どんな道を選んでも
正月に、あやめは八神家の本当の子じゃないと判明した。けれど、あやめは静香が亡き親友の代わりに、赤ん坊の頃から育ててきた子だ。
恭が言ったように、血の繋がりより家族として共に過ごした時間のほうが、少なくともこの一家にとっては大事だった。
母が「出て行くなんてダメ~!」と泣いて止めたのもあって、あやめはこれからも八神家の子として過ごすことになり、本当の安心を得た。
同年の2月。
「恭~。今年もあの神社に行くぞ」
姉弟は毎年、恭の武道上達を願ってお参りに行っていた。
しかし姉の誘いに、弟はこう返す。
「お守りをもらいに行くのはいいけど、今年は別の神社がいい」
「なんで? 今までずっとお世話になってきたのに。神様が相手だからって浮気はよくないぞ」
首を傾げるあやめに、恭はやや言いにくそうに理由を告げる。
「俺が神様を変えるんじゃなくて……お前のほうが神頼みが必要なんじゃないかって話」
「つまり小説のことを願えって?」
「そう」
姉は去年、はじめて自分の小説を出版した。でも書籍化はゴールではなく、小説家としてのスタートだ。
これからプロとしてより厳しい道を進むなら自分のほうこそ神頼みが必要だろうと恭は考えた。
ところが弟の気遣いに、姉は無駄に不敵な笑みで言い放つ。
「へっへっへ。やだ!」
「なんでだよ? 縁起とかいちばん気にする癖に」
元旦ではなく節分を過ぎてから初詣に行くのも、お札やお守りが新しくなるタイミングだからとのことだ。
けれど、そのくらい信心深いあやめだからこそ、こんな想いがあった。
「お姉ちゃんも神頼みはするが、小説は基本自分でがんばるからいいのだ。でもお前が強くなることに関しては、お姉ちゃんは願うしかできないから。新年初のお参りは、お前のことを願いてぇ」
それはちょうど恭と同じ気持ちだった。恭も自分の努力ではどうにもできないから、もし神様がいるなら、あやめの夢が叶うようにと願いたい。
しかし、それを本人に言うのは憚られるので、
「俺のことはもうさんざん願ったし、今年はお前のことでもいいだろ」
と、ぶっきらぼうに抵抗した。
「なんだ~? 自分よりお姉ちゃんの願いが叶って欲しいのか? 可愛いヤツめ」
ところが姉は全部見通した上で、ニパッと弟に約束を思い出させる。
「でも弟はお姉ちゃんにぃ~?」
「……絶対服従?」
「そう! だから今年も行くのはあの神社! せっかくボクシングの高校王者になったんだから、今年も連覇できますようにって神様にお願いしようぜ~」
あやめの強い希望で、姉弟は結局いつもの神社にお参りした。
「はい、いつものお守り。今年も精進しろよ」
「……ありがと」
あやめから武道のお守りを受け取った恭は、神社を出る途中にふと切り出す。
「……俺さ」
「ん?」
「高校を卒業したら大学には行かないで、格闘家になろうかな。よほど人気にならなきゃ専業で食って行くのは難しいらしいけど、他にやりたいことないし」
それは恭がずっと漠然と考えていた進路だった。
勉強はできるが、好きではない。格闘技のように体を使うほうが、恭は得意だし楽しかった。仮に専業で食べていけないとしても、サラリーマンになって営業やデスクワークをするよりは苦労のし甲斐がある。
しかしそれはまだ興味であって、絶対と言えるほど強い意志ではないので、こんな迷いもあった。
「絶対にそれがしたいならともかく、他にやりたいことがないからなんて消極的な理由なら、少しでもいい大学に行って、安定した職に就いたほうがいいのかな?」
以前あやめに「お前は正道を歩めよ」と言われたのもあり、いざという時に家族を守れるよう、少しでもいい仕事に就いたほうがいいのかと決め切れずにいた。
そんな弟の悩みに、姉はあえてあっけらかんと答える。
「いいんだぞ。進路なんて、そんな難しく考えなくても。仮に格闘家を目指してみて、やっぱ違ったと思ったら、そこからまた別の道を探したっていいんだ」
さらに恭を安心させようと、気楽な笑みで言い切る。
「特にお前は、お姉ちゃんと違って真面目だし根性あるからな。なんだってできるし、どこからでもやり直せる。だから今は少しでも、自分に合ってると思う道を行ったらいいよ。お前ならどんな道を選んだって、絶対に歩き通せるから」
それは生まれてからずっと恭を見続けてきたあやめだからこそ贈れる、手放しの信頼と力強い励まし。
その言葉と明るい笑顔は、恭の胸に渦巻いていた将来への不安を、いとも簡単に吹き飛ばした。
けれどあやめの言葉一つに、こんなにも救われてしまう自分がなんだか悔しくて、恭は表情を隠すように俯く。
「……流石、創作一本で生きて行くなんて大博打を打つヤツは言うことが違うな」
弟の憎まれ口に、姉はムッとして言い返す。
「なんだよ~? それが弟の意思を尊重する優しいお姉ちゃんへの返礼か?」
その言葉には答えず、恭は真っすぐにあやめを見て宣言する。
「……やるからには絶対に結果を出すから。俺が誰よりも強くなれるように、これからも応援してくれる?」
弟の頼みに、姉は「ひひっ」と笑って応じる。
「いいぞ。どうせ格闘家を目指すなら世界一強くなれるように、お姉ちゃんがビシバシ、ケツ叩いてやる」
「そこまで追い込まんでいい」
口では素っ気なくツッコみつつ、恭は神社に来た時よりも軽い心で、あやめとともに帰路についた。




