第二混沌迷宮
新たなダンジョン第二混沌迷宮と呼称することとし、彼らはその探索に励んでいた。
現在探索が開始されてから半日ほどが経過し、彼らは順調に成果を出し続けている。
「うおおすごい、本当に武器が出たぞ!」
「俺が使ってる直剣より質がいい……」
第二陣、第三陣として送り込まれた彼らが戦利品を持ち帰ってくることにより、兵士達のもっと奥に進みたいという欲はどんどんと強くなっていく。
また目の前でお宝が出てくる鉱床があるにもかかわらず先に進むとなると、兵士の士気の維持も問題となってくる。
そのためコラブ公爵は、三日間という制限を設け各軍隊が独自にダンジョンに入る許可を出すことにした。
当初は第一階層しか攻略されていなかったものの、まだ見ぬお宝を求めて第二第三階層へと進んでいった者達がミスリル製の武器を持って帰ってきたところからダンジョン攻略への熱が加速する。
果たして本当に三日でこの熱が冷めるのかというほどの勢いで、皆が血眼になってダンジョン攻略を始めていた。
「私達はがなんのためにこの地までやってきたのか……あれを見るとつい忘れそうになってしまいますね」
そんな中で唯一、自分達の軍をほとんど出さずにいた勢力がある。
それが聖女アリア率いる聖教軍である。
彼女はダンジョンの中へ入っていくラテラント王国軍を見ながら、変わらずとてつもなく邪悪で混沌とした魔力を振りまいているダンジョンの入り口を見つめていた。
内部は入り組んでいるため整然とした行動は取るべくもなく、聖戦軍が小隊単位で今や兵士達は我先にと皆がダンジョンの中へと入っていってはポーションや武器防具類などを取ってきては、領地に戻ってからもらえる報奨金に鼻の穴を膨らませている。
その中には当初は乗り気ではなかったセガタ勇爵家達の姿もある。
彼が使っている刀に勝るとも劣らぬ業物が産出するとわかってからは、目の色を変えて配下達にダンジョンに潜るように命じている。
「まったく、嘆かわしいことだ。アリア様のご忠告を無視して勝手にダンジョンに潜るなど……」
憤慨するルベールの視線の先には、今回ダンジョンに入って得てきた戦利品を確認する男の姿があった。
その中には者達は修道着や聖堂騎士にのみ許される白銀の鎧を着ている者の姿も見える。
「……ん?」
そのうちの一人、彼らを取り纏めている一人の青年が、ルベールの視線に気付くと彼の下に近づいてくる。
長く伸びた茶色の髪をまとめている彼は、ルベールに対して自慢げに笑った。
「どうしたんだいルベール、君もやせ我慢なんかしてないでさっさとダンジョンに入ればいいのに。見てくれよこの剣、総ミスリルだけど俺が使ってる剣より切れ味が鋭いんだぜ。こんな田舎くんだりまで行けと言われた時は全然気が乗らなかったけど……まさか装備が新調できるだなんて、まったくダンジョンは最高だな」
「貴様……ジュラ、貴様、アリア様の忠告を何だと思っているのだ!」
キラリと陽光を反射する剣を見せつけられ、ルベールの怒りは頂点に達した。
ルベールが掴みかからんばかりの勢いで睨んでいる相手は、聖堂騎士のジュラ・アルフォンス。
彼はルベールと同じく聖堂騎士最強の十星騎士団のメンバーでありながら、アリアの命令を無視して自分の手勢と共にダンジョンの中へと潜っていた。
「所詮忠告は忠告、何の効力もないただのアドバイスだよ。俺からしたら後二日間何もしない方がヤバいと思うがね。何もしない腕が鈍っても知らないぜ」
「……そんなこと、言われずともわかっている!」
激高するルベールに付き合っていられないと思ったのか、ジュラはそのまま戻っていくと共にダンジョンを潜った者達と共に戦利品を見せ合っていた。
その姿は誇り高き聖堂騎士のそれではない。
ダンジョンに潜って仲間内でそれを分け合うなど、聖堂騎士がやるべきことではない。
しかもそれを本来行うはずの聖戦の道中に行うという愚挙。これではやっていることはならず者達と変わらないではないか。
元々真面目で堅物であるルベールの頭は、沸騰しそうになっていた。
「そう怒らないでください、ルベール」
「……はっ」
「私のために怒ってくださるのは嬉しいですが、ジュラさんがおっしゃっているのも事実ではありますから」
アリアは別段悲しそうな顔をするでもなく、全てを諦めたような顔をして笑う。
その笑顔を見たルベールは、一瞬で彼女に胸を掴まれてしまった。
ルベールが彼女に抱いている感覚を、一言で言い表すことは難しい。
憐憫なのか、同情なのか、愛慕なのか、それとも敬愛なのか。
だが聖女として戦い誰から慕われることもなく自分の役目を粛々とこなす彼女のことを、ルべールは人間として尊敬していた。
上に彼はアリアが他者からどう思われているかなど、更に言えば彼女が聖女であるかどうかすらも関係なく彼女のことを慕い、付き従っている。
「それに……そんなに怒る必要もないと思いますよ」
ルベールに優しげな笑みを浮かべていた彼女は、出てくる宝物に目を濁らせている男達を見、その先で変わらず大きく口を開いている第二混沌迷宮を見つめる。
視線が移動するにつれ、彼女が纏う気配は冷たく、そして真剣なものに変わっていく
「そう遠くないうちに……彼らは皆、味わうことになるでしょうから」
「……一体、何をでしょう?」
ルベールの問いを聞いたアリアが、自身の眼帯をそっと撫でる。
彼女の目は、巷では全てを見通す眼であると言われている。
その力を知っているルベールは、彼女の言葉に、アリアが自分達に見えていない何かを見ていることを悟った。
「――このダンジョンがそれほど甘いものではない、ということをですよ」
そう言って、アリアの身体が軽く震えた。
アリアの声がどこか弾んで聞こえるのは、自分の気のせいだろうか。
ルベールは彼女が何を見ているのか聞きたくなったが、それを聞くのがなんだか怖くなり、黙って彼女の側に立ち続けることにしたのであった。
そして次の日、第二混沌迷宮へ潜ってから二日目になってから、ルベールはアリアの推測が間違っていなかったことを知ることになる。
あんぐりと口を開ける迷宮は、決してただ甘い蜜を垂らすだけの果実ではない。
それを餌に獲物をおびき寄せる、食虫植物なのだということを……。




