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400年後、迎えに来た龍王を私は覚えていない 〜男装騎士団長は記憶喪失の龍の巫女でした〜  作者: 玖条 レイナ
番外編

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【番外編】第十八・五話 甘味程度で酔うはずがない

※本編の合間にあった、とあるお茶会のお話です。

「エリス、甘い物は好きかい?」


 午後の昼下がり。

 柔らかな光が落ちるテラスで、エリスはディアナのお茶会に招かれていた。


「甘い物? 別に嫌いじゃないけど……」


 エリスは眉毛を寄せ、ディアナが用意した紅茶に口を付けた。


「そうか。それは良かった」


 ディアナは琥珀色の瞳を細め、嬉しそうに小さい箱を取り出した。


「……エリス。これはなかなか手に入らない特別な甘味なんだ。よかったら一粒どうだい?」


 ディアナは箱の蓋を開け、エリスに差し出す。

 箱の中には一口大の丸いチョコレートが数個入っていた。


「……見た目は普通のチョコレートに見えるな……」


「ふふふ。心配性だね、エリス。

 大丈夫、毒は入っていないから――」


「……()()、って――」 


 ディアナは毒づくエリスをよそに、チョコレートを一粒手に取ると、エリスの口元に運ぶ。


「エリス。これは命令だよ。

 口を開けて――」


「うっ……」


 “命令”と言われると、エリスに拒否権はない。


 渋々口を開けて、エリスはディアナの施しを受け取った。


 チョコレートが口に入れられ、唇を閉じる。


「エリス。そのままチョコを半分に割ってごらん」


 ディアナの言葉に従い、歯でチョコを割ってみると、中からドロリとした()()が出てきた。


「……っ!」


(なんだ、これは……!?)


 喉が焼けるように熱い。

 チョコレートの甘さと芳醇なブランデーの匂い。

 リミナにいた頃に飲んでいたワインとは比較にならないほど、暴力的で芳醇な香りが口内に広がる。


 エリスの戸惑いを解説するかのように、ディアナが口を開いた。


「この甘味はね、ルクサリスに生息する、魔樹の果実から蒸留したブランデーが入っているんだ」


「……魔樹?」 


「……つまり、魔力を持った樹木の果実。

 魔族の酒さ」


「魔族の……」 


「お口にあったかな?

 それとも、お酒は苦手だったかな?」


 ディアナはからかうようにウィンクしてみせる。


「何を言う! オレはリミナにいた時は騎士団長のアランとして、毎日酒場へ行っていた!

 騎士団で飲み比べをした時なんか、オレが一番最後まで残ったもんだ。

 そんなオレがこれしきの酒ごときで酔うわけがない!」


「……ほう、それは頼もしい。

 もしよかったら、もう一粒どうだい?」


 ディアナが再びチョコレートをエリスの口元に持っていく。


「で、殿下。こんな珍しい甘味、オレが何粒ももらうのは……」 


「大丈夫だよ、エリス。

 キミの為に仕入れて来たんだから……

 ほら、もう一粒お食べ」


 ディアナの催促にエリスは再び口を開ける。


 チョコレートを噛み、ブランデーの香りが鼻から抜けていく。


「ところでエリス。

 今さらだけど、アレスについてはどう思ってる?」


「どう……ってどういう意味だ?」


「ふふふ。そのままの意味だよ」


 ディアナはふわりと笑ってみて、紅茶を飲む。

 だが、その笑顔はどこか不穏な気配が感じられた。


「……別に、アレスのことなんか何とも思ってない」


 エリスは紅茶のカップを持ち、ディアナから顔を背けた。


(分かりやすいな)


 ディアナは舌舐めずりをする。 


「……じゃあ話題を変えようか。

 エリスはどんな男性が好きなんだい?

 リミナの王子様とアレスだったらどっちと一緒にいたいんだい?」


「はぁ!? 好き!?

 それに、なんでカイとアレスを比べなきゃならないんだ!」


 エリスの菫色の瞳が見開かれる。


「いいじゃないか、ここにはボクとキミしかいないんだ。

 たまには恋バナとかしてみたいのさ」


 ディアナはテーブルの上に腕を乗せ、手のひらの上に顔を置いた。


「殿下!?」


「ふふふ。今日は無礼講だよ、エリス。

 因みに、ボクが好きなタイプは『面白い人』かな」


「面白い? 人の婚約者にあーだこーだ言うのは失礼だけど、あの男のどこが『面白い』んだ?

 オレにはたはだの堅物に見えるぞ?」


「あはは。いいねぇ、エリス。

 そんな素直なエリスもボクは好きだよ」


 ディアナは琥珀色の瞳を細める。


「ファイはね、“ボク”より“世界”を取る男だ。

 最高に『面白い』だろ?」


「……すまん。殿下の『面白い』が理解できん……」


「ふふふ。それでいい――」


 ディアナは今までとは違う、優しい笑みを浮かべる。


(ディアナ様、あのファイ(軍師)の事、本当に好きなんだな――)


 そんな事を考えていると、ディアナの笑みがいつものからかうような笑みに戻っていた。


「さて、エリス。ボクの好みを教えたんだ。

 次はキミの番だ」


「うぅ」


 ディアナが正直に答えた手前、エリスもちゃんと答えなければならない。


「お、オレの好きなタイプは――

 『オレより強い』ヤツだ――」


 エリスの頬が朱に染まる。


(顔が熱くなってきた)

  

 酒のせいなのか、それとも……。


「おや? 意外と普通だった」


「普通って言うな!」


「でも、キミより『強い』ってやっぱりアレ――」


「わーーー!!

