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400年後、迎えに来た龍王を私は覚えていない 〜男装騎士団長は記憶喪失の龍の巫女でした〜  作者: 玖条 レイナ
本編

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第三十三話 静寂の侵入

 ――静かだった。

 あまりにも、静かすぎた。

 

 夜の帳が降りた皇帝の私室は、昼間の喧騒が嘘のように、深い静寂に包まれている。

 

 重厚なカーテンの向こうで、月光が淡く滲む。

 その光すら、どこか遠い。

 まるで、この部屋だけが世界から切り離されたかのように。

 

 ――完全に、守られている。

 

 エリスは、ぼんやりとそう思った。

 

 アレスの腕の中。

 背中に回された腕は逃げ場を許さず、首元には銀の鎖。

 肌に触れるそれは冷たいはずなのに、奇妙な安心感を伴っていた。

 

 そして――

 首筋に残る、かすかな痛み。

 

 吸血の痕。

 あの瞬間、流れ込んできた熱は、まだ身体の奥に残っている。

 

(……守られてる、はずなのに)

 

 違和感があった。

  何かが、噛み合っていない。

 

 守られている。

 閉じ込められている。

 縛られている。

 

 全部、正しい。

 

 なのに――

 

(どうして……こんなに、寒いんだ……?)

 

 ふ、と。

 空気が変わった。

 

 さっきまで確かにあった体温が、すっと引いていく。

 

 確かに腕は回っている。

 逃げ場はないはずなのに――


 抱き締められているはずなのに――重みがない。


 背中に回されたはずの腕は、そこに“あるのに”、触れている感触がない。

 

「……アレス?」

 

 呼びかけるも返事はない。

 

 いつも聞こえるはずの

 規則正しいはずの呼吸音が、聞こえない。


 代わりに。


 ――ぴちょん。

 

 水音が、した。

 

(ありえない――)

 

 ここは石造りの私室だ。

 湿気など、あるはずがない。

 

 なのに。

 鼻腔に入り込んできたのは、湿った土の匂い。

 腐りかけた水のような、重く粘つく気配。

 

「……っ」

 

 身体が強張る。


(見てはダメだ……)

 

 そう分かっているのに――

 エリスは、ゆっくりと視線を上げた。

 

 何もないはずの白い天井に――黒い“何か”が、滲んでいた。

 

 最初は、影だと思った。

 

 だが違う。

 

 それは、内側から。

 石の中から、滲み出るように。


 石の継ぎ目が、内側から押し広げられる。


 そこに“隙間”が生まれた。


 ――その奥から、指が出てきた。

 

 それは鱗に覆われた、歪な形の指。

 到底、人のものではなかった。

 

 一本。

 二本。

 三本。

 

 壁を“内側から掴む”ようにして、這い出てくる。


「……っ……」

 

 声が、出なかった。


(なんだ……、あれは……。ありえない――)

 

 ここは、アレスの魔力とリーベルの檻によって完全に閉じられているはずなのに。


 エリスの思考とは裏腹に、その指は止まらない。

 

 ずるり、と黒く変質した腕が現れる。

 

  あの腕には見覚えがある。

 

  忘れるはずがない。

  夢の中で、自分の手首を掴んだ――


「……っ、カイ……!」

 

  その瞬間。

 

  アレスがいたはずの場所から声がした。


「――エリス」


 すぐ、後ろ。

 耳元で囁かれているはずなのに、

 その声は、部屋の奥からも同時に響いた。

 

 息が首筋にかかる。


「――見つけた」


(これは、アレスの声じゃない――)


 エリスは凍りつく。

 

 違う。

 

 もっと湿っていて。

 もっと歪んでいて。

 

 もっと――近い。


「その鎖は、アイツからの贈り物か――?」


「…………ッ!」 


 ぬるり、と。冷たい何かが、首元の鎖に触れた。

 

  次の瞬間――

 

 ジュッ、という焼ける音が聞こえる。

 

 黒い腕が弾かれ、空気が爆ぜた。

 

 鎖の宝石が激しく発光し、エリスの肌に刻まれた紋章が、それに呼応するように脈打つ。

 

「……っ、くぅ……!」

 

 エリスの喉から、息が漏れた。

 

 焼いている。

 確かに、“拒絶している”。

 

 それなのに――止まらない。

 

 黒い腕は、焼かれながらも笑うように蠢いた。

 

「それでも――もう届いてる」

 

 愉しげな声。

 

「――間に合わない」

 

 音もなく、空間にひびが入った。

 

  まるでガラスに走るような細い亀裂が、空間そのものに刻まれていく。

 

「な、んだ……」

 

 エリスは理解が追いつかない。

 固定され、閉じているはずの空間。

 

 アレスによって守られているはずだ――。

 

 なのに――

 

 パリン――!


 静かに、それでいて確かに“世界”が、割れた。

 

 足元が、空間が沈む。

 

 ぬかるみに引きずり込まれるように、下へ。

 

「……っ、やめ……ろ……!」

 

 逃げ場はない。

 身体は、鎖で繋がれている。

 

 下へ下へと引かれる感覚。

 

「今度こそ連れて行く――」

 

 その声と同時に、エリスの手首に再び――あの手が、触れた。

 

 今度は夢の中ではない。


 現実で、完全に――掴まれた。


 逃げ場は、もうなかった。

 

 その瞬間。

 

 エリスの視界が闇に沈んだ。

 

 そして――

 

 その“異変”は

  扉の外に立つサトゥルには、何一つとして観測されていなかった。


 ――もう、境界は残っていなかった。




最後まで読んでいただきありがとうございます!


前回の甘~い雰囲気から一瞬でたたき落としてしまってすみません笑

アレス様にガチガチに守られていたはずの空間が、まさかのパリン。

一番動揺しているのはエリス自身です。


「アレス様早く来てええええ!」「ここで終わるの生殺しすぎる!」と思ったそこのあなた……!

ぜひ【ブックマーク】を登録して、首を長くして次の更新をお待ちください!

(評価の【☆☆☆☆☆】もポチッとしていただけると、アレス様の移動速度がちょっと早くなるかもしれません……!)


【次回予告】

「触れなかったのは、“優しさ”じゃない。ただの――俺の弱さだ」

「……勘違いするな。あいつは、そんな風に“許す”女じゃない」


交錯する二人の男の執着と、境界線の崩壊。


次回、第34話。お楽しみに!

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