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第十話 帰還の儀、戦利品にあらず

 黄金の帝都アルヴァニア、その中枢に位置する『謁見の間』。

 そこには、帝国の重鎮や五天星(アステリズム)の配下、さらには戦いから戻ったばかりの荒々しい龍族の将軍たちがひしめき合っていた。


 誰もが、王が連れ帰ったという「人間の女」の噂を口にしている。

「陛下をたぶらかした魔女か」「それとも、ただの慰みものか」

 低く、卑俗な期待を孕んだざわめき。


 だが、その騒音は、大扉が開かれた瞬間に一掃された。


 現れたのは、眩いばかりの『白』。


 皇帝アレスと、その隣に並び立つ一人の女。

 

 エリスが纏うのは、ルクサリスの軍服を大胆に改造した特注品だ。

 純白の布地、黄金の刺繍。

 一歩踏み出すたびに、深いスリットからしなやかな脚が覗く。 

 男たちの視線は、その脚線美よりも、無意識に腰の重心と足運びを観察していた。

 戦場を思わせる足運びもさることながら、それ以上に彼らを戦慄させたのは、その女が放つ、場馴れした「本物の殺気」だった。


「……静粛に」


 アレスの低い声が、広大な間に響き渡る。

 玉座の前で、アレスがエリスの肩を抱き寄せ、眼下の群衆を見据えた。


「――今回のリミナ侵攻、大義であった」


 低く、地響きのような声が謁見の間を支配する。アレスは満足げに、隣で強張るエリスを誇示した。


「我らルクサリスが手にした、最高の戦利品を紹介しよう」

 

 アレスがエリスの顎を掬い上げる。

 逃がさないと言わんばかりに、強引に前を向かせた。

 

 「戦利品」と言う言葉に、エリスの菫色の眼光が龍たちを鋭く射抜く。


(……違う)


 喉の奥で、言葉を噛み殺す。


(オレは――戦利品なんかじゃない)


(オレは、自分の意志でここに立っている) 


 視線を上げる。


(――立つ。ここで)


(この場所で)


 その視線に射抜かれ、

 無意識に一歩、後ずさる者がいた。


 誰もそれを指摘しない。

 だが確かに、その場の空気が一段階、引いた。

 

「リミナがひた隠しにしてきた龍の巫女、エリス・オルタディアだ」


 会場に「おお……」と感嘆の吐息が漏れる。だが、アレスの言葉はそこでは終わらない。彼は愉悦に歪んだ笑みを浮かべ、爆弾を投下した。


「……そして。貴様らの中には、戦場であの菫色の瞳に射抜かれ、死を覚悟した者がいるはずだ。

 紹介しよう。この女の真の姿は――我が軍を幾度となく蹂躙した『リミナの盾』。不敗の騎士、ヴァイオレット・レイスだ!」


 刹那、会場の空気が爆発したような騒然に包まれる。

 

「ヴァイオレット・レイスだと……!?」

「まさか、あの死神が、あんな……女だったのか!」


 驚愕、畏怖、そして「あの化け物に仲間を殺された」という憎悪の混じった視線が、エリスに突き刺さる。


「あの女がヴァイオレット・レイス……!」


 配下たちの怒号に混じり、五天星(アステリズム)の一人である『赤』のリュケイオス・ルベウスは唇を噛み締めていた。


「そーいえば、過去のリミナの防衛戦で出撃したのって、リュケイオスの隊だったっけ?

 『赤』の精鋭部隊を三度も退けた『亡霊』が、まさか()だったなんてね――」


 リーベルはからかう様にリュケイオスを眺めた。


「……その『亡霊』を陛下が“選ばれた”と言うことか――」


 リーベルの隣で『茶』のサトゥル・ブロインが静かに呟いた。  



「……おい、そのヴァイオレットなんちゃらってなんだ……」


 エリスが小声で、だが殺気を込めてアレスを睨む。


「フッ。この場で『ヴァイオレット・レイス』と言えばお前以外に誰がいる。お前がルクサリスの喉元に立てた牙に、俺たちが敬意を込めて名付けた名だ」

 

「敬意だと!? 悪意の間違いだろ!」


 アレスはからかう様にエリスの菫色の瞳を覗き込む。


「……っと、そういう事じゃなくて! このふざけた名前は何だと聞いている!」


 エリスは一刻も早くこの儀式が終わることを祈っていた。

 アレスの腕を交わそうにもいつの間にか腰に手を添えられがっちりホールドされている。


「……この名は、我がルクサリスでの『アラン』の異名だ――。ここにいるルクサリス兵は『リミナの騎士であったアラン』を恐れていた――」


「なんだと?」


「誇っていいぞ。貴様に殺された我が軍の兵たちは、貴様を人間だとは思っていなかった。今日、この場でお前は、亡霊(レイス)から一人の(エリス)として、帝国にその名を刻んだのだ」 


『俺の隣に立つ立場を与えてやる――』


 アレスの言葉がリフレインする。

 

(もしかして……コイツはこの事を言っていたのか……?)


 ざわつく群衆に対し、アレスはさらに追い打ちをかける。


「貴様らの憎しみなど知ったことか」


 アレスは一歩踏み出す。


「かつて我らの喉元を狙ったこの女は――

 今、この瞬間から――俺の隣に立つ者だ」


 静寂。


「不満があるなら――俺から引き剥がしてみろ」

 

 謁見の間は、歓声とも怒声ともとれる声で溢れかえっていた。 


✕✕✕ 


 喧騒に包まれる広間を、遥か高い回廊(バルコニー)から見下ろす二つの影があった。


 ルクサリス第一皇女ディアナ・アルヴァス。

 五天星(アステリズム)『青』の騎士ファイ・キュアノエイデス。


 ディアナは琥珀色の瞳を細めてアレスの腕の中に収まるエリスを見つめていた。

 視線が、獲物を絡め取るように細められる。


「――やっと、見つけた」


 ディアナの唇が、愉しげに歪む。


「エリス。やっと、ボクの手の届く場所に来てくれた」


 ディアナは婚約者の腕に指を滑らせる。 


「……これからどうなると思う? ファイ」


「ディアナ……。それはあの二人が決めることだ」


「キミは、相変わらず優しいんだな。ファイ」

 

 そして、階下の菫色の瞳を凝視する。

 

「――まだ、眠っている。

 ボクは、わくわくしているんだよ」 

 

 ディアナは獲物を定めた猛獣のように再度瞳を細める。

 ファイは何も言わなかった。

 ただ、その視線だけがわずかに揺れていた。

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