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第二話 番の紋章

「帰ったばかりで悪いな、アラン」


 緑龍に騎乗したアランが王城に着くとカイが声をかけてきた。


「いや、問題ない。これがオレの仕事だ」


 緑龍からフワリと降りたアランはカイと向かい合った。


「……エリスとは会えたか……?」


 カイがおずおずと尋ねる。

 アランはポケットから小さな小瓶を差し出した。


()()()の血だ」


 カイが目を丸くしてその小瓶を受け取る。


「お前も騎龍で出るんだろう? エリスが『婚約者様が心配』だからと、オレに持たせた」


「……エリス……!」


 カイは受け取った小瓶に愛おしそうに頬ずりする。


「急な招集で数が足りなくてな。……これはオレとお前だけの御守だ」


 アランは自分の首の小瓶を軽く掲げる。

 カイに渡したものとは違い、中身はただの色水だ。


 エリスの血は――龍すら従わせる。


「危なくなったらその血を自分の騎龍に与えるもよし。相手の龍に投げるもよし……だ」


 アランはニカッと笑ってみせた。

 アランの笑顔になぜかカイが赤くなる。


「アラン……! エリスがいてくれて本当によかった」


「何を言っている――?」


「はっはっは! 今、お前の笑顔が天使に見えた! エリスがいなければ、俺はお前が女ならいいのにと悶々と考えるところだったぞ!」


 カイはアランの肩に腕を回す。

 ——同じ目線に立つための細工に、気づく者はいない。


「アラン……、お前、エリスと同じ花の匂いがするな……」


「ははは、さっきエリスの部屋に入ったからだろうな」


「なるほどな、俺も早くエリスに会いたいな……」


 カイはアランの肩に腕を回しながら目を細めるのであった。


✕✕✕


「龍王アレスは国境沿いに軍を展開している」


 この情報を元に、アランたちリミナ王国騎士団の精鋭部隊が前線に駆り出される。


 敵、味方区別がつかない程の飛龍が飛び交う深い森。硝煙と血の匂いが立ち込める戦場中央の上空。


 本能が告げていた。

 

 ――勝てない。

 

 リミナ王国の若き騎士――アランは、

 白龍に跨がる白髪の男を前に、死を悟った。


 漆黒の外套を翻し、瑠璃色の瞳で自分を射抜く男――龍王アレス。


(龍王……!)


 アランは、自分に続いて上空に駆けてきた部下たちを下がらせた。

 ——そうせざるを得なかった。


 緑龍たちは、白龍を前に軒並み戦意を喪失していた。


(……格が違う)


 いや――あれは、同じ“生き物”じゃない。


 上空にアランの緑龍とアレスの白龍が睨み合いをしている。


「オレは、リミナ王国騎士団長のアラン・オルタディアだ! 龍王、貴様の首、もらい受ける!」 

 

