎兵が南へ飛び立った。
先頭を駆けるアレスの白龍を、腹心たちが必死に追いかける。
「アレス! 国境までは通常十日はかかる。焦るな!」
「三日で行く。ついて来い」
「無茶だよぉ! 僕たちは陛下と違って休みが必要なんだよ!」
「あいつ、エリスのことになると周りが見えなくなるからな……。世話の焼ける弟分だこと」
軽口を叩きつつも、リーベルたちは黒龍を急かした。
四百年前。
アレスがエリスを封じ、そして十年前、その封印が解けた瞬間に彼女は消えた。
(十年……)
(どこにもいなかった)
✕✕✕
――そして、戦場での邂逅。
菫色の瞳を見た瞬間、呼吸が止まった。
龍の紋章を見た瞬間、全てを理解した。
(ああ、いた)
四百年。ようやく、見つけた。
――だが。
その瞳は、俺を見ていない。
俺を、知らない。
許さない。
俺ではない誰かのために剣を振るい、血を流し、そして笑う。
(……違う)
俺の番は、俺の隣でしか、笑ってはならない。
守るために、俺が封じた。
奪わせないために、俺が隠した。
ならば――今度は、俺が奪う。
運命など抗わせない。
――お前は、最初から俺のものだ。




