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明暗分かれるバレンタイン・逆転

 陽太たちと別れた後。


 恭は帰り道を歩きながら、昨日のあやめの発言を思い出した。


『お前が私にチョコをくれてもいいぞ。そしたらホワイトデーにお返しやる』


 そして進路を変更し、母の日にケーキを買った店に立ち寄る。


「いらっしゃいませ。ごゆっくりご覧ください」


 八神家の近くではこのケーキ屋がいちばん美味しいと、あやめが気に入っている店だった。


 カフェスペースでケーキを食べていた女性客たちは、ふとショーケースの前に立つ恭に気付いた。


「ねぇ、見て。あの人、すごくカッコいい」

「本当だ。チョコレートケーキを見てるみたいだけど、今日はバレンタインだし、もしかして彼女にかな?」

「だとしたら優しい。いいなぁ、あんなイケメンの彼氏がいたら」


 友人と小声で言い合い、しばし恭のシュッとした立ち姿に見惚れたものの、あまりジロジロ見るのも悪い。


 一度は視線を外したが、やはり気になって再び目をやるも、恭は手ぶらで店を出て行った。


「けっきょくケーキ、買わないで帰ったみたいだね?」

「だとしたら自分用だったのかな?」

「いちおう声かければ良かった~」


 知らない女の子たちを嘆かせた後。


 帰宅した恭が玄関を開けると、台所から甘い香りが漂ってきた。


 恭はまさかと、すぐに台所を見に行く。


「わぁっ、なんだよ。もう帰って来たのか? せっかく驚かせようと思ったのに」


 部屋着姿のあやめがビクッとこちらを振り返り、残念そうにぼやく。


 例の香りのもとはオーブンだった。どうやらチョコを作っているらしい。


「俺を驚かせるって……」


 ポカンとする恭に、あやめは「へっへっへ」と悪戯っぽく種明かしする。


「お姉ちゃんが可愛い弟にチョコをやらんはずないだろが! でももらえるのが当たり前になっても面白くないから、今年はフェイントかけてみた。ちなみにほーちゃんたちには明日渡します」

「じゃあ、けっきょく俺のチョコもあるってことなの?」


 信じられない気持ちで問う弟に、姉は「うん」と稼働中のオーブンを指す。


「今年はブラウニーを焼いた。お姉ちゃん好みの甘~いヤツだけど、お前もちゃんと食わなきゃダメ~」


 お菓子作りでテンションが上がりニッコニコのあやめから、恭はパッと顔を伏せて呟く。


「……どうせチョコくれるなら、俺の好みにしろよ」

「お姉ちゃんがそんな細やかな配慮すると思うか? 他は全員甘党なんだから、お前が皆の好みに合わせるんだよ」


 無駄に高圧的な姉に普段なら反発するところだが、ついでのチョコでもありがたいと思い知ったばかりなので、


「……まぁ、手作りなだけ、お前にしてはマシだけど」


 と控えめに返した。


「そうだろ、そうだろ。面倒臭がりのお姉ちゃんがバレンタインだからってチョコを作るなんてよほどのことです。お前を愛してる証拠」

「ついでのくせに恩着せがましい」


 流石にムカッとして言い返すと、あやめは真顔で告げる。


「むしろお前のついでに母さんやほーちゃんたちにもあげるんだぞ。お前にやるんじゃなきゃ、ホワイトデーに返すだけで済んでる」


 予想外のあやめの言葉に、恭は一瞬思考が止まった。


「……じゃあ、なんで甘く作るの?」

「私が甘いの好きだから」

「じゃあ、全員お前のついでだろ」


 無駄に心をかき乱されて腹を立てる弟を、姉は「まぁまぁ」と適当に宥める。


「荷物を置いて、手洗いとうがいをして来なさい。ちょうどいいから焼き立ても食わせてやる」


 あやめに背を押された恭は台所を振り返って尋ねる。


「ブラウニーどのくらいあるの?」

「5人分だけど、なんで?」

「……俺がメインなら俺のいちばん多くして」

「なんだ、いきなり欲張って。甘いものは嫌いじゃなかったのか?」


 意外そうに問う姉に、弟は気まずそうに目を逸らしながら言い訳する。


「そうだけど……バレンタインはなんとなくチョコが食いたくなる」

「じゃあ、お前の分はいちばん多くしてやる。その代わりホワイトデーはサーティサンのレギュラートリプルな」


 チョコのお礼はアイスが定番で、お小遣いのアップとともにグレードも上がり、中学生からはサーティサン。さらに高校生になってからはレギュラーダブルで返していた。つまり――


