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400年後、迎えに来た龍王を私は覚えていない 〜男装騎士団長は記憶喪失の龍の巫女でした〜  作者: 玖条 レイナ
本編

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第二十九話 不浄の痕

「これはこれは王子殿下。この度は北部での討伐、お疲れ様でございました。

 多くのお仲間を失った戦いでしたが、王子殿下のご活躍で魔獣を討伐なされたとか――」


 カイはリミナ王国の首都に戻ってきていた。


 リミナ国内では、北部の魔獣はカイ王子殿下の指揮の元、リミナ王国騎士団が討伐した事になっていた。


 そこに龍王アレスの名前や、ましてルクサリス帝国の名前などは一切ない。


 首都に戻ったカイがまず初めに訪れた場所はオルタディア侯爵家――

 アランとエリスの居場所だった場所だ。


「世辞などよい。

 ヴァルガス殿、()()()が乗っていた騎龍を譲ってもらいたい――」


「あの緑龍ですか? しかし、アレは大事なアランの形見。いくら殿下と言えどそうやすやすとは……」


(くそっ、急にやってきて緑龍を寄越せだと!?

 あれは別の所にアランの愛龍だったと高値で売る予定だったのに……!!)


「……金ならいくらでも出す。好きな額を言え――」


 ヴァルガスの思惑に気がついたのか、それとも気づいていないのか。

 カイの言葉にヴァルガスの瞳が厭らしく光った。


「しかし、龍王アレスとの戦闘で傷つき、もう使い物になりませぬが……」


「構わん」


 カイは短く答える。


(オルタディアのタヌキめ――

 俺はアランの緑龍がほぼ無傷でリミナに帰還した事を知っている)


 戦闘で傷ついていないのであれば――

 人間の手で痛められた痕でしかない。

 おおかた、エリスがいなくなり手に負えずに痛めつけていたのだろう。


 カイはヴァルガスによって龍舎に案内された。


 かつて『エリス』によって案内された龍舎はドラゴンにもって住みやすい環境であった。


 だが、『エリス』をルクサリスに奪われてからこの龍舎を管理する者は誰もいなかった。


 荒れ果ては龍舎に、アランの緑龍が横たわっていた。


 かつての美しかったエメラルドの鱗はところどころ剥がれ、今は薄汚れやせ細っていた。


「……アラン亡き後、食事を受け付けず……。

 このような変わり果てた姿に――」


 ヴァルガスは芝居がかったように悲しい演技をしていた。


(食事を与えなかったな――

 それにしても()()()によってよく()られている)

 

 カイはヴァルガスを一瞥すると、緑龍へ歩み寄る。


「お前も探しているのか……?」


 その言葉に緑龍が目を開け、龍が小さく唸る。

 

 否定も、肯定もない。

 

 ただ――

 

 目を逸らさない。

 呼吸がカイと同期する。


(……同じだ)

 

 カイの口元がわずかに歪む。

 それは優しく微笑んでいるように見えるが、

 その実――酷く歪んでいた。

 

「安心しろ」

 

 カイは緑龍に近づき頭を撫でる。

 

「俺が、連れていってやる」

 

 どこへ、とは言わない。

 だが、その声には確信があった。


『それでいい……』


 頭の中で、またあの声が聞こえる。

  

 緑龍は抵抗せず、ただ、静かに頭を下げる。

 

 カイへの服従ではない。

 

 ――依存。

 

 カイの紺色の瞳に赫色の光が、わずかに灯る。

 

(これでいい)


 ――いや。


(これがいい) 


✕✕✕


『エリスを取り戻すにはまず、アランの緑龍を手に入れる必要がある――』


 頭の中で優しい声が響く。


『あの緑龍は()()()の血を飲みすぎた――』


『エリスの血は、ドラゴンを変質させる』


『我の力と、エリスの血を取り込んだドラゴンの力を使えば……。

 お前はエリスを取り戻せる――』



 北部での魔獣討伐以来、頭の中で声が聞こえる。


 その声に従いアランの緑龍を手に入れ、言われるままに力を使った。


(……触れた)

 

 夢ではない。

 そう理解した瞬間、カイは静かに息を吐いた。

 

 あの白い空間。

 あの距離。

 あの温度。

 

 すべてがあまりにも現実に近すぎた。

 

 エリスに触れた指先を見下ろす。

 その指先が、わずかに黒く――

 まるで“焼け焦げたように”変色していた。


 カイは指先の変化など気にもとめず、

 確かに感じた――エリスの手首を掴んだ感触を思い出す。

  

 柔らかく、細く、折れそうなほどに脆い感触。

 

(……逃がさない)

 

 その感覚を思い出すだけで、胸の奥がじわりと熱を帯びた。

 

 ――次は現実で。

 そう思った瞬間だった。

 

『……やりすぎだ』

 

 低く冷たい声が頭の奥で響く。

 

「……お前か――」

 

 カイは眉をひそめる。

 声の主の正体は今だに分からない。


 だが、それでいいと思った。


 視界の端がじわりと赤く滲んでいく。

 

 血のような色。

 

 そして――

 

 脳裏に流れ込んでくる。

 

 炎。

 咆哮。

 焼き尽くす衝動。


(……っ……!)

