第二十四話 届かぬ声と背信の共鳴
白龍が翼を広げた瞬間、戦場の空気が変わった。
狼の変異種が低く唸る。
アレスは何も言わず、戦場を見渡した。
その視線だけで、魔獣たちが一歩退く。
まるで――本能で恐れているように。
「ファイ」
「はっ。報告通り、変異種は三体。その周りに変異種の影響で凶暴化したと思われる通常の魔獣が数千匹……。
どうやら変異種は精神干渉型、スピード型、パワー型がいるようです」
五天星『青』のファイ・キュアノエイデスが白龍の隣に青龍を降ろす。
「精神攻撃して兵士を弱らせたところでスピード型が人間を狩る。パワー型が城壁を崩す。ってところかな?」
「今度の変異種はある程度の『知能』があるみたいだな」
『黒』のリーベル・メラン、『赤』のリュケイオス・ルベウスがそれぞれ黒龍と赤龍を白龍の後方に降ろした。
「……そんなところだ」
ファイが軽く瞳を閉じた。
五天星が降下したことを確認すると、ルクサリス騎士たちは次々にドラゴンを地に降ろしていく。
降り立った数百の龍たちが一斉に咆哮を上げ、リミナの夜を震わせた。
「騎士団は三班に分かれろ! メラン卿、ルベウス卿が変異種を引き剥がす間、周囲の魔獣を掃討しつつ、防衛線を再構築しろ。
……リミナの兵は、死なない程度に拾っておけばいい」
ファイの無機質な命令が飛び、ルクサリスの精鋭たちが統制された動きで散っていく。
そんな中、アレスは白龍の背から優雅に飛び降りた。その腕には、一人の『騎士』を抱いたまま。
「……さて、エリス。この地を汚す不浄を片付けるぞ」
アレスがエリスに耳打ちし、そっと地に降ろす。
傍らで血を流し膝をついていたカイは、信じられないものを見るかのように紺色の瞳を見開いた。
アレスの隣に立ったのは、黒衣のフードを纏った一人の騎士だった。
月明かりを背負うその姿は、どこか見覚えがある。
長い藤色の髪。
細身の体。
「……っ……!」
(……もしかしてアラン……? 生きていた……のか……!?)
カイは痛みで声を出すことが出来ない。
そんなカイをよそに、エリスとアレスの元に近づいてきた人物がいた。
紺碧の髪の男――ファイ。
その隣に、黒髪の男リーベル。
そして、赤髪の男リュケイオス。
五天星の三騎士である。
「陛下。俺にあのデカブツを任せてほしい」
赤い髪の男が言った。
「じゃあ俺はあのすばしっこいのにしようかな?」
「オレが残りのやつをやる」
黒髪の男に続き、黒衣のフードを被った騎士が、短く、だが迷いのない声で宣言した。
その凛とした響きに、膝をつくカイの肩が大きく震える。
(今の……この声、……間違いない……っ)
姿はフードを被っているせいでよく見えなかった。だが、その凛烈な声の芯にあるのは、紛れもなく自分が憧れ続けたアランのものだった。
アレスは、不敵な笑みを浮かべて頷く。
「好きにしろ。ファイ、あとは頼む」
「御意に、陛下」
軍師ファイが静かに一礼し、ルクサリス騎士団へ布陣の合図を送る。
そして黒衣の騎士は、アレスの横顔を一度だけ見据えた。
「行くぞ。アレス」
当然のように、龍王を呼び捨てにするその響き。
アレスはその声にニヤリと口角を上げた。
「ああ、蹂躙の始まりだ」
その声を合図にリーベルとリュケイオスが弾かれたように戦場へと消えていく。
リミナの兵たちは息を呑み、カイの視界が絶望に歪む。あの誇り高く、規律に厳格だったアランが、アランを殺した憎き敵を、リミナからすべてを奪った仇敵を、名前で呼んでいる。
(……生きている? いや、そんなはずは――)
(でも……あの声は……!)
