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400年後、迎えに来た龍王を私は覚えていない 〜男装騎士団長は記憶喪失の龍の巫女でした〜  作者: 玖条 レイナ
本編

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第三十二話 美しい檻(おり)

 夜が明けても、空気は重かった。


 帝都アルヴァニア城――その中心にあるはずの安定は、見えない亀裂によって、確実に歪み始めていた。


✕✕✕

 

 皇帝の私室。


 エリスは、浅い眠りの底からゆっくりと意識を引き上げた。


「……っ」


 胸の奥に、まだ残っている。


 “引かれる感覚”。


 現実に戻ってきているはずなのに、どこか一部だけが、まだ向こう側に掴まれているような不快感。


 エリスは反射的に右手首を押さえた。


 ――残っている。


 昨夜よりも、はっきりと。


 指の形に沿って刻まれた赤黒い痕が、消えるどころか、より深く沈み込んでいた。

 

「……しつこいな、あいつ」

 

 吐き捨てるように呟く。

 

「……無理もない、お前ほどのいい女はそうそういないからな――」

 

 アレスの低い声がすぐ隣から落ちる。


「……お前、そんな冗談言えたんだな」


 エリスは小さく嗤った。


 アレスはすでに目覚めている。

 いや――ほとんど眠っていない。


「俺は冗談など言わん」


 短く否定し、そのままエリスを引き寄せる。


 逃がさぬように。

 確かめるように。 

 

「その痕は、夢路を通じて“接続”された痕だ。

 一度刻まれた以上、簡単には消えん」

 

「……接続?」

 

 エリスが眉をひそめる。

 アレスはその手首を取り、指先でなぞるように触れた。

 

「奴は、お前に“座標”を打ち込んだ」

 

「……座標?」

 

「夢と現実の境界における、お前の位置だ」

 

 淡々と告げられる内容は、あまりにも異質だった。

 

「つまり……」

 

 アレスの瞳が、わずかに細められる。

 

「放っておけば、何度でも来る」

 

 短い沈黙。

 

「……っ」

 

「次はもっと深く、踏み込んでくる」

 

 エリスの表情が、わずかに強張った。

 

✕✕✕

 

 翌日。

 朝議の後――


 アレスは五天星(アステリズム)『茶』のサトゥルにエリスの護衛を任せた。


「サトゥル。俺が戻るまでエリスを頼む」


「はっ。仰せのままに――」


 サトゥルは深々と頭を下げる。


 今朝の議題はアルヴァニア城への『侵入者』について。


「狙われてるのがヴァイオレット・レイスだけなら、別に俺らがどうこうする理由もないんじゃないか!?」


 『赤』のリュケイオスがいつものように絡む。


「問題はそこではない!」


 サトゥルが鋭く遮った。


「龍王の城に“侵入を許した”事実、それ自体が問題なのだ!」


 場の空気が一変する。


 防衛の象徴である男の怒気は、それだけで重い。


「陛下。エリス嬢の警護は我ら『茶』が請け負う。……二度と同じことは起こさせませぬ」


「任せるぞ。サトゥル――」


 アレスの言葉に、サトゥルは黄土色の瞳を見開くのだった。



 アレスの私室に到着すると、サトゥルはドアの前に立つ。


「陛下の私室にわしのような者は踏み入ることは出来ん。外で待つ故、何かあればすぐに声をかけろ」


「ブロイン卿がいてくれるだけで心強い。感謝を――」


 エリスが礼を言うと、私室のドアが開く。


「待っていたよ、エリス。

 アレスに頼まれてね……。かわいい弟の頼みは断れまい」


 白銀の長い髪を靡かせ、琥珀色の瞳が猛禽類のように光る。


 エリスは一瞬顔を引き攣らせサトゥルを見る。

 だが、サトゥルは既に門番に徹しているようだった。


「……殿下、わざわざ申し訳ありません」


「いいんだよ、エリス。

 それより私のことは『お義姉様(おねえさま)』と呼んでくれないかい?」


 エリスは苦笑いを浮かべつつ、ディアナに案内されるがままにテーブルに座る。


「さぁ、エリス。

 ()()()と行こうじゃないか――」


 ディアナは 楽しそうに琥珀色の瞳を細める。


(アレス! 後で覚えてろよ!!)