「……リミナの翅蟲(はむし)が。

 どうやってその緑龍を手懐けた……? 龍は本来、自分より格上の(相手)とは決して戦わない」


 アレスが放つ圧倒的な覇気に、アランは息を呑む。


「……それなのに、お前の緑龍は我が白龍を前に怯むことなく牙を立てている。これは賞賛に値する事実だぞ?」


 「ククク」と低く笑うアレスの瑠璃色の視線が、アランを値踏みするように見据える。


「…………ッ!」


「だが、()が違いすぎる。その蛮勇は命を捨てる行為だぞ、緑龍よ――」


 龍王アレスは、アランではなく、アランが騎乗している緑龍に話しかける。


 その瞬間、アランの緑龍がアレスの白龍に噛み付くように迫った。


「おい! 何をしている緑龍!! オレの()()()を聞け!!」


 アランは必死に緑龍をなだめるも、緑龍と白龍はまるで円を描くようにお互いを追いかけ攻撃の機会を伺っている。


「……クソッ!」


 アランが緑龍を鎮めるために、自分の血を流そうと剣を握った瞬間。


 アレスの白龍がアランの緑龍に体当たりをして、アランと緑龍は地面に叩きつけられた。


「ぐはぁッ!」


 地面に叩きつけられた衝撃で、アランは緑龍から転げ落ちる。


「おい、緑龍! 大丈夫か!? 今オレの血を――」


「お前の血がどうかしたか――?」


 木陰の向こう側に龍王アレスと白龍が静かに舞い降りる。


「くッ……龍王、アレス……」


 アレスの瑠璃色の瞳がアランを捕らえる。その「獲物」を見つけたような瞳孔に、アランの身体は金縛りにあったように動かなかった。


 一歩、また一歩。龍王アレスが近づく。

 アランは剣を構えた。


 距離がどんどん縮まり、お互いの間合いに入った瞬間――二つの影が同時に動いた。


 アランはアレスに剣を突きつけるが、アレスはそれをヒラリと躱し、背後からアランを狙う。


 数回剣を撃ち合い、アレスは違和感を感じていた。


(なんだ、この動きは――) 


「人間にしてはなかなかやるが――、それでも遅い!」


 その声を合図にアランの剣は、アレスの一撃であっさりと弾き飛ばされ、宙を舞って木の根元に突き刺さる。


「っ……!」


 アランは、即座に体勢を立て直そうとしたが遅かった。


 アレスはアランの鎧に鋭い蹴りをいれる。

 

 衝撃と共にアランの身体が浮き、背中から大木に叩きつけられた。


「カハッ……!」 


 鈍い音とともに、アランの胸元の鎧がひび割れた。  

  

 アレスはアランにとどめを刺そうと近づき、そして停止する。


 ひび割れた鎧の隙間、その内側――

 わずかに覗いた布越しに、熱がある。

 

 アレスは無造作に手を伸ばすと、アランの兜を掴み上げ、大木へと叩き付けた。


 ガシャアァァッ!!


 凄まじい衝撃と共に、アランが被っていた鉄の兜が砕け散る。

 中から現れたのは無造作に結ばれた藤色の髪と、恐怖に震える菫色の瞳だった。


 菫色と瑠璃色が、ぶつかる。

 その瞬間、アレスの世界が停止した。

 

 ――四百年前。

 炎の中で、確かに見たあの色。


「……ッ……!」

「……お前――」


 アレスの声が、一瞬だけ揺れた。彼は動揺を隠すように、アランの胸元を覆う重厚な鋼の胸当てに手をかける。


「やめろ……! 離せ……ッ!!」


 アランは必死に抵抗し、アレスの拘束を振り解こうとする。だが、アレスの指先に込められた龍の魔力が、鋼の鎧を紙細工のように無造作に引き裂いた。


 バリッ、と嫌な音が響く。


 鎧は弾け飛び、その下に着込んでいた軍服までもが、アレスの荒々しい手によって無残に破り捨てられた。


「くっ……!」


 冷たい戦場の空気が、露わになったエリスの白い肌を撫でる。それは、男のものではない、身体の線。


 そして。


 熱に浮かされるように、胸元の皮膚に、淡い光が滲み出る。


 ――龍の紋章。


「……お前が、噂の()()()()か……?」


 心臓が跳ねる。


「……だったら、どうする!」

 

 エリスは龍王アレスの瑠璃色の瞳を睨み返した。

 だが、アレスはそんな事はお構い無しに、エリスの左胸の上――心臓の鼓動が伝わるその場所に釘付けになっていた。


 喉が焼けるように熱い。

 叫びたい。抱き締めたい。

 だが龍王の喉から漏れたのは、冷たい吐息だけだった。


 喉が掠れる。

 

「……やっと」

 

「見つけた」 


 この時を待っていた。

 ——そんな生易しい言葉では足りない。


「貴様……! 何を言って――」


 エリスの言葉はアレスによって遮られた。 


 アレスの手が、エリスの瞳を覆う。抗おうとする彼女の耳元で、抗えない囁きが落ちる。


「眠れ。……次は、暖かい寝台の上で会おう」


 その言葉と共に、エリスの意識は深い闇へと突き落とされた。


 意識が沈みきるその直前、

 エリスが最後に見たのは――悲しそうな瑠璃色だった。

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