カイは混乱する意識の中、これだけははっきりさせたかった。いや、させなければならなかった。
「……あ……」
喉が震える。
焼けるような痛みと、血の味が口内に広がった。
「……ア……」
呼びたい名前が、うまく形にならない。
それでも――
「……アラン……っ!」
絞り出した声は、かすれていた。
その声は――確かに、届いた。
振り向かない。
白龍が巻き起こす爆風が、すべてを飲み込む。
二人の影が、凄まじい速度で戦場の中央へと躍り出る。
黒衣の騎士の視線は、ただ前だけを見据えていた。
そこに、カイの姿は――ない。
黒衣の騎士が剣を振り抜いたあと、刃先がわずかに外側へ流れる。
――その癖は、見覚えがあった。
(あの剣……間違えるはずがない……。
あれはアランの――
俺が何千回も見てきた、あの剣だ)
黒衣の騎士の剣が閃く。
その動きが、剣筋が――
嫌でも、答えを突きつけてくる。
かつてリミナを守るために振るわれたその剣が、今はアレスを護るための盾となり、道を切り開く鋭い矛となっている。
(なぜだ……。なぜ、あんな奴の隣で……そんな風に剣を振るえるんだ……!?)
カイの視界の中で、魔獣を斬り伏せながら変異種へ向かう黒衣の騎士が、アレスと視線を交わし、信頼を分かち合うように背中を合わせるのが見えた。
背を預ける二人の間合いに、誰一人として踏み込めない。
――そこは、本来、俺が立つはずだった場所だ。
カイは突きつけられた「真実」の重さに耐えきれず、血を吐き出すように呻いた。
「……違う……。違う……っ。
あいつは、俺のアランじゃない……!」
✕✕✕
リュケイオスは体長が四から五メートルはあろう巨大な狼と対峙していた。
「おい、お前ら! コイツは五天星の『赤』。リュケイオス・ルベウス様が相手をしてやる!
お前らはこのデカブツの周りにいる魔獣どもだけを蹂躙しろ!」
「は!」
リュケイオスの号令に、ルクサリス兵たちが声をあげる。
巨大な狼の背中には龍の背中にある棘のような物が並んでいた。
「ケッ。狼の分際で『龍』の真似事とは笑わせやがるぜ!」
リュケイオスの朱色の瞳に赤い光りが宿り、拳に赤い炎を纏わせる。
変異種はリュケイオスに狙いを定める、牙を剥き出し唸り声を上げていた。
変異種の赤い瞳とリュケイオスの赤い瞳が交差する。
「――【絶火剛拳・爆滅の牙】!!」
その瞬間、二匹の獣はお互いに全力をぶつけ合った――
✕✕✕
一方リーベルはやせ細った細身の狼と対峙していた。
「速いだけが取り柄だったみたいだけど、その速さを封じられたら何も残らないね」
リーベルは墨色の瞳を細める。
彼が持つ圧倒的な魔力量は、あの龍王アレスさえも凌ぐほどだと言われている。
リーベルの周囲に、群青色の魔法陣が何十、何百と展開された。
「……逃がさないよ。君の『時間』、俺がもらうね」
リーベルの瞳が群青色に輝く。
細身の狼が動くたびに魔法陣が明滅し、変異種の周囲の「時」を凍てつかせていく。その影から放たれる無数の杭が、逃げ場を奪うように変異種の足元を侵食していった。
「いつまで逃げられるかな――?」
リーベルは楽しそうに目を細める。
「……北部渓谷の魔獣には効かなかったけどね」
リーベルは一度瞳を閉じ、再び墨色の瞳を大きく見開いた。
「――でも、お前は違う。チェックメイトだ」
展開していた全ての魔法陣が一斉に収束し、変異種を完全に固定した。
「【時空固定・影縫の檻】!!」
第24話をお読みいただきありがとうございました!
始まった討伐戦。敵の前に現れた黒衣の騎士が、アレスと絶対的な信頼で背中を預け合う姿を見て、カイの絶望が早くも加速しております……!
後半は、五天星のリュケイオスとリーベルの圧倒的な本気戦闘回でした。
次回、第25話。最後に残った精神干渉型の狼を相手に、ついにエリスが単身刃を抜きます。そしてその果てに、カイの脳が完全に崩壊する「ある真実」が……!?
怒涛の衝撃展開が続きますので、面白いと思ってくださった方はぜひ、★評価やブックマークで応援よろしくお願いいたします!次回もお楽しみに!