 

✕✕✕ 

     

  龍王の執務室。

 そこにはアレス、ファイ、リーベル、リコが詰めかけていた。

 

「……夢路干渉。それも、あそこまで深く侵入されるとは」


 ファイが低く呟く。


「正直、笑えないね」


 リーベルが肩をすくめる。


「結界も守護網もすり抜けたんだろ? どうなってんだよ」


「すり抜けたわけじゃないよ」


 静かに否定したのはリコだった。


「“外側”から来てないんだ。だから、防げなかった」


 その言葉に、場が一瞬静まる。


「……内側に直接、手を差し込まれた。

 正確には“夢路の上書き”だな」


 ファイが冷静に告げる。 


「夢路――精神領域経由の侵入。厄介だな」


 アレスは無言のまま、玉座に座していた。


 だが――


 その瞳は、完全に戦闘状態に入っている。


「……対策はあるのか」


 短く問う。


 それだけで、空気が引き締まる。


 ファイが一歩前に出た。


「三つある」


 指を一本立てる。


「一つ。“夢路の封鎖”」


「だがこれは不完全だ。奴はすでに“経路”を掴んでいる」


 二本目。


「二つ。“エリスへの同調強化”」


 視線がアレスへ向く。


「お前の魔力で、エリスの存在を“固定”し、なおかつエリスをこの城、この空間に強制的に縛り付ける」


「……昨夜やってたやつの強化版ね」


 リーベルがぼそりと言う。


「でも、固定するとどうなるの?」

 

 リコが尋ねる。

 

「外から“引っ張れない状態”にするってわけだ」

 

 リーベルがニヤリと笑う。

  

「その通りだ。ただし――」

 

 ファイの声が一段低くなる。

 

「その間、エリスは“ここから一歩も離れられない”」


 三本目。

 

「三つ。“逆探知”」


 その言葉に、アレスの瞳がわずかに細まった。


「……三つ目は単独では使わん。

“固定した状態のエリスに干渉させ、その反応を辿る”――複合運用が前提だ」


「なるほどな……」


 アレスが頷く。


「侵入してきた“異物”を辿って、居場所を割ると言うことか」


 ファイが静かに肯定する。


 場の空気が変わった。

 

「……やる価値はあるかな」


 リーベルが頷く。


「ただし、危険だ」


 ファイが続ける。


「奴と同じ領域に踏み込むことになる」


「……構わん」


 アレスは即答した。


「来るなら叩き潰すだけだ」


 それは戦術ではない。

 圧倒的な暴力の宣言だった。

 

✕✕✕


 一方――リミナ王国。


 王都外れ、隔離された龍舎。

 そこに、異様な空気が満ちていた。


「……はぁ……はぁ……」


 カイが膝をついている。

 地面には黒い血が滴っていた。


『……言ったはずだ』


 頭の中の声が響く。


『器が保たん』


「……うるさい」


 吐き捨てる。


 だが、その声には明らかな疲労が滲んでいた。


 右腕は完全に変質している。

 鱗。爪。人の形を保っていない。


 その背後で――


 緑龍が静かに息を吐く。

 その瞳もまた、濁っていた。


『だが、見ただろう』


 声が続ける。


『届く』


『あと一歩だ』


 カイの指が震える。


 あの感触。


 あの温度。


「……次は」


 ゆっくりと立ち上がる。


「連れて帰る」


 その瞳が、完全に赫に染まった。


✕✕✕


 ――作戦会議後。

 再び、アレス私室。


 アレスがドアを開けると、楽しそうなディアナと顔を真っ赤にしたエリスがいた。


 

