献本を落としただけなのに・約束
翌日の休み時間。
「……西条先輩。ちょっといいですか?」
天華の教室に、今度は恭が訪ねて来た。弟の方はいい意味で有名人なので、女子たちがワッと盛り上がる。
「嘘!? 八神君から女子に声をかけるなんて珍しい!」
「もしかして告白!?」
「八神君に見初められるなんて、流石は天華ちゃん!」
クラスメイトからすれば天華も学校一の美少女なので、恭からの告白はあり得ない話ではない。
しかし天華自身はデスティニーランドで脈という脈を断たれているので、なんで会いに来たのか本気で不可解だった。
校舎裏まで連れて来られた天華は、また何か怒られるのではないかと怯えながら尋ねる。
「な、何? 八神君。こんなところに呼び出して」
「西条先輩は、うちの姉が作家だって知ってるんですよね?」
「あっ、うん! すごいよね、お姉さん! 前からファンだったんだけど、まさか高校生作家だなんて思わなかった!」
どうやらお叱りではなさそうという安堵も加わり、天華は一転して明るい笑顔になる。
その様子を見た恭は昨日聞いたとおり、今はあやめ自身に興味があるようだと感じた。
けれど今回の呼び出しの用件はそれとは別だ。
「……結局アイツって何を書いてるんですか?」
「えっ? 姉弟なのに知らないの?」
『姉弟なのに』の一言に、恭は少しグサッときつつ説明する。
「アイツ、身内には何を書いてるか知られたくないって、俺や母さんには何も言わないから」
「あっ、そうなんだ。でも創作って確かに、人に自分の頭の中を見せてるようなものだし、身内に知られるのは恥ずかしいのかもね」
天華も自分が好きな恋愛小説を弟に見せるのは「こんなん好きなん?」と馬鹿にされそうで嫌なので、あやめの気持ちが理解できた。
「……で、アイツはなんて名前で書いてるんですか? 無料のサイトに投稿してるらしいけど、どこで読めるんですか?」
無愛想に質問責めする恭に、天華はやや圧倒されつつ問い返す。
「読みたいの? お姉さんの作品。女性向けの恋愛ものだし、男の人には合わないんじゃないかな?」
「別に読みたいとかじゃないけど、家族として何を書いてるか把握しておきたいだけで」
ゴニョゴニョと言い訳する恭に、天華は力強く語り出す。
「ただドキドキするだけじゃなく、結末まで見届けずにはいられない謎と感動とユーモアがある! 今は女性向け作品だけだけど、一般向けでも成功するんじゃないかってほど、お姉さんは才能ある作家さんだよ! 誇りに思って!」
ベタ褒めしつつも、あくまで教える気は無いらしい天華に、恭は軽くキレる。
「そんなにいい話なら教えてもいいだろ」
「ダメ! いくら八神君の頼みでも神は裏切れない! ゴメンね!」
「あっ、このっ!」
暴走族とレディースの元総長の血を引く天華は、両親譲りの恵まれた身体能力で恭から逃げた。
息を乱しながら教室に戻った天華を、友人たちがワッと出迎える。
「天華ちゃん! 八神君の用事って、なんだったの!?」
「やっぱり告白!?」
「ち、違う。落とし物を拾ってくれたみたいで、届けてくれただけ……」
「え~? なに、落とし物って? 怪しいな~」
人気男子が人気女子を呼び出したのだから、他の生徒たちにとっては格好の話題だ。噂はその日のうちに、あやめの耳にも届いた。
夜。いつものように恭の部屋を訪れたあやめは、白い目で切り出す。
「お前がテンちゃんを呼び出したって、学校で噂になってたぞ」
気まずそうに黙り込む恭に、あやめはズバリ指摘する。
「さてはテンちゃんから、私のペンネームを聞き出そうとしただろ? やめろ。姉の秘密を暴こうとするのは」
「ただの趣味ならともかく、世間に大々的に売り出してるものに秘密も何もないだろ」
弟は食い下がったが、姉はキッパリ拒絶する。
「そんでも身内には知られたくねぇ。テンちゃんも板挟みで困るだろうし、探るな」
ここまで強く拒否されては恭としても諦めるしかないが、
「……なんで他人にだけ」
と、どことなく悲しそうに呟いた。
少し可哀想になったあやめは、言葉を選んで自分の意図を話す。
「言っちゃ悪いが、他人にだから見せられるんだぞ。他人はいざとなれば縁を切れば済むけど、お前と母さんはそうじゃないから、下手に自分の恥ずかしいところを見られたくないんだ。酌んでくれ、この姉心を」
姉の言わんとすることが、弟も分からなくはない。
「……それでもいつかは、お前が何を書いてんのか知りたい」
しつこくしたら嫌われるかもしれないと危惧しつつ、恭は願わずにはいられなかった。
「じゃあ、お姉ちゃんがいつか妄想小説の域を超えたものを書けたら教えてやる」
「本当?」
「まぁ、当分は家族に恥じないような大作に取り掛かる気は無いんだが」
恭には横柄なあやめだが、根本的な自己評価は低い。それは女子力だけでなく、文才においても同じだった。
高校在学中に書籍化できたのは、自分の作品傾向が世間のニーズに合っていたから。
女性受けする作品なら、これからも書けるかもしれない。しかし性別や年齢を問わず、刺さる作品を書ける気はしなかった。
「それでもいつかは書く?」
すっかり反抗的になった弟だが、今でもこうしてたまに期待の目で姉を見る。
『お姉ちゃんはすごいから、できるに違いない』
そんな子どもの頃と同じ無垢な憧れが、まだ恭の中にはある。
(自分のほうが全てにおいて優れているくせに、よくこんな雑魚姉への憧憬を捨てられずにいるもんだ)
そう思う一方で、世間にとって何者でもない自分に、唯一期待するこの目があやめは嬉しかった。
だからこそ、この弟に誇れるものを1つくらい持っておきたい。それがあやめが創作だけは折れずに続けられた理由だった。
だからこの時も、あやめは可愛い弟の期待は裏切れないと、
「まぁ、一生のうちには。私にも男女の別なく楽しめる大作を書きたい思いはあるので」
「……じゃあ、待ってる」
「おう。待ってろ」
と笑って、カッコいいお姉ちゃんでいるために、また精一杯背伸びした。




