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400年後、迎えに来た龍王を私は覚えていない 〜男装騎士団長は記憶喪失の龍の巫女でした〜  作者: 玖条 レイナ
本編

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第三十四話 偽りの温度

 ――冷たい。


 エリスは、薄く目を開けた。


 視界はぼやけている。

 だが、背中に回された腕の存在は確かに感じる。


 逃げ場を許さない拘束。


 首元の鎖。


(……戻って……きた……?)

(さっき引きずられたのは……夢だった?)


 そう思ったその瞬間、違和感が走る。


 抱き締められているはずなのに――。


 ――温度が、ない。


 心臓の鼓動すら、伝わってこない。


「……アレス……?」


 呼びかけるも返事はない。


 エリスはゆっくりと顔を上げる。


 そこにいたのは――


「……っ」


 見慣れた顔。


 だが。


 その瞳はどこか濁っていた。


「……どうした?」


 アレスの低い声。


 なのに。


 どこか“粘つく”。


(……違う)


「……お前は……」 


 エリスが言葉を発した瞬間。


 ぐにゃり――と

 アレスの顔が歪んだ。


 皮膚が崩れ、瑠璃色の瞳の色が変わる。


 そして――


「……やっと、触れた」


 そこにいたのは、カイだった。


「…………っ!!」


 エリスの身体が強張る。


 逃げようとするが、腕は外れない。

 むしろ――強く抱き寄せられる。


「……なぁ、エリス」


 カイの声が耳元に落ちる。


 低く掠れていて。

 どこか壊れている。


「もっと早く、こうしておけばよかった」


 カイは、愛おしげにエリスの(うなじ)に顔を埋めた。 


「……っ……やめ……ろ……」


「……アイツは受け入れるのに……

 俺には抵抗するんだな――」


「……なに、を……」

 

「お前を、アイツに渡す前に――」


 ぎり、と。

 抱き締める腕に力がこもる。


「守ってるつもりだったんだ」


「無理なんてさせたくなかったんだ」


「壊したくなかったんだ」


 吐き出される言葉は、言い訳のように重なっていく。


「……でも違った」


 声が落ちる。


「触れなかったのは、“優しさ”じゃない」


「ただの――俺の弱さだ」


 エリスの首筋に、カイは唇を押し付ける。

 ――以前、アレスがやっていたように――


「……ッ!」 


「俺には、アラン(親友)の妹であるお前を――奪う覚悟がなかったんだ……」


「でも……お前が、“アラン”だった」  


 歯を食いしばる音が、すぐ近くで鳴る。


「その“オレ”でいる限り——お前はずっと“アラン”のままだ」 


「……俺の隣にいれば、お前はいつでも“アラン”でいられたのに……」


「……違う……それは……」

 

 エリスは奥歯を噛み締める。


「……エリス、ずっと聞きたかったんだ――

 お前はもう、アイツに全部()()()のか――?」


「はぁ? どういう意味だ!?」


 エリスの菫色の瞳がキッとカイを睨みつける。


「……お前は元々こういう話題は疎かったな――」


「エリス。……お前のその唇も、身体も、心も……

 アイツのモノになったのか?」


「はぁ!? 何を言っている!

 オレは、アレスのものじゃない!」


「――オレが、あいつを選んだだけだ」 


 エリスの言葉にカイは紺色の目を見開き、笑い始めた。


「そうか……それはよかった」


「もう、全部持っていかれたと思ってた」


「無理やりにでも、全部奪っておけば――と何度も後悔した」 


 低く滲むように吐き捨てる。


「だけど、まだ間に合う」 

 

 一瞬の沈黙。


 カイはゆっくりと、顔を上げる。


 その瞳は、狂気と執着で濁っていた。


「今からでも、遅くないだろ」


「………………」 


 耳元で囁かれ、エリスは息を呑んだ。


「壊れてもいい」


「嫌われてもいい」


「それでも――」


 指に力がこもる。


「全部、俺のものにする」


「…………っ」


 カイの指が、首元の鎖をなぞる。

 

 焼ける。

 

 だが――止まらない。

 

「この鎖も、結局は“外”を弾くだけだ」

 