「おや、アレス。

 もっとゆっくりしてきてもよかったのに」


 上機嫌のディアナはアレスに声をかける。


 一方のエリスは菫色の瞳に涙を溜めて上目遣いでアレスを見上げ立ち上がる。


「お、お帰りなさい、旦那様――!」


「…………っ!?」


 アレスが、見たこともないような狼狽した顔で絶句する。

 普段の凛々しい軍服を脱ぎ捨て、ディアナの趣味全開なフリルに包まれたエリス。

 その羞恥に染まった姿と、破壊力抜群の呼称に、龍王の強固な理性が一瞬で焼き切れた。

 

 困惑するアレスを他所に、ディアナは優雅に立ち上がる。


「……勝負をしたんだよ。

 ボクが勝ったらボクの言うことを何でも聞くって勝負でね――」


 ディアナはアレスの横を優雅に通り過ぎる。


「また遊ぼうね、エリス――」


 ディアナは満足そうに去っていった。


 

 ――少しの沈黙。


「こ、これは! 勝負に負けたからであって、普段ならこんな事絶対にしないからなっ!」


 エリスは頬を上気させ菫色の瞳を潤ませる。


「………………」


「……似合わないだろ。何か言えよ――」


 沈黙を守るアレスにエリスはぷくーと頬を膨らませた。


「……似合いすぎていて、外に出したくなくなった」


 アレスが低い声で答え、エリスの首筋に手を伸ばす。

 ドレスで露わになった白い肌に、冷たい銀のチェーンを回す。


「エリス、動くな。……これは、お前をこの部屋に、俺の腕の中に繋ぎ止める鎖だ。

 同時に――外から触れたものを、焼く。

 ――触れれば、骨まで焦げる」 


 カチリ、と硬質な音が室内に響く。

 エリスがその音に肩を震わせた瞬間、アレスは力任せに彼女を抱き寄せた。

 

「……あ、……アレス……っ」

 

 柔らかなドレスのフリルが、アレスの硬い軍服に押し潰される。

 アレスはエリスの(うなじ)に顔を埋め、獲物の喉元を確かめる獣のような仕草で、深くその香りを吸い込んだ。

 

「……もう、どこへも行かせん。夢の中でも、現実でもだ」


 アレスの唇が、銀の鎖が食い込む白い首筋へと這い上がる。

 剥き出しになった牙が、月光を反射して鋭く光った。

 

「……っ、……ま、まて……アレス、……んッ!」

 

 抗う間もなく、鋭い痛みがエリスの意識を火花のように散らした。

 いつも以上に強引な、貪るような吸血。

 噛みつかれた瞬間、手首の痕が焼けるように疼く。

 

 内側から滲む黒を、押し流すように――

 アレスの魔力が雪崩れ込んだ。

 

 ……抗えない。


 逃げ場が、ない。

 

「……はぁ、……お前の血に混じった、あの混じり物の残り香を……すべて俺が飲み干してやる」

 

 アレスがエリスの首筋を深く喰らう。その瞬間、彼の昂ぶりに呼応するように、エリスの肌に刻まれた『番の紋章』が、これまでのどの吸血時よりも鮮烈な瑠璃色に発光した。

 

 鎖と紋章が、同じリズムで脈を打った。

 

「俺以外を見るな。

 ……もう、お前には俺しか見えない」


 それは命令ではない。宣言だった。

 支配でも、契約でもなく――


 ただの、意思。


 エリスは一瞬だけ目を伏せる。


(なんて傲慢なヤツなんだ。

 ――それでも、ここを“安全だ”と感じてしまう自分がいる) 

 

 抵抗はできたはずだった。


 それでも――


 その腕を、振り払わなかった。


 美しい檻の中で。


 彼女は、その中にいた。





みなさん、お疲れ様です!玖条レイナです。


ついに32話をお届けできました……!


ディアナお義姉様のファインプレー(趣味全開ドレス)からの、エリスの「旦那様」発言。アレス様の理性が一瞬で消し飛びましたね笑


カイの痕を上書きするような、いつも以上に強引で甘い吸血と、がっちり繋ぎ止める銀の鎖。番の紋章が一番鮮烈に輝いた瞬間、皆さんの心臓は無事でしたでしょうか……!?笑


「檻」の中で少しずつ変化していく二人の関係を、ぜひコメントで教えていただけたら嬉しいです!次回もお楽しみに!

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