明暗分かれるバレンタイン・どん底
2月上旬、恭の教室。
いつもは根明の権化のような陽太が珍しく卑屈な微笑みで切り出す。
「へへっ、もうすぐバレンタインだね。学校一のモテ男である恭は、さぞたくさんのチョコをもらうんだろうね」
友人からの唐突な妬みを、恭は呆れ顔で否定する。
「別に俺、バレンタインのチョコは家族からしかもらわないけど」
「えっ、嘘!? 本当に!? 恭も俺と同じなの!?」
自分だけが灰色のバレンタインを過ごしているわけじゃないんだ! と陽太は希望を抱きかけた。
けれど、槇がすぐに目を覚まさせる。
「真に受けるなよ、陽太。恭はもらえないんじゃなくて、もらわないの。要するに女子がチョコをくれても断ってるんだよ」
「なんでそんなもったいないことを!?」
驚愕する陽太に、恭は素っ気なく返す。
「だってチョコをもらったら、お返ししなきゃいけないだろ。それに知らない人間が作ったもん食いたくない」
「うわぁぁ!? 神様なんで!? なんでこんな女子をむげにするヤツが学校一モテるの!?」
天を仰いで嘆く陽太を、槇は苦笑いで宥める。
「マジレスすると、見た目とスペックに加えて、人は手に入らないものほど価値があると思いやすいからだろうな」
「つまり恭の塩対応が逆に高嶺の花的な価値を高めてるってこと? うぅ、俺ももっとクールに振る舞ったらモテるかな?」
また見当違いの作戦を思いつく陽太を、槇が心を鬼にして止める。
「やめな。お前がクールに振る舞っても、多分ただ無愛想で感じ悪いヤツだと思われるだけだ」
「なんで俺はどう足掻いてもモテないの!? 理不尽だぁぁ!」
絶望して崩れ落ちる陽太をよそに、恭は今年のバレンタインについて考えていた。
バレンタインは例年、母は確実にくれて、あやめはくれたりくれなかったりする。
具体的には、あやめは友だちがいる時だけ友チョコを作るついでに恭にもくれる。だから中学でほのかと出会ってからは、恭にも毎年くれていた。
今年は新たに天華という友だちが増えたので、きっと自分にもくれるだろう。
ところが恭の予想とは違い、バレンタインの前日。
「明日、バレンタインだけど」
「それがどうした?」
「今年は母さんや友だちにチョコを作らなくていいのか?」
いつもなら夕飯の片づけが済んだ後、あやめは翌日に渡すためのチョコを作り始める。
それなのに今日は自室に戻ったきり、一向に台所に行く様子がないので、恭は気になって確認しに来た。
「ああ、今年からバレンタインはやめたんだ」
「なんで?」
あてが外れて驚く弟に、姉は高らかに答える。
「なぜならお姉ちゃんは高校生作家だからだ! 1巻は無事に出たけど、今は2巻の加筆修正とコミカライズのやり取りに加えて、家事に学業に結構忙しいの。だからバレンタインは母さんと友だちからチョコをもらって、私はホワイトデーに返すだけにした」
「……じゃあ、俺のも?」
「無い。でも別にいいだろ? お前いつも嬉しそうじゃなかったし、モテるし」
恭へのチョコは、あやめの友だちのついでだ。だからホワイトデーにお礼はするが、確かに喜んで見せたことは無かった。
「……まぁ、確かに。お前のチョコなんて別に要らないけど」
不満からあえて傷つけるような言い方をするも、姉はノーダメージでパッと笑う。
「じゃっ、そういうことで。あっ、逆にお前が私にチョコをくれてもいいぞ。そしたらホワイトデーにお返しやる」
「そんなこと絶対しない」
恭は不機嫌に言い返すと、あやめの部屋のドアを強めに閉めた。
翌日、昼休みの教室。
せっかくのバレンタインなのに、ほとんど机に突っ伏して過ごす恭を見て、陽太が首を傾げる。
「恭、なんかテンション低くない? あっ、分かった。思ったより女の子からチョコをもらえなかったんでしょ?」
指摘してすぐに「な~んて」と、おどける。
「恭は俺と違って自分から断ってんだもん。チョコをもらえないからって落ち込むはずないよね」
「……当たり前だろ。チョコをもらえないくらいで落ち込むはずない……」
台詞とは裏腹に、恭の精神は明らかに地の底だった。
「そもそも恭が突き返してるだけで、チョコ自体はたくさん来てるしな」
槇の指摘どおり、昼休みまでに何人もの女子が「八神君、ちょっといいかな?」と、はにかみ笑顔で寄って来ては、
『チョコだとしたら要らない』
とエントリーすら許されず拒否された。
やっぱり恭はチョコなんて要らないんだなぁと納得した陽太は、改めて不思議がる。
「じゃあ、なんで元気ないの?」
「……別に元気はあるし。無駄にはしゃがないだけ……」
放課後。陽太は恭の机の上に積まれたチョコの箱を指して尋ねる。
「恭。直接渡しに来たチョコはその場で断ったみたいだけど、机や下駄箱に入ってたヤツはどうすんの?」
「去年、恭が律儀に返しに行ったせいか、今年は差し出し人不明が多いみたいだしな」
槇の言うとおり、正面から行くと断られると考えた女子たちは、
『もう、こうなったら手作りチョコを食べてもらえるだけでいい!』
と見返りを求めず、差出人不明で机や下駄箱にチョコを入れた。誰に返せばいいか分からなければ、受け取ってもらえるはずという算段だった。
ところが恭は差出人不明のチョコの山をこう処理する。
「ん? 恭、どうしたの? 突然ノートを破って」
恭は友人たちの前で出し抜けにノートを破ると、ノロノロと何かを書き始めた。
「もらったチョコをゴソッと教室の後ろに置いて、その上にノートの切れ端を乗せて……?」
恭は教室の後ろにある落とし物ボックスに女子からのプレゼントを入れると、生気の無い顔で友人たちを振り返る。
「……俺もう帰るわ」
「あれ、部活は?」
「……調子悪いから休む」
そう告げると、幽鬼のような足取りで教室を出た。
槇は心配そうに、その背を見送りながら呟く。
「やっぱり調子悪かったのかな?」
「それよりチョコの上のメモ。何が書いてあるんだろ?」
気になった陽太は、恭が残した謎のメモを見に行った。
「なんて書いてあった?」
自分の席から問う槇に、
「『すみません。もらえません』だって! なんで恭は、こんな頑なにチョコを拒否するんだろ!? 恭が要らないなら俺がもらっちゃおうかな!?」
と陽太が大声で返した瞬間。
「ダメー!」
「わーっ!? 帰ったはずの女子たち!」
実は廊下やベランダから恭の動向を窺っていた女子たちは、
「これを作るの大変だったんだから!」
「アンタに食われるくらいなら、自分で食べる!」
と口々に叫ぶと、自分のチョコを回収してサーッといなくなった。
槇とともに教室に取り残された陽太は、プルプルと悲しみに暮れる。
「えーん! 俺は余りもののチョコさえもらえない!」
「明暗分かれすぎるバレンタインだったな……」