「内側からなら――こうして触れる」

 

 ぞくり、と。

 

 皮膚の内側を撫でられるような感覚が走る。

 

「……やめろ……ッ」

 

「やめない」

 

 即答だった。

 

「さっき、お前が選んだって言ったな」

 

 ぐい、と顔を覗き込まれる。

 

「本当にそうか?」

 

「…………」

 

「守られて、囲われて、逃げ場を潰されて――」

 

「それで“選んだ”って言える?」 

 

 心の奥を抉るように、言葉が刺さる。

 

「……違う……」

 

 否定が、弱い。

 

「違わない」

 

 カイは静かに断じた。

 

「お前は、閉じ込められてるだけだ」

 

 その瞬間――

 

 視界が、歪んだ。

 

 部屋の壁が崩れ、景色が書き換わる。

 

 血の匂い。

 黒く濁った空。

 足元は、ぬかるんだ泥。

 

「……ここは……」

 

「俺の中だ」

 

 カイが囁く。

 

「お前が触れた場所だ」


「傷じゃない。入口だ」

 

 逃げ場は、どこにもない。

 

「ほらな」

 

 腕が、さらに強く締まる。

 

「もう、外じゃない」

 

 耳元で、低く笑う。

 

「全部、繋がってる」

 

 心臓が、大きく跳ねる。

 

(違う……ここは……)

 

 分かっている。

 

 これは“引きずり込まれている”。

 

 それでも――

 身体が、動かない。

 

「……なぁ」

 

 首筋に、冷たい吐息がかかる。

 

「俺の方が、ずっと近いだろ」

 

「……っ」

 

「お前の()にいるんだからな」

 

 その言葉で――

 何かが、崩れかけた。

 

 恐怖じゃない。

 

 もっと、嫌な感覚。

 

(侵されてる……)

 

 境界が、曖昧になる。

 

 自分が、自分じゃなくなるような――。

 

「やめ……ろ……」

 

 声が、震える。

 

「……いい顔だ」

 

 カイが、満足そうに息を吐く。

 

「そのまま、全部壊れてくれれば楽なのに」

 

 指が、手首の痕に食い込む。

 

「ここ、覚えてるだろ」

 

 焼けるような痛み。

 

「最初に()が触れた場所だ」

 

「……っ、くぅ……!」

 

「ここから全部、繋がった」

 

 ぐっと、引き寄せられる。

 

「だから――」

 

 耳元で、囁く。

 

「ここから、全部奪う」

 

 その瞬間。

 

 エリスの視界が、ぐらりと揺れた。


 膝が崩れそうになる。


 意識が遠のく。

 境界がほどけていく。


(……なにが、……正しい……?)

(……これは、本当に“オレの意思”か……?)

(……それとも――もう、書き換えられてるのか……?) 


 一瞬だけ、判断が揺らいだ。 


 ――堕ちる、その一歩手前で。


「……それでも」

 

 かすれた声。

 

 それでも、エリスは震えながら顔を上げた。

 

 それでも。

 

「……オレが選んだことは……変わらない……」

 

 カイの動きが、一瞬だけ止まる。

 

「……まだ言うか」

 

「……オレは……」

 

 息が乱れる。

 

 それでも。

 

「自分で……決めた……」

 

 その言葉に――

 カイの表情がわずかに、歪んだ。

 

「……チッ」

 

 舌打ち。

 

「だったら――なおさら壊してでも、塗り替える」

 

 腕が、さらに締まる。

 

「選択ごと、全部な」

 

 その瞬間。

 エリスの身体が、完全に引き寄せられた。

 

 完全に、――掴まれる。

 

 その瞬間。


「……ようやく、掴んだな」


 ぽつり、と。

 エリスの口から零れた声。


 だが――その声音は、どこか低く。


 冷たかった。


「……は?」


 カイが眉をひそめる。


「さっき――聞いていたな」


 ゆっくりと、エリスの口元が歪む。


「“全部、許したのか”と」


 ぞわり、と空気が変わる。


「……勘違いするな」


 視線が、真っ直ぐにカイを射抜く。


「あいつは、そんな風に“許す”女じゃない」


 その瞬間――


 バチンッ!!


