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400年後、迎えに来た龍王を私は覚えていない 〜男装騎士団長は記憶喪失の龍の巫女でした〜  作者: 玖条 レイナ
本編

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第三十話 禁忌の残滓(ざんさい)

 ルクサリス帝国の朝議の間は、いつも通りの厳かな空気に包まれていた。

 

 だが、その中心に座す龍王アレスと、その傍らに控えるエリスが姿を現した瞬間、五天星(アステリズム)たちの視線が一箇所に集中した。

 

「……おい、ヴァイオレット・レイス。その手、どうしたんだよ」

 

 からかう様に声を上げたのは、デリカシーの欠片もない『赤』のリュケイオスだった。

 エリスの右手首には、軍服の袖から覗くように白い包帯が巻かれている。

 

「……別に。少し、痛めただけだ」

 

 エリスは努めて淡々と答える。

 だが、その頬は心なしか上気しており、いつもより瞳の菫色が深く、潤んでいるように見えた。

 

「痛めただけぇ? お前、昨日もずっと陛下の私室に篭りきりだったじゃないか!

 なんだ? 陛下にご奉仕でもし過ぎたか!?」


 げらげら笑うリュケイオス。

 その隣にいた『黒』のリーベルが脇腹を肘で突いた。


「おい、リュケイオス。そんなはっきり言っちゃダメだって! こーゆーのはプライベートな問題なんだから!」


 リーベルはエリスの全身を舐めるように見つめ、ニヤニヤと意地悪く笑う。

 エリスから漂う魔力が、明らかにアレスのそれと混ざり合い、共鳴しているのだ。


「二人ともひどいよ! エリス様は本当にお怪我をされたのかもしれないよ!」


 そんな二人に抗議する者が一人。リコである。

 サトゥルは三人のやり取りに手を額に当て、頭を左右に振るのだった。


「……アレス。ディアナからことづけがある。

 朝議後、二人で話がしたい――」


 ファイがアレスに耳打ちする。


「……エリスの右手、『浄化』してきたのだろう?」


 ファイの浅葱色の瞳が、エリスの包帯を見やる。

 アレスは少しの沈黙後。


「分かった」


 静かに頷いた。


✕✕✕


「エリス、先に部屋に戻っていてくれ」


 朝議後、アレスがエリスに声を掛ける。


「あ、ああ。分かった」


 エリスは立ち上がりながら不思議そうな顔をするが、アレスの言葉を承諾した。


「リコ、リーベル。エリスを俺の部屋まで送れ」


「な! オレ一人で戻れる!

 そんなに心配しなくても、オレは逃げな――」


「そうではない」


 アレスの瑠璃色の瞳が右手の包帯を見る。

 そしてエリスの顎に手をかけ、上を向かせる。   


「お前は俺から逃げない。

 ……逃げようとはしない」


「………………」 


 アレスの瞳にエリスの菫色の瞳が映り込む。


「……お取り込み中失礼しまーす。

 ご指名にあずかりましたリーベルでーす」


「エリス様、僕たちと一緒に行きましょう♪」


 アレスはエリスから名残惜しそうに手を離す。


「リコ、リーベル。俺が戻るまでエリスの傍を離れるな」


「はいはーい」


 リーベルはアレスに軽く手を振り、エリスの腰に手を回そうとする。


「それとリーベル。勝手にエリスに触れることは許さん」


「おお、怖い」


「リコ」


「はい! リーベルの監視もちゃんとするからエリス様の事はお任せ下さい!」


 胸に手を当てて栗色の瞳で人懐っこい笑顔を作るリコ。


「任せた――」


 アレスはフッと笑い、それだけを伝えると、ファイと共に別室へ移動するのであった。



 

