輝くもの
ティアマトが提案し俺が許可を出した作戦は、基本的には上手くいったといえる。
ラインザッツ侯爵家の被害を押さえるために地上にティアマト率いる三個軍団を展開し、その他の勢力を地下を拡張する形で新たにサナイグの街へ開通させた混沌迷宮の入り口へと誘い入れる。
ダンジョンと軍団で戦力を分散させつつ、ハヅキのような特記戦力が現れるのをジッと待つ……此度の戦争はそのような形で展開される、はずだった。
だが結果を見ればどうか。
俺達が何をするでもなく、混沌迷宮のアイテムに目がくらんだ兵士達は全員が混沌迷宮に入り……そして軍団長達に大した痛手を与えるでもなく、全滅した。
唯一タマキに小さな傷をつけることができたナリタは多少見るところがあったが……それだけだ。
勇者の末裔である勇爵家の人間であれ、その程度の実力しか持っていなかった。
ハヅキが言っていた王国では混沌迷宮の魔物達に勝てないという言葉は、紛れもない真実だったのだろう。
その事実を前に……俺は愕然としていた。
あれだけ気にかけて何時出てくるのかと気がかりにしていたというのに……特記戦力は、もういないのか?
本当にこれで、終わりなのか?
「どうやら詳しく話を聞かせてもらう必要がありそうだな……その聖女とやらに」
俺がジッと見つめる先……空中に映し出されたホログラムには、混沌迷宮の入り口を見つめながらその場で祈りを捧げている、聖女アリアの姿があった――。
♢♢♢
魔物達に案内をさせると、アリアは周囲の反対を押し切ってダンジョンの中へと入ってきた。
かつてハヅキをもてなした第六十五階層で、俺は彼女と向かい合っている。
俺の背後には護衛のガブリエルが、そして彼女の背後には護衛の聖堂騎士が立っている。
「お前が聖女アリアか?」
「はい、私が第五十八代聖女……アリア・ファナティックです」
両目に真っ黒な眼帯をした少女は、見えていないはずの眼でジッとこちらを見つめていた。
ああいや、以前ブラッドから聞き出した情報によれば……たしかこれでも、見えているのだったか。
「話は聞いているか?」
「はい、聖戦軍は聖教軍団を除き、全滅したと……先ほどミツル様の配下であるベルナデットさんから聞かせていただきました」
聖女アリアはそれだけ言うと、手にしている白と青の杖をそのまま地面に突き立てた。
何をするのかと思えば、彼女は膝をついて四つん這いになり、びりびりと裾の長い修道着を破り捨ててみせる。
服を脱ぎ四つん這いになる……これはこの世界における、服従を示す降参のポーズである。
「アリア様、一体何を!?」
「ミツル様、我々はあなたに従います。ですからどうか私達……せめて、ルベールの命だけでも……」
慌てふためき始めた聖堂騎士と、はらりと髪を垂らしながらこちらの慈悲に縋るアリア。
彼らもまた聖戦のためにやってきた存在、全滅させること自体は問題ないが……。
(たしか聖教会の組織内で最強の存在が、彼女なんだったか)
俺の今回の聖戦の主目的は、あくまでもこの世界の特記戦力のあぶり出し。
自身強者であり聖教会という広大な組織の重要人物である彼女であれば、色々と情報を知っていることだろう。
「お前達の助命と引き換えに、知っている情報は洗いざらい話してもらおう」
「もちろんです」
「それと今後王国がどのようなことになっても、文句をつけるなと誓え」
「……ふっ、もちろん、そんなことでよろしければ、いくらでも」
そう言うと、なぜかアリアは笑みを浮かべた。
……なるほど、どうやら彼女も腹に一物ある人物のようだな。王国戦力も一枚岩ではないということか。
だがそれなら話は早くて済みそうだ。
さあ、教えてくれ。王国にいる強者の情報をな。
「ふむ、なるほどな……」
アリアからの聴き取りを聞いた結果、俺は王国のおおよその情報を掴むことができていた。
やはり特筆すべき特記戦力はハヅキ程度であり、アリアの実際の戦闘能力は低くはないとはいえせいぜいがAランク下位程度。
「しかし、まさか聖女というのが作られた存在だったとはな……」
興味深いのは彼女が打ち明けてくれた、聖女という存在についてのあれこれだ。
政治的に実権はなく、そして聖女という存在は、魔道具によって人為的に作られているのだという。
「はい、私が死んでもまたすぐに、次代の聖女が生み出されることになるでしょう」
輝くもの、天より堕ちという魔道具。
巷では聖女の選定に使われると言われているこの魔道具は、その実人間を人為的に聖女に変えるための魔道具ということらしい。
「まさか国教が、そんな悪魔めいた儀式をやっているとはな」
ただその魔道具に適合する確率は極めて低く、失敗した場合その人間は死ぬ。
そして今代の聖女が死んだ場合各地から聖女候補達が集められ、誰かが適合するまで彼女達はその身を神の御許へ送り続けることになる。
