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400年後、迎えに来た龍王を私は覚えていない 〜男装騎士団長は記憶喪失の龍の巫女でした〜  作者: 玖条 レイナ
本編

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第三十五話 侵食の境界

 ――異常は、唐突に始まった。


 皇帝私室の前に立つサトゥルは、わずかに眉をひそめる。


「……寒いな」


 石造りの廊下。

 本来であれば一定に保たれているはずの温度が、じわりと下がっている。


 肌にまとわりつくような冷気。

 それは自然のものではない。


(――まるで、“内側から”滲み出ているようだ)


 サトゥルは静かに扉へ視線を向けた。


「……」


 異常な静けさ。

 瞬時に触れていい類のものではないと判断する。


 サトゥルはノックの代わりに手をかざし、防護術式へ干渉を試みる。


「――なに……?」


 確かに存在するはずの結界が、“あるのに触れられない”。


 いや――


「……重なっている、のか」


 空間が二重化している。


 この部屋の“表層”と、その奥にある“もう一つ”。

 まるで、別の世界が重なっているかのように――。


 その時。


 ――ぴちょん。


 水音が聞こえる。

 だが、床は乾いている。


 音だけが、存在していた。 


 ――ぴしり。


 微かな音が走る。


「……!」


 視界の端。

 何もない空間に浮かび上がる、細い亀裂を捕らえる。


(ありえない、あってはならない――)


 空間そのものがひび割れ

 その隙間から――ぬるり。と、黒い“何か”が覗いた。


「……っ」


 即座に一歩引き、構えるがそれはそれは一瞬で消えた。


 まるで、“見せつける”ように――。


「……中で、何が起きている……」


 低く呟くが返答はない。

 だが、確信だけが深まっていく。


(これは防御ではない)


「外からは干渉できる類のものではない――」

 

「……陛下、失礼します」


 サトゥルは扉に手をかけ力を込める。

 だが、びくともしない。


 それどころか――


「……遮断、されている……?」


 物理的な扉ではない。


 “外側”という概念ごと、拒絶されている感覚。


 サトゥルの瞳が鋭く細まる。


「……ならば――」


 拳に魔力を込める。


「壊すまで――」


 振りかぶったその瞬間。


 ――視界が歪んだ。


 


 ほんの一瞬だけ。


 扉の向こうが“見えた”。


 


 崩れかけた空間。


 沈み込む床。


 そして――


 何もない中心で、対峙する二つの影。


 


「……陛下……!」


 拳が止まる。


 そして、理解した。


 これは“閉じ込められている”のではない。


 ――意図的に閉じている。


 

✕✕✕


 

 ――境界の内側。

 


 空間は既に崩壊しかけていた。


 ひび割れ、歪み、軋む世界。


 

 その中心で。

 


 アレスとカイが対峙している。



 ――ドンッ!!


 アレスの一撃が、カイの身体を吹き飛ばす。


「……ッ!」


 カイは空中で体勢を立て直し、着地する。

 だが、その足元は――僅かに沈んだ。


(重い……?)


 違う。


 圧が違う。


「……なるほど」


 カイが低く笑う。


「これが、“龍王アレス”か――」


 対するアレスは、一歩も動いていない。


「理解が遅いな」


 次の瞬間、アレスの姿が消える。


「――ッ!?」


 視界から消えたその直後。


 ――ゴンッ!!


 背後から鈍い衝撃が放たれ、カイの身体は地面に叩きつけられる。


「ぐ……ッ」


 息が詰まる。

 ただ速いだけではない。


(“認識の外側”から殴られた)


「その程度で、俺に触れたつもりか――?」


 圧倒的なまでに見下ろす瑠璃色の瞳。


 

 だが、カイは笑った。


「……いいな、それ」


 ぐしゃりと、自分の顔を歪める。


「壊し甲斐がある――!」


 その右腕が脈打ち、

 黒が濃くなり、空間がざわつく。


(……来るか)


 アレスの瞳が細まる。


 その時。


 カイの動きが、ピタリと止まった。


「……ん?」


 ぽつり、と。


 間の抜けた声が響く。


 

「……いない?」


 一歩、下がる。


 視線が揺れる。


「……なんでだ?」


 さっきまで確かにあった“気配”。


 エリスの“核”。


「……エリスが、見えない?」


 ざわり、と空気が歪む。


 今までの殺意とは別のもの。


 焦燥、苛立ち。


 そして――


 執着。



「……ようやく気づいたか」


 アレスが低く言う。


「最初から届いていないのだ」


「……なんだと?」


「お前が触れられる場所に、あいつはいない」

 

 一瞬の静寂後。


 カイの顔が、怒りに歪んだ。


「……エリスはどこにいる!」


「見えないのではない」

 

「届いていないだけだ」


「結局、お前もエリスを奪(・)っ(・)て(・)いるじゃないか!」


 カイの瞳が揺れる。 


「何を言う。

 あいつが選んだのは、俺だ」


「——奪ってなどいない」


 カイの言葉にすかさずアレスが応戦する。


「アランの正体も見抜けなかったお前が……、

 エリスの何を知っているというのだ?」


 冷静な瑠璃色の瞳に熱が宿る。


「俺は……! 俺にはアランと! エリスと過ごした十年がある!!」


 カイは手を握りしめ、アレスに負けじと応戦する。


「たかだか会って数週間のお前とは、過ごした年月が違うんだよ……!!」


「……ほう。では聞こう。

 お前には、エリスの本当の価値が分かるのか?」


「エリスの――、本当の瞳の色を知っているのか!?」


「何を! 俺だってエリスの血が龍を支配する事くらい知っている!