「…………お前たちはアレスに信用されてるのか? それとも信用されてないのか?」


 アレスが去った後、廊下を三人で歩いているとエリスが問いかける。


「………………」


 リコとリーベルはお互いに顔を見合わせて吹き出した。


「エリス様って面白いこと言うね」


「まぁ大事なエリスちゃんを任せてくれるくらいには信用されてるとは思ってるけどね」


 リーベルはエリスにウィンクしてみせる。


「……お前たちはアレスと仲がいいのか?」


「僕たちは仲がいいと思っているよ」


 リコがとびきりの笑顔でエリスを見る。


「……まぁ、俺とファイはアレスの義兄みたいな感じかな?」


「昔、色々あったんだよね? ディアナ様絡みで」 


「まぁな〜。

 結局ディアナはファイに取られたけどなー」


 リーベルは墨色の瞳を細める。


「…………お前たちの事、アレスの事、

 もっと教えて欲しい」


 エリスはポツリと呟く。


「……もちろん」

「僕たちでよければなんでも答えるよ」  


 リーベルとリコは再び顔を見合わせて、微笑むのであった。


✕✕✕


 アレスとファイは朝議の間の喧騒から最も遠い、重厚な石壁に囲まれた【龍王の執務室・奥の間】へと移動した。

 ファイが入り口の扉を閉め、指先で空間をなぞる。一瞬、浅葱色の魔力が壁を走り、完全な結界が展開された。

 

「……さて。人払いも済んだ。何の話だ」

 

 アレスが執務机に腰を下ろし、冷めた声で問いかける。

 ファイは感情の読めない瞳でアレスを見据えた。

 

「ディアナからのことづけだ。……ルクサリスの守護網に、あり得べからざる『異物』が入り込んだ」


「………………」

 

 アレスの眉が険しく寄る。

 ファイは淡々と、しかし一言ずつ重みを置くように言葉を続けた。

 

「物理的な侵入ではない。……奴は『夢路』を通って、この帝都に、この城にまで手を伸ばした。……そしてそれは、エリスのみを狙っている」

 

 部屋の空気が、一気に氷点下まで下がった。

 アレスから放たれる凄まじい覇気が、結界を震わせる。

 

「……アレス。お前はもう、感じているのだろう? 今朝のあの『浄化』……あれは、その異物を焼き払うためのものだったのではないか?」

 

「…………」

 

 アレスは応えない。だが、握りしめた拳の震えが、何よりも確かな肯定だった。


「……アレス。ディアナが、もう一つ言っていた」

 

 ファイが声を落とし、秘匿魔法の密度を上げる。

 

「夢路を通って入り込んだその異物から……『赤龍』の匂いがした、と。……リュケイオスの持つ清浄な炎ではない。もっとドロドロとした、怨念の燻る血の臭いだ」

 

「…………!」

 

 アレスの背後に、一瞬、巨大な白龍の幻影が重なるほどの覇気が迸る。

 

「あの亡霊の力を、リミナの羽虫が拾い上げたというのか。……人間風情が、禁忌に触れた代償を理解しているのか」


「断言は出来んが……な。奴は、エリスをただ連れ戻すつもりはない。……エリスを“器”にするつもりだ」

 

 アレスは拳を執務机に叩きつけた。石造りの机に、ミシリと亀裂が走る。

 

「……二度と、あいつの名をその口で呼ぶな。……次にその匂いがエリスに触れたなら、リミナという国ごと、この世から消し去ってやる」


✕✕✕ 


 アレスがファイとの密談を終え、私室に戻って来た。

 そこではリーベルとリコが、エリスと雑談をしていた。


「その時のアレス様ったら、ディアナ様に揶揄われすぎて顔を真っ赤にしてさー」


「…………リコ、なんの話をしている」


 扉を開けると同時に、アレスの威圧的な声が響いた。


「こ、これはこれはアレス様。おかえりなさいませ」


 肩をビクッと震わせ、恐る恐る振り返るリコ。

 それをニヤニヤ見つめるリーベル。


「アレス。早かったな」


 エリスは立ち上がり、アレスに近寄る。

 すると間髪入れずにエリスを抱き寄せるアレス。


「な、いきなり何をする!」


 エリスが抗議するも、アレスはお構い無しに強く抱きしめる。


「リーベル、リコ。ご苦労だった。

 所定の任務に戻れ――」


 アレスに抱きしめられ、バタバタするエリスを横目に立ち上がるリーベルとリコ。


「アレス。エリスちゃん一人占めにしたいのは分かるけどさ、俺たちのことももう少し労ってよ」


 やれやれとアレスの横を通り過ぎるリーベルと、ビクビクしながら立ち去るリコ。


「リーベル、リコ!