 

 カイは思わず膝をついた。

 頭が割れそうに痛む。

 

『器が保たん』

 

 今度は、はっきりとした声。

 冷たいが、どこか愉しんでいるような響き。

 

『人間風情が、急に力を使えば……

 龍の領域に踏み込めば――こうなる』

 

「……龍、だと……?」

 

 息を荒げながら、カイは歯を食いしばる。

 

『夢を渡る力』

『精神に触れる力』

 

 それは元々、人のものではない。

 

『お前は、我の力を借りているに過ぎん』

 

 その言葉と同時に、ドクンと胸の奥に“何か”が脈打った。

 

 心臓ではない。

 もっと異質な何か。

 

 熱い。

 焼けるように熱い。

 

(……これが……)

 

 これは――力だ。

 エリスに触れたあの力。

 あの距離に届いた理由。


『もっと欲しいか?』

 

 囁くような声。

 甘く、抗い難い。

 

『あれを取り戻したいのだろう?』

 

 エリスの姿が脳裏に浮かぶ。

 

 黒い軍服。

 あの男の腕の中。

 あの顔。

 

 ――あんな顔を、あいつに向けるな。

 

「……当たり前だ」

 

 低く答える。

 

「俺は……あいつを取り戻す」

 

『ならば』

 

 声が笑った。

 

『対価をもっと払え』 


「対価は何だ――」


『お前はすでに払っている』

 

「……なんだと」

 

『失ったもの、感情だ――』


 説明はなかった。

 

 だが――

 

 全てを理解してしまった。

 

 かつて感じていたはずの痛みも、後悔も、どこか遠くに置いてきたような感覚があった。 

 

 守れなかったもの。

 手放したもの。

 届かなかったもの。


 全部。

 

(……そうか)

 

 カイは、ゆっくりと目を開けた。


「では、早速使わせて貰うぞ。

 お前の力を――」


 カイの瞳は赫色に明滅していた。



✕✕✕


 悪夢を見た翌日。

 エリスの右手首には、赤い痕がはっきりと残っていた。


「……夢じゃないのか、アレは……」


 エリスは右手首の痕を見つめる。


「エリス」


 アレスが低い声で名を呼んだ。

 エリスは咄嗟に右手首を左手で覆い、軍服の袖を引いて隠す。


「……なんだ、アレス。朝議なら、すぐに行く」


 努めて平然を装うが、アレスの瑠璃色の瞳は、獲物のわずかな動揺も逃さない。

 彼は無言で歩み寄り、エリスが隠した方の腕を、逃げる隙も与えず掴み取った。


「っ……、離せ。……痛い」


「……それを見せろ」


 アレスの指先が、エリスの手首に食い込む。


「……っ」


 エリスの顔が痛みに歪むが、アレスはお構い無しに強引に袖を捲り上げた。


 そこには、誰かに力任せに掴まれたような、悍ましいほどに鮮明な指の痕が赤黒く残っていた。


「…………」


 アレスの瞳から、静かに温度が消えた。

 その痕に触れる指が、微かに、けれど怒りで震えている。


「夢の中で、あいつが……カイが、掴んだんだ。夢だと思っていたのに、……消えない」


 エリスの声が微かに震える。

 アレスはその痕を、自分の指でなぞるように、そして押し潰すように強く圧迫した。


「……身の程知らずめ。夢路を渡り、俺の獲物に触れたか」


 アレスはそのまま、エリスの手首を顔に寄せた。

 その首筋ではなく、赤い痕が残る手首そのものに、彼は静かに牙を立てようとする。


「待て、アレス。……吸血は『夜』の契約だろう」


 エリスが必死に制止する。

 だが、アレスはエリスの菫色の瞳を至近距離で見つめ、低く、断定するように告げた。


「これは『食事』ではない。お前に勝手に触れ、あまつさえ不浄な痕まで付けた……! その許されざる行為を焼き払うための、『浄化』だ」


「っ……あ……!」


 手首に鋭い痛みが走る。

 アレスは、カイが残した赤い痕の上から、容赦なく自身の牙を突き立てた。


 夜の契約よりも、ずっと乱暴で深く、執着に満ちた吸血。

 エリスの血がアレスの喉を潤すと同時に、カイの残滓を塗り潰すような圧倒的な龍の魔力が、手首から全身へと駆け巡る。


(……夜より痛いのに、嫌じゃない……)

(……むしろ、安心している……?)


「……俺の許しなく、お前に触れることは誰であろうと許さん。……たとえ、夢の中であろうとな」


 だがその奥で、消えきらない“何か”が、微かに脈打っていた。



第29話『不浄の痕』をお読みいただきありがとうございました!


カイが着実に不穏な力を蓄える中、エリスの手首に残った痕を見たアレスがブチギレる回でした。


「これは『食事』ではない。――『浄化』だ」


昼間から手首への容赦ない吸血、アレスの独占欲が全開ですね……!


カイの闇落ちっぷりや、アレスのブチギレ浄化吸血について、皆様の感想をぜひコメント欄でお聞かせください!

面白いと思っていただけたら、評価やブックマークでの応援もぜひお願いいたします!

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