袋麺の思い出
それは、あやめが6歳で恭が5歳の秋。
今日は両親が知人の結婚式で不在なので、子どもたちだけで留守番をしていた。
リビングで仲良くアニメを見ていると、恭が羨ましそうに口を開く。
「いいな~、ラーメン。美味しそう」
画面の中では主人公が夜食に袋麺を作って食べていた。
映画やアニメに出てくる料理は、やけに美味しそうに見えるものだ。
「恭君、お腹減ったの?」
母がお昼にサンドイッチを用意してくれたが、足りなかったのだろうか?
あやめの問いに、恭は小さな手でお腹を押さえて頷く。
「うん……僕もラーメン食べたい」
「小さいカップ麺、作ってあげようか?」
大人がいなくても子どもたちが小腹を満たせるように、家にはお菓子の他、小さいカップ麺や冷凍食品がストックしてあった。
子どもだけの時に火を使うのは危ないが、カップ麺くらいは作れるように、あやめはヤカンを使ってもいいことになっている。
しかし弟はテレビを指して姉にねだる。
「袋のがいい。どんぶりのラーメン食べたい」
「袋麺か~」
たった今、主人公が作っていたので手順は分かる。
けれど袋麺のストックは無いので、あやめはこんな提案をした。
「よし。じゃあ、お姉ちゃんと初めての冒険する?」
「冒険って? 何するの?」
「いつもお母さんと行くコンビニがあるでしょ? 恭君が1人で袋麺を買って来られたら、お姉ちゃんがラーメン作ってあげる」
「えっ? 僕1人で?」
姉が出した条件に、弟は目を丸くすると、見る見るうちに不安で顔を曇らせる。
「1人でお外に行くの怖い。お姉ちゃんと一緒がいい……」
幼い頃の恭は素直だが、あやめへの依存心が強かった。
姉としては可愛い反面、いつまでもこれでは困るという気持ちがあったので、あえて厳しく接する。
「ダメ。袋麺はすごく特別だから。がんばった子しか食べられないの」
「そ、そうなの?」
「袋麺はお湯を注ぐだけじゃなくて、お鍋で作るでしょ? お姉ちゃんも初めての冒険するんだから、恭君もがんばれ」
「わ、分かった。買って来る」
親がお金を置いている場所は分からないので、あやめは自分の貯金箱から、これだけあれば足りるだろうと恭に500円玉を持たせた。
買い物に行くより、火を使うほうがよほど危ない。お姉ちゃんのほうが大変なんだからと、恭はがんばって買い物に行った。
とはいえ、恭はもともとスペックが高い。場所も近所のコンビニで、もう5歳なのもあり、いざ挑戦したら簡単にできた。
「お姉ちゃん、袋麺買って来たよ!」
袋麺が1つだけ入ったレジ袋とお釣りを握り締め、息を弾ませて戻って来た弟を、姉は笑顔で出迎える。
「偉い! 勇者だね、恭君!」
「えへへ。僕、勇者」
姉に髪がくしゃくしゃになるまで頭を撫でられた弟は頬を染めて喜んだ。
恭からレジ袋とお釣りを受け取ったあやめは、お金をリビングのテーブルに置くと、さっそく袋麺を取り出す。
「よし! じゃあ、偉大な勇者にラーメンを作ってあげよう!」
「やった~!」
あやめは踏み台を持って来ると、台所でラーメンを作り始めた。
恭は興味津々に調理風景を見守りながら、あやめに感心する。
「お姉ちゃん、火を使えてすごいねぇ」
「お鍋危ないから、あんまり近寄っちゃダメだよ」
姉は弟を注意しつつ、計量カップやキッチンタイマーでちゃんと水の量と時間を計った。
何せ恭が買ってきた袋麺は1つ。絶対に失敗はできないぞと、細心の注意でラーメンを作った。
「あちち、あちち」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
小鍋を傾けてどんぶりに入れる時に、ドバッとスープをテーブルにこぼしたものの、アニメで作り方を見たばかりだったおかげで、初めての袋麺の出来栄えは上々だ。
多少の失敗はあったが、なんとかミッションをクリアしたあやめは、安堵と達成感にふぅと息を吐いて告げる。
「できた。はい、恭君。食べていいよ」
恭は半分こしたラーメンをはふはふ食べると、
「ラーメン、美味しい! お姉ちゃん、すごい!」
と今の弟からは考えられない満面の笑みで、姉を褒め称えた。
それから12年後の年末。深夜2時、八神家の台所。
「こんな時間に台所で何してんだ?」
トイレに起きた恭は台所の明かりに気付き、あやめに声をかけた。
あやめは小鍋で袋麺を作りながら恭を振り返る。
「なんか懐かしい夢を見て、急にラーメンが食べたくなった」
「ラーメンが食べたくなるって、どんな夢だよ?」
無防備に問い返す弟に、姉はニヤニヤしながら答える。
「お前が素直ショタだった頃、1人で袋麺を買って来たご褒美に私がラーメンを作ってやる夢」
子どもの頃の自分は、恭にとって黒歴史だ。
弟は嫌な話題にグッと顔を歪める。
「人の普通の子ども時代を、素直ショタ呼ばわりすんな……」
恭の反応を、あやめはますます面白がってからかう。
「可愛かったな~、子どもの頃のお前。いつもニコニコで、袋麺を作ったくらいで『お姉ちゃん、すご~い』って喜んでさ」
「……今は可愛くなくて悪かったな」
昔の自分のほうがいいのかと少し拗ねる弟に、姉は「ひひっ」と笑って返す。
「何言ってんの? 今も可愛いぞ」
「俺のどこが可愛いんだよ。昔みたいにヘラヘラもベタベタもしてないだろ」
「今はがんばってツンツンしてるけど、結局お姉ちゃん大好きなところが可愛い」
「別に好きじゃねぇ……」
恭は羞恥に震えながら否定したが、あやめはマイペースに話を変える。
「ところで、せっかく起きたならラーメン食う? 勢いで作ったが、深夜に1人前食べるのは胃弱の私には厳しいわ」
「考えてから作れ」
「じゃあ、要らない?」
「……別に要らなくはないけど」
弟の同意を得た姉はどんぶりを2つ出して、ラーメンを分けた。
あやめは小食なので、恭が来たのをいいことに、3分の2を食べさせることにした。
姉は出来立てのラーメンをはふはふ食べると、無駄に不敵な笑みで言う。
「ひひっ、深夜に食べるラーメンは背徳の味がしますね」
「普通の言い回しできねぇのか」
「いつもは寝てる時間に、弟と食うラーメンうめぇ」
あやめはケラケラ笑うと、ふと柔らかく目を細める。
「いつかこの時間も思い出になるのかな?」
「もっとマシな思い出を作れ」
弟から即座にツッコまれるも、姉は妙に大人びた態度で口にする。
「お前は子どもだから分かるまい。こういうなんでもない時間こそ、のちのち大事な思い出になるのですよ」
「……別に俺だって、そのくらい分かるし」
恭はボソッと言うと、ラーメンのどんぶりに目を落としながら、もっと小さな声で呟く。
「……俺だって、こういうなんでもない時間の一つ一つ、ずっと忘れたくない」
「あ? なんだって?」
「なんでも」
恭はぶっきらぼうに誤魔化すと、無言でまたラーメンを食べ始めた。