やっていることはカルトの生け贄とそう変わらない。
どうやら聖教という組織は、想像以上に闇が深いようだ。
「私が死ねば、また新たな聖女を生み出すためにまた何十人、何百人という犠牲が出てしまうことでしょう」
アリアはそう言うと、後頭部に手を回す。
パチリと音が鳴り、彼女の眼帯が外れた。
美しいその相貌が露わになる。
(これがその魔眼というやつか……)
紫色をしたアリアの瞳はその虹彩が立体的な魔法陣を形成していた。
生まれ持っての魔眼を持ち聖教会にその才能を見いだされた彼女は、魔道具と適合し今代の聖女となったという。
魔眼を見るのは生まれて初めてだ。
そのような能力はダンモンには存在していなかった。
彼女が持つ魔眼は魔力眼。
簡単に言えば魔力そのものを色覚にして見ることができるようになるという能力である。
人間は魔力を持つ生き物であり、人が何かをする際にはその身体から魔力の波長が変わる。
その微細な変化すら読み取れる彼女の魔力眼は相手の心根や嘘など、あらゆるものがわかってしまう。
その目が見えすぎてしまうせいで、色々と苦労したことが多かったらしい。
「その目に、俺はどう映っている?」
「恐ろしいほどに多様な魔力が、ミツル様の周辺で渦を巻いております。あらゆる魔物の魔力をその身に受け止める魔物の王……正しく魔王と呼ぶべき魔力かと」
純粋な魔力量としても質的な意味でも、俺より上の魔力の持ち主には出会ったことがないらしい。
どうやらDPによって全てを生み出すダンジョンマスターとしての権能は、この世界では魔力によって行われているある種の魔法のような行為となっているらしい。
なるほど、面白いな……このアリアという女は、間違いなく使える。
腹の内は置いておくとしても、こちらに従順な態度を見せているところもいい。
「私の命はどうなろうと構いません。ですができることなら……この魔道具をミツル様に壊すか、管理していただきたいのです。もう二度と、私のような聖女を生み出すための犠牲が生まれぬように」
そう口にするアリアの目には、輝きだけではなく暗い炎があった。
どうやら彼女は自身が所属している聖教会のことを、強く憎んでいるらしい。
聞けば聖女には実権や拒否権がないらしいので、それだけで色々と察せてしまう。
自分に命令してくるだけで何もしないお偉方に、完全に愛想が尽きてしまっているのだろう。
(とりあえず、聖教会を潰すのは確定だな)
現在輝くもの天より堕ちは、彼女聖王国の本堂に保管されているという。
適合者を一人しか生み出せぬというその性質故、本堂の地下深くに厳重に封印がなされているそうだ。
聖女を作る魔道具……興味がある。
なんとしてでも回収したいので、聖教会の本部を襲うのは確定事項だ。
話を聞いただけでその聖教会が生臭坊主どもの腐敗した組織であることはすぐにわかったし、ついでに聖教会の組織ごと潰してしまうか。
いっそのこと潰してから、アリアを頂点にした新しい組織を作らせてしまおう。
「アリア様……」
「ルベール……」
そして俺があれやこれやと頭を巡らせている間に、なぜかアリアとそのおつきの空間が桃色空間を形成し始めていた。
今生の別れと思っているからか、ルベールと呼ばれていた男の方は涙さえ浮かべている。
「安心してくれ、今のところお前達を殺すつもりはない」
俺の言葉を聞いた二人が、びくりと身体を動かした。
王国の人間の中ではまだまともに話が通じるアリアは、まだまだ使いどころがありそうだからな。
混沌迷宮を見て即座に敵わないと悟るや、戦力を出さずにすぐに白旗を揚げられるその判断力を、俺は認めている。
「アリア、お前は聖教会を恨んでいるか」
「……わかりません、今までそんなこと、考えもしませんでしたから……」
「俺達は俺達が好きなように動く。それを邪魔しない範囲であれば、お前も好きに動けばいい」
「私の、好きに……」
折角だ、この機会に王国の戦力を測らせてもらおう。
聖教会潰しと並行して、王国内に潜んでいる可能性のある戦力の炙り出しもまとめてやってしまうことにしよう。
無論それが想定をはるかに下回っていれば……蹂躙するだけだがな。
現在ティアマトには第二・第三・第五の三個軍団の指揮を預け、リンドバーグ子爵と共に地上に滞在してもらっている。
とりあえず彼らを使って王国を攻め手もらおう。
本来であれば地上で起こっていたであろう虐殺や略奪を未然に防ぐために機動防御ができるよう待機を命じていたわけだが……王国のやつらが想像以上に欲の皮が突っ張っていたせいで役目がなくなってしまったからな。
多少手荒でも、派手にやらせてもらおう。
ハヅキ以上の勇者を抱えているというガイザル帝国と戦うためのデモンストレーションといこうじゃないか。
「ディメンジョンゲートを開け。第二・第三・第五軍団は王国を蹂躙せよ」
そして、地獄の門が開く――。