 話を聞かせてくれてありがとう!」


 アレスの腕の中でもぞもぞしながら二人を見送るエリスだった。 


✕✕✕


 ――その夜。   


 帝都アルヴァニア城、外郭。

 

 風もない静寂の中、城壁の影がゆらりと揺れた。

 そこには、本来“何もいない”はずだった。

 

 だが――

 

「……ここか」

 

 低い声が誰にも届かぬはずの闇に溶ける。

 カイは、城壁に手を触れた。

 

 物理的には、そこにいない。

 だが同時に――存在が“ずれている”。

 

 影が足元から滲み出すように広がる。

 

『……無理をするな』

 

 頭の奥で声が響く。

 

『この距離、この規模……お前の器では保たん』

 

「……黙れ」

 

 カイは吐き捨てる。

 その指先は、既に人のものではなかった。

 黒く侵食され、鱗のようなものが浮かび上がっている。

 

「もう……触れた」

 

 あの手首。あの温度。

 

 確かに、届いた。

 

 ならば――

 

「届いたものを、もう手放す理由はない」

 

 その瞬間。

  

 ぐにゃり、と空間が歪み、城壁が水面のように揺れた。


 城壁を越えた瞬間。


 微かに――焼ける。


 白い何かに触れたような、拒絶の感触。


 だが。


 それでも、止まらない。 

 

 ――侵入。

 

 物理でも結界でもない。

 “夢路”の延長。

 

 カイの姿が、音もなく城の内側へと滑り込む。

 だが、足元が僅かに揺らぐ。

 この場に“定着”しきれていない。

 

 その瞬間。

 

 皇帝の私室――最奥。

 ルクサリスの中心にして、最も侵されてはならぬ場所。

  

 アレスの瞳が、わずかに細められた。

 隣で寝息を立てているエリスの髪に触れ、その存在を確かめるように撫でる。

 

「……来たか」

 

 低く、確信をもって呟く。

 その背後で、白龍の影が揺らめいた。


 エリスの指先が、何かを掴むように僅かに動いた。


「夢路を渡る愚か者め。

 ……奪えると思うな」


 その声は、静かだった。


 ――一瞬、何も起こらない。


 だが次の瞬間。


 城全体が、わずかに軋んだ。




第30話をお読みいただき、本当にありがとうございました!

皆様のあたたかい応援のおかげで、ついに30話の大台に到達することができました。心から感謝申し上げます!


今回は記念すべき節目にふさわしく、ルクサリス帝国の不穏な核心、そしてエリスを巡る因縁が大きく動き出す回となりました。


前半の五天星アステリズムたちとの微笑ましいやり取り(アレスの過去のいじられ話笑)から一転、後半の空気の冷え込み方は書いていてとてもパッションが乗りました。


物理的な結界をもすり抜け、“夢路”を渡って城内へ滑り込んだカイの執念。

眠るエリスの傍らで、静かに、けれど絶対的な怒りを燃やす龍王アレス。


ラスト、城全体を軋ませた「異物」の侵入は、この後、エリスの『眠りの中』で最悪の形で牙を剥くことになります。


次回、第31話「夢蝕」。


夢とも現実ともつかない境界で、エリスを強引に引き摺り込もうとするカイの歪んだ渇望。

そして、我が腕の中から「塵一つ分たりとも渡さない」と、エリスの心身すべてを支配・守護せんとするアレスの圧倒的な魔力と独占欲が爆発します。


激突する二人の執着。エリスの身体に刻まれる、現実の“痕”とは――。


ここから物語は一気に加速し、これまでにない最高潮の緊迫感(と、アレス様の怒涛の過保護)をお届けします!


「続きが気になる!」「アレス様、エリスを守って!」と思ってくださったら、ぜひブックマークや評価、感想などでエリスたちにパワーを分けていただけると執筆の大きな励みになります!


それでは、お見逃しのないよう、次回の「夢蝕」でまたお会いしましょう!

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