 オレより『強い』っていうのは力だけじゃなくて、精神的な強さとか! 肉体的な強さとか! 魔力的な強さとか――」


 エリスが『強さ』について語りだす。

 それは、いつもより饒舌に。

 いつもより、熱を持って。


(エリス、気がついていない?

 語れば語るほど、それが特定の相手になっているってことに――)


「話の途中ですまないんだけど……、エリス。

 それってつまり――」


「待たせたな、エリス」


 ディアナの言葉を、低い声が遮る。


 テラスには白い軍服を纏う皇帝アレスと、アレスの後に五天星(アステリズム)『青』のファイが控えていた。


「おや、アレス。

 内緒話は終わったのかい?」


「内緒話などしていない。

 姉上がエリスに用があると言うから雑務を処理してきただけだ――」


 アレスの瑠璃色の瞳がディアナを一瞥し、すぐにエリスへと向き合う。


「エリス、何かを熱弁していたようだが、邪魔だったか?」


「あ、あああアレス! オレは何も熱弁などしていない!

 お前の帰りも待ってはいない!」


 エリスは椅子から立ち上がり、アレスに向き合う。


「そうか。では次の雑用を――」


「あ! そうじゃなくて!」


「?」


 アレスの瑠璃色が不思議そうにエリスを見つめる。


「あ! お前!

 オレから離れたから契約違反だぞ!」


 エリスはドヤ顔でアレスを指さす。

 いつもより、心なしか頬が赤い。


「!?」


 アレスの瑠璃色の瞳が見開かれる。


「ディアナ! エリスに何をした」


「何もしてないよ。エリスが勝手に語り始めただけさ」


 ディアナは大袈裟に両手を広げてみせた。


「……ディアナ。正直に言え」


「……はぁ。本当に何もしてないよ。

 ただ、この甘味を食べさせただけさ」


 ディアナはため息をつき、チョコレートが入っていた小箱を指さす。


「……それは、何だ」


「……チョコレートだよ。

 魔樹の酒が入ってる――

 アレスも食べるかい?」


「魔樹だと……!?」


 ディアナの言葉に反応したのはファイだった。


「ディアナ、エリスに()()を食べさせたのか?」


「エリスはお酒に強いそうだよ。だから問題ない。

 今だってボクと楽しくお話していたところさ」


「ねぇ、エリス?」


 ディアナは琥珀色の瞳をエリスに向ける。


「あ、ああ! オレは酒に強い!

 甘味程度で酔うはずがないのだ!」


 エッヘン。とドヤ顔で言い放つエリス。


「………………ファイ。説明を――」


「……おそらく、エリスが言う『酒に強い』はリミナでの話だろう。

 ルクサリスの……、しかも魔樹の酒は人間の酒とは比べ物にならない程、アルコールの度数が高い」


「……つまり?」


「酔っ払いだな」


 ファイは「やれやれ」と頭を横に振った。


「何を言う! オレは酔ってなどいにゃい!」


「………………」


「エリス。急に呂律が回らなくなったね」


 ディアナが呟く。


「恐らく、急に立ち上がって酔いが全身に回ったんだろう」


 冷静なファイ。


「あれしゅ……。

 オレ、酔ってなんかいにゃいぞ!」


「あれしゅ……」


 アレスがエリスの言葉を復唱する。  

 

「なんら? なんでお前ら、にゃにもいわにゃいんら? ……あれしゅ?」


 エリスがアレスに縋るような目を向ける。


「………………」


 アレスは天を仰いだ。

 ディアナは机に突っ伏した。

 ファイは肩を震わせた。


「あれしゅ? どーしたんら?」


「でぃあなおねえしゃまも、きゅあのえーでしゅきょうも??」


 エリスが一歩前に出る。

 だが、うまく歩けない。


 よろけながらもアレスの元にたどり着き、アレスの襟首を掴む。


「あれしゅ! おまえ、けーやくいはんしたから、おしおきだぞぉ」


 そういうとアレスの首筋を甘噛みした。


「……!?」


 アレスの首筋の痕に満足したのか、自分の襟のボタンを外し始めるエリス。


 先日、アレスにつけられた吸血痕を指さす。


「お揃い……。えへへー」


「……………………」 


 ふにゃっと笑うエリスにアレスは理性が一気に吹っ飛ぶ。



「ディアナ、ファイ。

 俺はこれからエリスを連れて私室に戻る」


「何人たりとも、近づかせるな!」


 血走った(まなこ)で、エリスの首筋に残る吸血痕を睨みつける。


 エリスの開けた首元はそのままに、

 アレスは自分のマントでエリスを包む。


 ――誰にも見られないように……。


「あれしゅ? なんれマントでぐるぐるにするのらー?」


「……エリス。お前はもう喋らなくていい」


「なんれ?」 


 エリスをヒョイッとお姫様抱っこすると、アレスはそのままテラスを後にした。


 テラスに残された二人は顔を見合わせる。



 最後にディアナの高笑いが城中に響いたのだった。

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