 空間が弾けた。


 偽りが、剥がれる。


「――触れさせるために、ここまで誘導したんだ」


「内側からだと?

 ――浅いな。そんな侵食で、俺を越えられると思ったか?」


 現れたのは。


 最初から全てを見ていたように笑う――


 アレスだった。

 

「チッ……!」


 カイが引こうとする。


 一瞬だけ、その瞳に揺らぎが走った。


 だが――

 

「逃がさん」

 

 逆に、強く握り潰される。

 

 ジュッ――!!

 

 焼ける音。

 黒い鱗が弾け、煙が上がる。

 

「……ッ!?」

 

「触れたな」

 

 アレスの瑠璃色の瞳が冷たく光る。

 

「なら――」

 

 白い魔力が爆ぜる。

 

「ここからは、俺の領域だ」

 

 白い魔力が空間を塗り潰す。

 

 軋んでいた世界が、逆に“固定”されていく。

 

 ひび割れたはずの境界が、まるで最初から存在しなかったかのように修復されていく。

 

「……なにを……」

 

 カイの声に、わずかな歪みが混じる。

 

 その瞬間——

 

 アレスの手が、さらに強く食い込んだ。

 

 ジュッ、と焼ける音。

 

「理解が浅いな」

 

 冷たく、言い放つ。

 

「“内側からなら届く”? 笑わせるな」

 

 ぐ、と引き寄せる。

 

 逃げ場は、もうない。

 

「その“内側”も含めて——」

 

 低く、囁く。

 

「最初から、俺の支配下だ」

 

「……ッ!!」

 

 空間が、びしりと固まる。

 

 カイの動きが止まる。

 

 完全に——拘束された。

 

「お前が触れた場所だと?」

 

 鼻で笑う。

 

「それがどうした」

 

 一歩、踏み込む。

 

 距離を詰めるたびに、カイの存在が軋んでいく。

 

「触れた程度で、奪えると思ったか」

 

 その言葉は、断罪だった。

 

「エリスは物じゃない」

 

 ほんの一瞬だけ、声が“熱”を帯びる。

 

「奪われる側でもない」

 

 そして——確定させる。

 

「自分で選ぶ女だ」

 

 沈黙。

 

「――選んだのは、あいつだ」

 

「お前じゃない」

 

「――俺は、奪わない」

 

 アレスの視線が、冷たく細められ、

 その一言が、すべてを覆す。 

 

「……ッ、ふざけるな……!!」

 

 カイが吠える。

 

 だが——

 もう遅い。

 

「何度でも言ってやる」

 

 静かに、確実に叩き込む。

 

「お前は最初から“選ばれていない”」

 

 その言葉で、カイの表情が凍りつく。

 

「だから届かない」

 

 握る力が、さらに強まる。

 

「どれだけ侵そうが」

 

「どれだけ壊そうが」

 

「どれだけ望もうが——」

 

 一切の感情を削ぎ落とした声。

 

「お前は、そこまでだ」

 

 そして最後に、完全にトドメを刺す。

 

「触れたかったなら」

 

 ほんの僅かに、笑う。

 

「選ばれる側に回れ」

 

 間。

 

「——お前は、一度も“そこに立てていない”」




最後まで読んでいただきありがとうございます!


前回の絶望的な引きから一転、本物の皇帝陛下がすべてを「俺の支配下だ」とひっくり返してくれました!

エリスを騙ってねっとり近づいてきたカイを、完全に罠にかけて捕らえたアレス様。偽物の温度が剥がれ落ちてアレス様が現れた瞬間、皆さんの脳内で勝利のファンファーレが鳴り響いたのではないでしょうか……! 敵対者には容赦のない冷徹な瑠璃色の瞳が最高にシビれますね。


完全にカイを捕らえたアレス様、ここからの「お仕置き」がどうなってしまうのか……!


最高の大逆転劇に「アレス様格好よすぎる!」「続きが気になって夜しか眠れない!」となった方は、ぜひページ下部の【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆(評価)】をポチッと押して、アレス様の無双を応援していただけるとめちゃくちゃ励みになります!


次回の更新もどうぞお楽しみに!

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