大掃除
一見ぐうたらそうなあやめだが、開運を意識しているので掃除や断捨離は小まめにしている。
年末の大掃除シーズンなのもあり、普段は手つかずの場所も掃除した。
同じく自室を掃除していた恭に、あやめがニヤニヤと寄って来る。
「掃除してたらヤバいもの見つけちゃった」
「ヤバいものって?」
無防備に首を傾げる弟に、姉は後ろ手に何かを隠したまま続ける。
「お前が昔、私に描いてくれた絵」
「絵って、どんなの?」
「こんなの」
あやめが見せた絵には、ウエディングドレス姿の女の子がクレヨンで描かれていた。
目を剥いてビシッと固まる弟に、姉は噴き出しそうになりながら言う。
「この頃のお前、お姉ちゃんの花嫁姿ばっかり描いてたよな。口癖のように『大人になったら、お姉ちゃんと結婚する』って言ってたし。ひひっ、なかなかヤバいガキだったよな」
「よせ。やめろ。今すぐ捨てろ」
まるで致命的な証拠を握られたサスペンスの犯人のように処分を迫る恭に、あやめはますます調子に乗る。
「見ろ。この笑顔でブーケを持つお姉ちゃんの周囲の輝きを。無数のキラキラと、咲き誇るお花たちが、お前にとってどれだけお姉ちゃんが特別な存在だったかを物語っている」
「もう貸せ。俺が破る」
黒歴史を奪おうとする弟から、姉は「やだ」と絵を庇う。
「こんな歴史的に貴重な資料を失うわけにはいかん」
「なんだ、歴史的に貴重な資料って。黒歴史の間違いだろ」
恭の言葉に、あやめはくわっと八重歯を見せて威嚇する。
「これを捨てたら『昔はお姉ちゃんが好きだった』って言っても知らん顔されちゃうだろうが!」
「消させろ、そんな過去!」
声を荒げる恭に、あやめも負けじと大声で拒む。
「やだ! これを消したらお姉ちゃん、男にモテたこと一度も無くなっちゃうだろ!」
「まだ物心つかない頃の弟の妄言をカウントすんな」
恭も必死だが、あやめも頑として譲らない。
「とにかくこれは絶対に捨てない。いつか恭が結婚しても、お前の初恋は永遠にお姉ちゃんのものだ」
高らかに宣言する姉に、弟はジト目でツッコむ。
「なんだ、それ。だいたい当時は気持ち悪がってたくせに」
「それは私も幼かったから。毎日のようにキスやハグやお風呂や添い寝をねだられて、子どもながらにヤバいものを感じたんだ」
子どもの頃は父親とお風呂に入りたがる女の子も、年頃になれば性を意識し嫌がるようになる。あやめの場合はもっと早熟で、拒否の相手は弟だった。
『姉弟なのにベタベタしないで。気持ち悪い』
初めて見る嫌悪の表情。姉の発言で古傷を抉られた弟は、震えながら片手で顔を覆う。
「……二度とねだらねぇから安心しろよ」
けれど思春期を脱した今のあやめは、
「へへっ。今はチューとギューはOKだから、お前もねだっていいぞ」
と笑いながら恭の袖を引く。
「……本当にやったら、絶対に気持ち悪いって言うくせに」
「それはお前のやり方による」
「やり方って?」
「性欲感じたらキモってなる」
無邪気な笑顔で言われた恭は、一瞬フリーズしてから否定を絞り出す。
「……実の姉に性欲なんて持つか」
「ひひっ、じゃあ、これからも安心して抱き着けるな」
言葉どおり、遠慮なく抱き着いてくるあやめに、恭は無になった。
その夜、恭は珍しく自分から陽太に電話した。
「絶対に振り向かないけど、毎日のように抱き着いてくる女って、どう思う?」
死んだ目で問う恭に、陽太は電話越しでも分かるハイテンションで答える。
『最高だと思う! 何、恭にはそんな相手がいるの!?』
「いや、なんかの漫画でそんな女が出てきて、主人公が可哀想だと思っただけ」
恭の言い訳を陽太は素直に信じたが、彼にとっては気の毒どころか夢のようなシチュエーションだった。
『え~!? どこが可哀想なの!? 好きな子が毎日のように抱き着いてくれるんでしょ!? 気の毒どころか天国じゃん!』
恭としては「え~!? それは生殺しだね~!」みたいな反応を期待していた。
しかし実際の陽太は、恭が思うより女に飢えているので、恋人になれなくてもスキンシップだけで全然OKだった。
「自分の甘えたい欲だけ満たして、こっちの欲には付き合わねぇんだぞ。最悪だろ」
『じゃあ、逆に想像してみ? その女の子が『君が嫌ならもうしないね』って、自分じゃなく他の男に抱き着くようになったらって』
陽太に促されて、しばし考えた恭は――。
「……みんな殺して俺も死ぬわ」
冗談とは思えない暗いトーンに、陽太はギョッとする。
『なんで急に絶望!? 漫画の話じゃなかったの!?』
動転する友人に、恭はなんとか我に返って言い繕う。
「いや、漫画の話だけど……主人公に感情移入しすぎた……」
『主人公はよっぽどその女の子が好きなんだね。どんな漫画か知らないけど、いつか振り向いてもらえるといいね』