 エリスは! 俺のエリスは始めから澄み切った菫色の瞳をしていた――!!」


 カイの叫びに、アレスが口元を歪めた。


(……ああ、やはりお前はその程度か)


「たかだか十年一緒にいれただけで勘違いをしているようだな……」


「何を――!?」


「……エリスは、俺の領域にいる。

 お前ごとき翅蟲(はむし)にこれ以上触れさせん――」


 アレスの全身から白い魔力が溢れ出す。


「この場は、最初から俺が閉じている」

 

「お前が入り込んだ時点で、終わっていた」

 


「……そこまでやるかよ」


 カイはポツリと呟いた。


(完全に隠された――)


(これじゃあ、触れない――)  

 


『今は引け――』


 カイの頭の中で声が聞こえる。


『不完全なお前では、龍王は倒せない――』


『お前の目的はなんだ? 龍王を倒すことか? それとも――』      


「……はは」


 声が、掠れる。


「……ははは……!」


 乾いた笑い声が響く。


「俺としたことが、大切な目的を忘れていた――」


 ぽつり、と呟く。


「エリスに触れないんじゃあ、お前と戦って(やって)も意味がない」


 その瞬間。

 カイの気配が爆発的に膨れ上がり、空間を乱し始めた。


「……ちっ」


 アレスが舌打ちする。


「逃げるのか?」


「知るかよ」


 カイの瞳が、狂気に染まる。


「今、“触ってる”のは――」


 黒が、空間を侵す。


「そっちなんだろ?」

 

 ――ぴちょん。


 どこからともなく、水音が聞こえる。


「これ以上はやめろと言っている」


 アレスの魔力が、膨れ上がる。


 だが――


 一歩、遅い。


「もう遅い」


 カイが笑う。


「次は、そっちで会おうぜ。

 それまではエリスを預(・)け(・)て(・)おいてやる」


(今回は最初から、勝負になってなかった)


(待ってろよ、エリス――。

 次こそはお前を救(・)っ(・)て(・)やるから――!)

 

 次の瞬間。


 空間が縦に裂け、黒が流れ込む。

 ひび割れた空間の裂け目へと――


 カイの存在は、霧のように消えた。

  


 どれだけ手を伸ばしても。


 どれだけ侵食しても。


 


 ――“本物”には、触れられない。


 

「エリス、次こそは俺の『世界』に連れてってやるからな」

 



✕✕✕


 


 ――現実。


 

 パリン。


 

 何かが割れる音がした。



「……来たか」


 サトゥルが構える。 


 次の瞬間。 


 扉が――静かに開き、冷気が流れ出す。


 室内は、何事もなかったかのように整っていた。 


 ――ぴちょん。

 

 だが。


 そこに残る“気配”だけが、異様だった。

 

「……ご無事ですか?」


 低く問う。


 そこには――

 静かに横たえられたエリスと、その傍らに立つアレスがいた。

 

 エリスの胸は上下している。

 だが――目は閉じたままだ。


「……終わった」


 アレスは短く告げる。

 だが、その瞳はまだ冷めていない。

 

 サトゥルは一瞬だけ沈黙し――

 

「……御意」


 それ以上言葉がなかった。 


 ただ。 


 ほんのわずかに残る違和感を、見逃さなかった。 


(……何かが、まだ“外”にいるな)


 ――ぴちょん。


 だが今は追わない。


 戦いは終わったばかりだ。



 そして――



 これは、終わりではない。




最後まで読んでいただきありがとうございます!


「……お前には、エリスの本当の価値が分かるのか?」

「お前ごとき翅蟲(はむし)にこれ以上触れさせん――」


ア、アレス様ーーーーー!!(全米が泣いた大拍手)


「10年一緒に過ごした」と叫ぶカイに対して、「勘違いするな」と一刀両断する圧倒的絶対強者感……! 自分の領域ごと閉じて完全にガードし、カイを追い詰める姿がドSなアレス様、いかがでした?


しかし、捨て台詞を残して消えたカイと、サトゥルが察知した「何かが、まだ“外”にいる」という不穏すぎる気配……。


【次回予告:第36話「残滓の行方」】


「……まだ、か」


戦いは終わったはずだった。

しかし、乾いた室内になおも響き続ける、消えない“水音”。

アレスの白い魔力が空間を辿り、暴き出した「不穏な残留」の正体とは――?


そして、深く沈む意識の底で、エリスが見た“血の光景”。


『――どうして――』


次回、第36話。残された侵食と、予兆。お楽しみに!


「アレス様最高!」「でもここで終わるのは生殺しすぎる!!」と思った方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して、二人の行く末を応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!


次回の更新もどうぞお楽しみに!

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