「いつもより1個多い」

「私も欲張ってみた。ダメ?」

「いいけど、小食のくせに、そんなにアイスを食べて腹を壊すなよ」


 恭は今度こそ台所を出たが、なぜか洗面所を通り越して玄関に向かう。


「あれ? どこに行くんだ?」


 不思議に思って声をかける姉に、弟は背を向けたまま答える。


「……今日、部活休んだから、ちょっとその辺走って来る」

「だから帰りが早かったのか? でも具合が悪いから休んだんじゃないの?」

「もう治った」


 1時間後。再び帰宅した恭は台所に顔を出した。


「お前これ要る?」

「えっ? ケーキ? どうしたの?」


 ケーキの箱を渡されて目を丸くするあやめに、恭はこう説明する。


「お前が今年はチョコ作らないって言ったから、自分用に買った」

「さっき帰った時、ケーキの箱なんて持ってたっけ?」

「お前が気付かなかっただけ」


 白い箱を開けると、中には真っ赤なラズベリーと繊細な装飾が美しい豪華なチョコレートケーキが入っていた。


「おお、美味しそう。嬉しいけど、自分で食べなくていいのか?」

「いい。ブラウニーがあるなら、そっち食うし」


 思いがけず高級そうなケーキをゲットしたあやめはホクホクと喜ぶ。


「ちゃんとチョコを作ったおかげで、さっそく得しちゃった。やはり善行は積むものですね」


 姉弟はリビングに移動すると、コーヒーを入れてケーキとブラウニーを食べ始めた。


 あやめはソファの隣に座る恭を見ながらニヤニヤと指摘する。


「なぁ、このケーキすごく美味しいけど、どうして甘いものが苦手なお前が自分用に買ったケーキが、こんなにお姉ちゃん好みの味なんでしょうねぇ?」


 味もさることながら、弟はゴチャゴチャ飾りがついた食べ物は苦手だ。特にラズベリーは食べられないわけではないが、「食べた時ゴソゴソする」と嫌がっていた。


「知らない。たまたまだろ」

「本当はお姉ちゃん用に、わざわざ美味しそうなのを買って来てくれたんだったりして」

「違う。今日は偶然そういう気分だっただけ」


 頑として認めない弟に、姉は自分用のブラウニーが乗った皿を差し出す。


「じゃあ、ケーキのお礼に、お姉ちゃんのブラウニー、もっと分けてやる」

「……もらっとく」


 バレンタインの翌日。昼休みの教室で、陽太は憐れなほど萎れながら戦果を告げる。


「けっきょく俺は母さんとサッカー部の女子マネからしかチョコをもらえなかったよ」

「マネージャーからもらえたなら良かったじゃん」


 槇がフォローするも、陽太はワッと声を荒げる。


「チョコって言っても、お徳用パックをバラして包み直したヤツね! せめて俺だけならいいけど、部員みんなに配ってたし、流石の俺も勘違いしようのないほど義理中の義理だよ!」

「俺は母さんと妹の他に、バイト先の女の子とクラスの子からもらった。まぁ、普通に義理チョコだけどな」


 何気なく報告し返す槇に、陽太はクワッと食いつく。


「手作りでしたか!?」

「まぁ、手作りだったけど」

「じゃあ、義理のフリをした本命の可能性もあるんじゃない!? いいよね、槇は意外とモテて! モテないのは俺だけなんだ!」


 昼食を食べながら荒ぶる友人たちを尻目に、恭はカバンから小さなタッパーを取り出す。


「って、あれ? 恭、何それ?」

「ブラウニー」

「なんか手作りっぽくない? 誰にもらったの?」

「姉」


 恭は食後のデザート代わりに、あやめがくれたブラウニーをもくもくと食べ始めた。


「へぇ、お姉さん、ブラウニーを作ってくれたんだ。良かったな」


 ニコッと言う槇に続いて、陽太は首を傾げて尋ねる。


「でも、なんでわざわざ学校で食べるの?」

「一気には食えない量をもらったから、分割して食べてる」


 別に面白くも無さそうにブラウニーを食べる恭の肩を、陽太はガッと掴む。


「そんなにいっぱいもらったなら俺にちょうだい! 俺も女子の手作り食べたい!」


 しかし友人の頼みを、恭は「は? やだ」と急に怖い顔で断る。


「いっぱいって言っても、俺はアイツと母さんからしかもらってないし。今年のチョコはけっこう美味いから、絶対にやらない」


 たくさんもらったからと目の前で食べるくせに、1つも分けてくれない恭に陽太は「うわ~ん!?」と槇に泣きつく。


「槇ぃぃ! お姉ちゃんにもらったチョコなら家で食べればいいのに、恭がわざわざ見せつけて来る~!」

「別に見せつけてない」


 空気が読める槇は口にこそ出さないが、


(本当は見せつけてそうだ……)


 と子どもっぽい友人たちに呆れた。

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