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第一話 二つの名を持つ者

「リミナ王国騎士団、アラン隊の帰還ですッ!」


 ――英雄の凱旋に、王都が揺れた。


 伝令兵の声が響き渡ると、王都の目抜き通りを埋め尽くした民衆から、地響きのような歓声が上がった。  皆がその姿を一目見ようと身を乗り出す。


 隊列の先頭を行くのは、一頭の飛龍ワイバーン

 

 その背に跨る小柄な騎士こそ、若干十六歳にして騎士団長の座に登り詰めた天才――アラン・オルタディアだった。


「……相変わらず、すごい騒ぎだな」


 兜の奥で、アラン――エリスは小さく息を吐いた。

 男装の正体を隠し、剣を取って数年。

 没落しかけたオルタディア家を支えるためだった。

 

 何百回、何千回――いや、もう数えていない。

 “エリス”を殺し、アランとして剣を振るう日々。

 

 今や彼女は、王国最強の『龍騎士』として、国民の希望の象徴となっていた。


 彼女が操る剣は、凶暴なドラゴンすら、悲鳴を上げる間もなく斬り伏せる。

 

 そして何より、誰もが驚嘆するのはその『龍を御する力』だ。気性の荒い龍たちが、彼女の前ではまるで忠実な犬のように首を垂れる。


(……オレに、そんな大層な力があるわけじゃない。ただ、龍たちが妙に懐いてくれるだけなんだけどな)


 そんな内心の呟きは、誰にも届かない。


 民衆の歓声に応え、右手を軽く上げたアラン。その菫色の瞳は、戦果を誇るためではなく、ただ静かに、冷徹に、次の戦場を見据えていた。


✕✕✕


 凱旋パレードを終え、アランは王宮のバルコニーで兜を脱ぎ、一息つく。

 兜からは無造作にひとまとめにされた藤色の長い髪が姿を現した。


「見事な凱旋だったな、アラン!」


 背後から声をかけてきたのは、リミナ王国の第一王子カイだった。

 カイは群青色の髪を揺らし、アランに近づいてくる。


「……カイか。からかうのはよしてくれよ」


  アランは苦笑し、無造作に髪をかき上げる。カイはアランの肩を叩き、親友として屈託のない笑みを向けた。


「お前がいればこの国は安泰だ」


 ――その言葉に、ほんの一瞬だけ“引っかかり”が残った。


(……本当に、そうか?) 


「……ああ、そうだ。お前の妹――エリス嬢にも、この勝利を伝えてやってくれ。彼女は体が弱くてパレードも見られなかっただろうからな」

 

「……ああ。伝えておくよ」


 自分のことを「妹」と呼ばれ、胸の奥が少しだけ痛む。

 カイはエリスの婚約者だが、二人が会う時は常にエリスは「病弱な巫女」を演じている。

 カイが恋しているのはその幻想であり、今隣で肩を並べている「親友」がその正体だとは、夢にも思っていないのだ。


「悪いな、アラン。お前の妹を幸せにすると約束したのに、俺はいつもお前に守られてばかりだ」

「気にするな。……オレがやりたくてやってることだ。――エリスも、お前と会えるのを楽しみにしているようだからな」


 アランは自分の「婚約者」に向かって偽りの笑顔を向ける。

 カイはアランの言葉に満足したように頷くのであった。


(カイ、お前がオレの正体を知ったら、どんな顔をするんだろうな……) 


✕✕✕


 王宮での報告を終え、アランはオルタディア家に一週間ぶりの帰還を果たした。


 誰もいない自室に戻り、ようやく重い鎧を脱ぐ。

 晒し布を解き、無造作に結い上げた髪を解く。そして騎士の服から、病弱な巫女――エリスとして白いドレスに着替えるのだ。


 エリスには、六歳までの記憶がない。


 気づけば、オルタディア家にいた。

 気づけば、“龍の巫女”として祀られていた。


 ――そして今は、

 “騎士アラン”として剣を振るっている。


(本当のオレは――どっちなんだ)


(“アラン”か、それとも“エリス”か) 


 巫女装束に着替え終えたエリスは鏡に映る自分を、見つめる。

 

 その時、伝令が飛び込んできた。


「報告! 帝国軍が国境を突破! 率いるのは――龍王アレスです!」


「なんだと! なぜ龍王自ら我がリミナに攻め込む!?」


 エリスは脱いだばかりの鎧に手を伸ばした。


 鏡に映っているのは『病弱な巫女』ではなく、『騎士アラン』の顔だった。


 庭先に繋ぎ止めている緑龍が龍王アレスの存在に怯えたような、何かを感じ取り不安を漏らすような声を出す。

 エリスが窓から緑龍を一瞥すると、緑龍はエリスの視線に気づき(かしず)くのだった。


(龍王アレス……、お前は何者なんだ……?)


 龍王アレスの名を呟いた瞬間――胸の奥が、疼いた。


 まるで――

 忘れているはずの“約束”が――

 無理やり、引きずり起こされる。

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